第65話
馬車に乗っても、ディアンヌの頭には先ほどの言葉がぐるぐると回っていた。
何故かいつものように話すことができないでいると、リュドヴィックから声が掛かる。
「すまない……迷惑だっただろうか?」
「……え?」
ディアンヌはリュドヴィックを勘違いさせてしまったと気づいて、弁解するために口を開く。
「違うんです。その……」
「……?」
「な、なんでもありません!」
ディアンヌはうまく気持ちを伝えることができずに口ごもる。
「まさか何か嫌なことがあったのか?」
「そうではありません! 皆様、とてもよくしてくださって勉強になりました。それにまだまだわたしが力不足だと知ることもできましたから……」
ディアンヌは夫人たちを間近で見たことで、己の力不足をヒシヒシと感じていた。
こんなところで諦めるつもりはないと思いつつも、その差は歴然だ。
けれど時間もないため、悔しい思いばかりが募る。
ディアンヌは無意識に膝の上で手のひらをギュッと握りしめる。
「ディアンヌ、無理をしないでくれ」
「リュドヴィック様……?」
「……君が心配なんだ」
リュドヴィックの言葉に驚いて顔を上げる。
彼と目が合った瞬間、引き込まれるような不思議な感覚になった。
そして気づいた時には言葉が溢れていた。
「リュドヴィック様は、わたしのことをどう思っているのですか?」
リュドヴィックの目が大きく見開かれていくのが、スローモーションのように見えた気がした。
けれどすぐに自分が何を言っているのだろうと思い直す。
焦りから言葉が出てこない。
「な、なんでもないんです……!」
ディアンヌが顔を赤くして、手を前に出して横に振っていると、リュドヴィックはいつもの表情に戻ってしまう。
完全にやらかしてしまった……そう思っていたディアンヌだったが、リュドヴィックは予想もしなかった言葉を口にした。
「君のことは、とても大切だと思っている」
「…………!」
「ディアンヌは家族の温かさを教えてくれた。これからもディアンヌと共にいたいと……そう思っている」
ディアンヌは自分の耳を疑った。
リュドヴィックの言葉が信じられないと思うのと同時に、嬉しくて気分が高揚してしまう。
(今……リュドヴィック様がわたしのことを大切だと言ってくださったのよね?)
ディアンヌは俯きながら考えていた。
嬉しいような、恥ずかしいような……こんな不思議な気持ちになったのは初めてだった。
「君との結婚は互いの利害の一致から始まった。最初はただの〝契約結婚〟だと、そう思っていたんだ」
「……はい」
「だが、ディアンヌは私に大切なことをたくさん教えてくれた。君は私にないものをたくさん持っている」
「わたしが、ですか?」
「ああ、損得関係なく人のために動けることだってそうだ。ディアンヌがいなければ知ることはできなかっただろう」
「いいえ、わたしこそリュドヴィック様にたくさん助けられて……」
ディアンヌの言葉の途中でリュドヴィックはゆっくりと首を横に振る。
「……リュドヴィック様」
「君と出会ってから私の世界は一変した。ありがとう、ディアンヌ」
リュドヴィックに感謝を伝えられたことに、ディアンヌは信じられない気持ちでいた。
「それと以前も話そうと思ったんだが……今、ディアンヌに私の気持ちを伝えようと思う」
「……な、なんでしょうか!」
ディアンヌはリュドヴィックをまっすぐ見つめながら、ソワソワした気持ちで言葉を待っていた。
彼がディアンヌのことをどう思っているのか。
それを考えるだけで、心臓が飛び出そうになっている。
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