信長との対面

湊は冷たい風を感じながら、城の前庭を歩いていた。目の前には巨大な城郭がそびえ、重厚な石垣とその上に連なる見張り台が彼を取り囲んでいた。これが信長の城か――湊は、かつてゲームをプレイする中で何度もイメージした風景に思わず足を止めた。心臓が高鳴り、手のひらに汗がにじむ。今はそれが現実として目の前に広がっているのだ。


敷石を踏みしめながら、湊は武者たちの後を追って歩みを進めた。鎧をまとった兵士たちが厳めしい顔つきで湊を見つめている。湊の服装――ジーンズにTシャツという現代的な格好が、彼らにとって異様に映っているのは明らかだった。湊はその視線を感じつつも、表情を崩さないように気をつけた。


やがて、武者たちは大きな木戸を通り抜け、湊を城の中へと案内した。外の冷たい風とは対照的に、城内は重厚な木造の廊下が静かに湊を包み込んだ。薄暗い照明と、木材が軋む音が、湊の緊張をさらに強めていく。


広間への道は徐々に華美な装飾が増し、襖(ふすま)には源平合戦を思わせる名勝負の風景が描かれていた。豪華な飾りや、琵琶の音色が遠くから微かに聞こえてくる。この城が、戦国時代の覇者が居を構える場所であることを、湊に否応なく感じさせた。


「信長様の御前だ。無礼のないようにせよ」


案内役の武者が低く告げた。大きな襖が音もなく開かれた。目の前には広い謁見の間が広がっており、中央には一人の男が玉座に座り、鋭い眼差しでこちらを見据えていた。織田信長――湊が、ゲームの中で何度も目にしたあの男が、今、目の前にいる。


圧倒的な存在感に、湊は思わず息を呑んだが、どうにか冷静を装い、深く頭を下げた。


「……お前が奇妙な者か」


信長の冷たい声が、謁見の間に響いた。湊はその鋭い視線に釘付けになり、言葉を詰まらせながらも何とか返事をしようとした。


「私は……結城湊(ゆうき みなと)と申します。長旅の途中、道に迷い、この地にたどり着いてしまいました。お騒がせして申し訳ございません」


信長は鋭い眼差しで湊をじっと見つめ、湊の服装――ジーンズとTシャツに特に興味を示していた。


「ふむ、その装束……見たことがないな。異国の者か、それとも何か別の存在か?」


信長は興味深げに湊を観察し、その知的好奇心が湧き上がるのを感じた。彼の目には、湊の服装がまるで新しい発見のように映っていた。信長は新しいものに対する興味を隠さず、湊の一挙一動を見逃さないようにしていた。


湊は一瞬戸惑ったが、自分の姿がこの世界で異質なものとして捉えられていることに気づき、冷や汗が背筋を伝った。必死に冷静を保ち、慎重に返答した。


「これは、旅の途中で……異国の者から譲り受けたものです」


信長はじっと湊の服装を観察していたが、やがて冷ややかな笑みを浮かべた。


「ほう、異国の品か……。まあ、それにしては珍妙だな」


信長は鼻を鳴らし、軽く首をかしげたが、服装についての追及はここで終わった。だが、その異様な風貌に信長は何か特別なものを感じたのか、湊にもう一度鋭い目を向けた。


「お前、ただの旅人には見えぬが……何者だ?何をしておった?」


突然の問いに、湊は一瞬言葉に詰まった。ゲームの中でなら何度も戦場を指揮してきたが、ここでの戦いがどのようなものかはわからない。だが、ここで自分の知識を隠しては信長の信頼を得られないかもしれないと感じた湊は、腹をくくって答えることにした。


「実際に戦場に立った経験はありませんが、戦略については学んできました。戦術、兵の配置、兵糧の管理、そして敵の動きを読むこと――戦に必要な知識は心得ています。例えば、兵をどのように配置すれば敵の進軍を阻止できるか、補給線をどのように確保すれば兵の士気を保てるかなどです」


信長はその答えに少し驚いたように見えたが、すぐに興味を示した。


「ふん、知識だけで戦に勝てるとでも?」


信長は微笑みながらも、冷徹な視線を湊に送り続けた。湊は、その視線に押されながらも、自信を持って反論した。


「知識がなければ、戦に勝つことはできません。無知のままでは、いくら兵を動かしても勝利にはつながらないでしょう」


信長はその言葉に驚いた様子を見せ、しばし湊を見つめた後、満足げにうなずいた。そして冷酷な笑みを浮かべると、決定的な言葉を発した。


「ほう、なかなかの口ぶりだ。……よし、試してやろう」


湊の心臓が大きく跳ね上がった。 信長は彼の言葉を試そうとしている。ここで自分の知識を証明することで、この世界での立場を得るチャンスだ――そう確信した。


「お前に一つ任務を与える。次の戦に出向き、我が軍の指揮を助けろ。具体的には、兵の配置と補給線の確保を任せる。さらに、敵の動きを予測し、適切な戦術を提案せよ。例えば、どの地点に兵を配置すれば敵の進軍を阻止できるか、補給線をどのように確保すれば兵の士気を保てるかを示せ。お前の知識が本物なら、それを証明してみせよ」


湊は黙ってうなずき、深く頭を下げた。信長は、湊の服装に対する疑念を残したまま、試練を与える形でその場を締めくくった。


「もし失敗すれば……その時はそこで命を落とすことになる」


信長の言葉は冷たく響いた。


「お前、異国の品だけではなく、異国の知恵も持っているのかもしれん。……新しいものには興味がある。戦の知識、どれほどのものか見せてもらおう。」


湊はその重みを胸に刻み込みながら、決意を固めた。この世界が現実なのかゲームの世界なのか、まだ確信は持てない。しかし、今は目の前の試練に立ち向かうしかない。信長の前で失敗するわけにはいかない。ここでの成功が、元の世界に戻るための鍵になるかもしれない――この奇妙な世界で生き抜くための第一歩を、今、踏み出すのだ。

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