過去の傷――裴仲孫との交渉

湊、時宗、紅蓮、そして宗家の家臣である宗景明は、ついに三別抄のリーダー、裴仲孫との対面を果たした。しかし、彼の鋭い眼差しは単なる警戒心ではなく、深い裏切りと屈辱の傷が刻まれているのが感じられた。裴仲孫は、かつて蒙古と戦いながらも日本に見捨てられた苦い経験を今も引きずっていたのだ。


「北条時宗……」


裴仲孫は、その名を噛み締めるように繰り返しながら、険しい目つきで時宗を睨んだ。声には、怒りと冷笑、そして過去に対する失望が滲んでいた。


「我々三別抄は、かつて蒙古に抗い命を懸けて戦った。しかしその戦いの中で、私は日本に助けを求めた。朝廷にも、そしてお前にもな。だが……」


裴仲孫の言葉は、ここで一瞬止まった。彼の目には、その裏切りの瞬間が蘇ったかのように苦痛が浮かんでいた。


「だが、我々の声は届かなかった。いや、届いていたのかもしれないが、無視された。日本は我々を見捨てた。そして我々は、蒙古の圧力に屈し、降伏を余儀なくされたのだ……。お前たちがどれほどの命を、家族を裏切ったか、その重さを分かるか?」


彼の言葉には、ただの憤りではなく、深く刻まれた苦悩が込められていた。湊も宗景明も、彼の表情からその痛みを感じ取っていた。宗景明はその時、三別抄が置かれていた苦境を改めて理解したように、一歩前に進んだ。


「裴仲孫殿、その当時、我々宗家も蒙古により甚大な被害を受けました。助けを求めた者が、切にその声を無視されたことは、まさに日本の誤りでした。しかし、今こそその過去を乗り越え、共に未来を……」


宗景明の言葉を遮るように、裴仲孫は冷たく笑った。


「共に未来を? 過去の裏切りがある限り、簡単に共に歩めると思うか?」


裴仲孫の声は鋭く、氷のように冷たかったが、その底には裏切られ続けた者の苦しみが見え隠れしていた。そんな彼に向かい、時宗が静かに口を開いた。


「裴仲孫殿……その時、私は鎌倉幕府の防衛を最優先せざるを得なかった。蒙古の侵略が直接日本を襲う脅威が目前に迫っていたため、高麗の支援にまで手を伸ばす余裕がなかった。結果的に、貴殿の声に耳を傾けられず、貴殿の期待に応えられなかったことを私は悔いている」


時宗の声には真摯な謝罪が込められていたが、裴仲孫の目には未だ疑念が残っていた。


「未熟さだったというのか……それが理由か?」


裴仲孫は冷たく返すが、その視線は少しだけ緩んでいた。彼もまた、時宗の言葉に嘘がないことを感じ取っていた。しかし、彼の内心は過去の屈辱に縛られていた。


ここで、紅蓮が一歩前に進んだ。彼女の瞳には強い決意が宿っていた。


「裴仲孫殿、私は宗助国の娘、宗紅蓮です。私の父も蒙古に命を奪われ、家族を失いました。私はこの時代に現れ、父の無念を晴らすため、そしてこの対馬と日本を守るために戦っています。貴殿の怒りと苦しみは理解できます。私も同じように蒙古に大切なものを奪われたからです」


裴仲孫は紅蓮に視線を向けた。その眼差しには、かつての戦友を思い出すような複雑な表情が浮かんでいた。


「宗助国の娘……か」


紅蓮の言葉には、自分の家族を失った痛みと、今もなお蒙古に立ち向かおうとする決意が込められていた。裴仲孫はその真剣さを感じ取り、一瞬だけその瞳を和らげた。


「だが……それでも過去を忘れるわけにはいかない。我々は裏切られ、蒙古に屈した。今度はそのようなことを繰り返すわけにはいかない」


裴仲孫の言葉に、湊も深く考え込んだ。彼の内にある怒りや苦しみは一朝一夕で解消できるものではない。しかし、今は言葉だけでなく、行動で示すことが必要だった。


「証を見せてもらおう」


裴仲孫は、静かにそう告げた。


「蒙古軍が近くの前哨基地に陣取っている。その拠点を奪還することで、お前たちが本気で蒙古に立ち向かう覚悟を持っているかを示してもらおう。それができれば、我々三別抄はお前たちを信用し、共に戦う用意がある」


その提案を聞いた時、宗景明が口を開いた。


「裴仲孫殿、その前哨基地はただの拠点ではありません。我々もその情報を得ていましたが、そこには蒙古の戦略的指揮官が駐留しています。彼を捕らえることができれば、蒙古の戦線に大きな影響を与えられるでしょう」


裴仲孫は景明の言葉に耳を傾け、少し驚いたように彼を見つめた。景明は続ける。


「この戦いはただの戦闘ではなく、戦略的に大きな意味を持つ。貴殿が求めている『証』は、ただの村の防衛ではなく、蒙古に対する決定的な打撃となり得るのです。だからこそ、我々はここでその証を示す必要があるのです」


裴仲孫は、景明の意見をじっと聞きながら、彼が言うことの意味を理解し始めていた。


「……ふむ」


彼は沈黙の中で、内面的な葛藤を抱えていた。日本への信頼を失った彼にとって、再びその信頼を寄せることは容易なことではない。しかし、時宗や紅蓮、そして景明の真剣な態度に触れ、彼の中で少しずつ何かが変わり始めていた。


「よかろう……だが、お前たちが成功しなければ、再び我々を裏切ったことになる。その時は二度と信じることはない」


裴仲孫は、湊、時宗、紅蓮、景明を見渡しながら、最後に冷たい言葉を残した。


「口だけではなく、行動で示せ」


湊は静かに頷き、時宗もまた、覚悟を持ってその目を見据えた。


「必ずや、貴殿に我々の覚悟を示します。共に蒙古を打ち倒すために、協力していただきたい」


紅蓮もその意志を強くし、裴仲孫に向かって深く頭を下げた。

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