初めての戦場

湊は冷たい風を感じながら、馬上で震えていた。灰色の空からは冷たい雨が降り注ぎ、彼の肌にじんわりと染み込んでいく。目の前には広大な戦場が広がっていた。地面には泥が広がり、無数の兵士たちがその上を行進している。


「これが……本物の戦場か……」


ゲームの画面越しに何度も見たことのある戦場――だが、実際にその場に立つと、その空気は圧倒的に重く、現実感が全身にのしかかってくる。湊は心臓の鼓動が早まるのを感じながら、必死に冷静さを保とうとしていた。


(これじゃ、ただのゲームじゃない……本物の戦だ)


だが、湊がまず考えなければならないのは戦術だ。戦場に立つ以上、戦を勝利に導かなければならない――そのためにはまず、敵を知る必要がある。


「片倉正行(かたくら まさゆき)、敵について教えてくれ」


湊は、若き副将である片倉正行に向かって尋ねた。正行は信長から派遣された湊の補佐役であり、湊より若いものの経験豊富な武将だった。正行は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに敵の情報を語り始めた。


「敵は斎藤家です。斎藤道勝という若い将が率いる軍勢で、兵力は三千。我々とほぼ同数ですが、山のふもとに布陣し、守りを固めています。道勝はゲリラ戦を得意とし、信長様もその戦術に手を焼いているとのことです」


「……斎藤道勝?」


湊はその名前に一瞬、引っかかりを感じた。斎藤家――斎藤道三や斎藤義龍など、美濃の斎藤家の名前はすぐに思い浮かぶが、「斎藤道勝」という名前には聞き覚えがなかった。彼は、歴史に詳しい自分にしては珍しく、その名前にまったくピンと来なかったのだ。


(斎藤家にそんな人物はいたか……? いや、史実では斎藤道三の家は滅んだはずだ)


湊の頭の中で、史実の知識と目の前の状況がかみ合わないことに気づき始めた。この「斎藤道勝」という人物は、湊が知る歴史には存在しない――つまり、この世界には史実とは異なる何かがあるのかもしれない。


「その、斎藤道勝というのは……どういう人物なんだ?」


湊は確認するように尋ねた。正行は眉をひそめながら、再び説明を続けた。


「最近現れた武将です。なぜか古風な鎧兜を身に着けており、抜群の指導力で斎藤家残党を率いて山中に籠り、何度も信長様の軍に対して攻撃を繰り返してきました。彼は謀略に長け、正攻法の戦いは避け、奇襲や急襲で相手を翻弄する戦いを得意としています」


(斎藤家の残党か……でも、斎藤道勝なんて人物は、俺が知っている歴史にはいなかったはずだ)


湊の中で疑念が膨らんでいく。もしこの「斎藤道勝」という存在が、ゲームの中の架空のキャラクターなのだとすれば、この世界は単なる歴史の再現ではないということになる。しかし、目の前の光景はあまりにも現実的で、生々しい。


(ゲームと史実が混ざり合った世界……?それとも、これはどこか違う歴史の分岐点なのか?)


湊の胸にさらなる不安が広がるが、今はそれを考えている余裕はない。目の前には、信長の軍を指揮して戦わなければならない状況が待っているのだ。


「……とにかく、時間がない。敵のことはわかった」


湊は深呼吸をして、戦場に集中することにした。斎藤道勝の戦術を知った今、次に考えなければならないのは、どうやってこの戦を勝利に導くかだ。


「正行、信長様からの命令は?」


「信長様は、正面からの突撃を命じられました。こちらも兵糧が不足しているため、早急に決着をつけなければならないと考えているようです」


湊は思案に沈んだ。正面攻撃――それは敵が待ち構えている戦術で、リスクが非常に高い。特に、敵が山のふもとに布陣している場合、正面から攻め込むのは不利極まりない。


(正面からの突撃では、こちらの損害が大きくなるだけだ……だが、時間も限られている。どうすればいい?)


湊は地形と敵の配置を確認しながら、頭の中で戦術を練り始めた。斎藤道勝がゲリラ戦を得意とするならば、こちらが正面から攻めてくることを想定しているはずだ。つまり、敵が予想しない手を打つ必要がある。


「……正行、少し作戦を変更する。正面攻撃を装いながら、側面から奇襲をかけるんだ」


「奇襲ですか?しかし、信長様の命令では正面攻撃を強行するようにとのことですが……」


「信長様は勝利を求めている。勝つための最善策を講じれば、命令に背くことにはならない」


湊はきっぱりと言い切った。戦場では結果がすべてだ――その教訓は、ゲームの中でも同じだった。勝つためには、敵を知り、戦術を練り、予測を裏切る手を打つしかない。


正行はしばらく考え込んだが、やがて湊の言葉に納得し、深く頷いた。


「……分かりました。湊様を信じます。側面からの奇襲作戦を実行しましょう」


湊は、正行が作戦に同意してくれたことに感謝しながら、部隊に指示を出し始めた。正面からの攻撃を装い、少数の精鋭を使って側面から奇襲を仕掛ける――それが湊の立てた作戦だった。


戦場は、湊の指示通りに動き始めた。正面では大部隊が敵の注意を引きつけ、側面では精鋭部隊が密かに回り込んでいた。斎藤道勝の軍は、正面攻撃に集中し、側面からの奇襲に気づくのが遅れた。


「今だ、側面攻撃を開始しろ!」


湊の号令とともに、側面からの奇襲が成功。斎藤軍の陣形が崩れ、混乱が広がる。正行の部隊もその隙を突き、総攻撃をかけた。敵軍は次第に崩れ、戦況は一気に湊たちの有利へと傾いていった。


湊は勝利の感覚を味わいながらも、心の奥では違和感が拭いきれなかった。この「斎藤道勝」という人物――彼が史実にいないはずの存在であることに、湊は強い疑念を抱き続けていた。


(この世界……やっぱり、ただの戦国時代じゃない。俺が知っている歴史とは、何かが違う)


勝利の余韻に浸る間もなく、湊は次第にこの世界の「異常さ」に気づき始めていた。

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2024年9月28日 18:00
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英雄たちの覇権戦争 〜歴史ゲームで俺が世界を導く〜 @ofura

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