海路への誘い――鄭成功の提案

モンゴル軍との戦いで鄭成功(ていせいこう)との同盟を結んだ湊たちは、新たな目的地である遼東へ向かう計画を進めていた。遼東には、モンゴル帝国に抵抗する将軍・公孫瓚(こうそんさん)がいるという。湊たちは鄭成功に公孫瓚と合流する計画を打ち明け、協力を仰ぐことにした。


鄭成功は、地図を広げながら険しい表情をしていた。


「遼東へ向かう道は非常に危険だ。陸路では蒙古軍の騎馬隊に捕まりやすい。海路を使うべきだが、海にもまた危険が潜んでいる。」


「海の危険とは?」湊が問いかけた。


「この海域を支配しているもう一人の強者、林鳳だ。彼は突如現れ勢力を伸ばした私に対し敵意を示しており、樺太から呂宋辺りの広大な海域について支配を巡って争っている。彼の船団は狡猾で強力だ。もし出会えば無傷では済まないだろう。」


紅蓮が険しい顔で口を開いた。「林鳳は対馬でも有名で、しばしば島を襲撃することもありました。これまでは辛うじて撃退していたのですが……強力な林鳳の船団に遭遇すれば、どうなるか予測がつきません。鄭成功殿の力をもってしても……」


鄭成功は頷き、続けた。「林鳳は無駄な戦いを好む男ではないが、もし利益があると感じれば攻撃を仕掛けてくる。」


湊は考え込んだ。「彼を引き込むことはできないか?もしくは、うまく撃退する策を立てなければ、無駄な戦いに巻き込まれる。」


「林鳳はかつて私の勢力が急成長する前、呂宋近辺の海域を独占していた。しかし、私の登場により、彼はその地位を脅かされることとなり、以降、彼との争いが続いている。奴はこの海域の覇権を奪われたと感じ、私を敵視している。」


懸念を抱えつつも数日後、湊たちは出発の準備を整え、鄭成功の船団と共に海へ出た。しばらく順調な航海が続いていたが、ある夜、見張りが突然叫び声を上げた。


「前方に船影あり!敵かもしれません!」


湊は急いで甲板に向かい、前方の海を睨んだ。そこには数隻の船が現れ、こちらに向かって進んでくる。鄭成功が冷静に告げた。


「林鳳の船団だな。だが、まだ攻撃してこない……様子を見ているのだろう。奴は無駄な戦いはしない男だが、こちらに狙いを定めたとなれば、一筋縄ではいかない。」


林鳳の船団は湊たちの船団に向かって速度を上げて接近していた。すると、前方の敵船から、強い声が海に響き渡った。


「鄭成功!好き勝手に動いているようだが、この海では私が支配者だ。お前たちの旅路はここで終わる!」


湊は冷静にその声を聞き、即座に策を巡らせた。「ここで無駄な戦いは避けたいが、彼が仕掛けてきた以上、応戦せざるを得ないな……。」


すると湊は思いついた。「丁字戦法を使う。敵がこちらに一直線に向かってくるこの状況を利用するんだ。」


「丁字戦法?それはどういう戦術だ?」鄭成功が湊に尋ねた。


湊は「丁字戦法」について鄭成功に説明した。


「これは、私がかつて学んだ海戦戦術の一つです。敵が一直線に進んでくる状況を利用し、彼らの縦の隊列の前方に横一列で壁のように広がった我が船団が一斉に攻撃を仕掛ける。これは海戦における有効な戦術なんです。」


湊は、日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を撃破した日本海軍の戦術で林鳳の船団を撃破しようと考えたのである。


湊は片倉正行と宗景明、李天淵に指示を飛ばした。「船団を回転させろ!彼らが縦に並んで接近している間に、我々は横に広がって奴らの前方に壁を作る!」


湊は『東郷ターン』をイメージし、部下達に指示する。湊の指示に続いて鄭成功の命令により、船団は迅速に動き出した。敵船団がまっすぐ突進してくる中、鄭成功の船団は巧妙にUターンするかのように回頭し、横一列に展開した。まさに『東郷ターン』をこの時代で再現したのである。林鳳の船団が一直線に突進してくると、横一列になっている鄭成功の船団は一斉に砲撃を開始した。


「なんだと!鄭成功にこのような策が……!」林鳳は苦々しくつぶやいた。湊の船団が横に広がり、林鳳の船団に対し「丁字」の形を作り出していた。これにより、林鳳の船団は前方の船しか攻撃できず、後続の船は次々と湊たちの攻撃を受けてしまう。


「まさか、このような戦法、聞いたことがない!」林鳳は苦戦しつつも、船団に撤退を命じた。「一旦退くぞ、これ以上は全滅してしまう!」


しかし、撤退を試みる林鳳に対し、湊は追撃を行わなかった。彼の目的は撃破ではなく、無益な戦いを避けることにあったからだ。


「林鳳がここで退くなら、これ以上の戦闘は無駄だ。我々の目的は遼東だ。無駄な犠牲を出すべきではない。」湊は静かに言った。


林鳳はしばらく沈黙した後、苦笑しながら言った。「忌々しい鄭成功め……だが、また会う日もあるだろう。貴様の命運もその時までだ。」


林鳳の船団は撤退していき、湊たちは無事に危機を乗り越えた。


戦いが終わり、湊たちは再び遼東へ向かう航海を続けた。紅蓮は戦いの後、甲板で海を眺めていた。湊が彼女に近づくと、紅蓮は口を開いた。


「あの戦術……見事だったわ。私も多くの戦いを経験してきたが、これほど精密に状況を読む者は初めてだ。」


湊は少し笑みを浮かべて答えた。「奇襲や力だけではない。状況を読むことが勝利への鍵だ。だが、これからも油断はできない。」


こうして湊たちは、海上の難敵を策略で撃退し、再び遼東への道を進んでいった。

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