第50話

すると、ララは反射的に体を引いてしまう。

じんわりと額に滲んだ汗のせいで髪が額に張り付いている。

ディアンヌはカトリーヌの殺意のこもった視線と共に、いつも縋るような視線を感じていた。



「ララ……何か理由があるなら、わたしが力になるわ」


「──ッ!」


「よければ、わたしに話してみない?」



ディアンヌの言葉にララの瞳が左右に揺れ動く。

明らかに動揺しているように見えた。



「今なら二人きりよ。理由を話してちょうだい」


「ワタシはっ、あなたにナイフを向けているのよ!?」


「でも、あなたがしたくてしているわけじゃないでしょう?」


「……っ」



ディアンヌの問いかけに、ララがわずかに頷いたような気がした。

それと同時にララの目からはとめどなく涙が流れていく。

カタカタと震えている手のひらからはポロリとナイフが落ちて、カランカランと音を立てた。

そのまま顔を両手で覆ってしまったララのそばへ。

震える体の背を撫でると何度も「ごめんなさい」と、呟いている声が聞こえた。



「うぅ……っ、ごめん、なさっ……!」


「ララ……どうしてこんなことをしたのか、わたしに話してくれる?」



ディアンヌがララの肩に触れる。

彼女は涙を流しながら理由を説明してくれた。

ララは自分の家族を守るために、カトリーヌの命令に従っているのだそうだ。



「もうっ、こんなことしたくありません……! こんなことっ!」


「……」


「でも、レアル侯爵領にいる家族に危害を加えられたらと思うと……っ、ワタシは……!」



ララの悲痛な声に、ディアンヌの胸が締め付けられるように痛む。

ララは没落してしまった元子爵令嬢だったが、それは領地を広げようと目論んだカトリーヌの父親に仕組まれたことだったと後々、知ったそうだ。

今は反抗できないようにと監視付きでレアル侯爵領で暮らしている。

そしてララがレアル侯爵家に奉仕するような形で働いているらしい。


今回もやはりリュドヴィックと結婚したディアンヌを消すために仕組まれたこと。

ララはカトリーヌにディアンヌを消すように命令をされたそうだ。

ディアンヌを消さなければ家族の命はないと言われて従ったものの、やはりできないと踏みとどまってくれたらしい。



「カトリーヌ様は、すべてをワタシのせいにするつもりだったんです……!」


「……」


「それにディアンヌ様を傷つけたって、カトリーヌ様はリュドヴィック様の妻にはなれないし……家族を守れないものっ!」



ディアンヌはララを抱きしめた。

彼女の気持ちが痛いほどに理解できる。

ディアンヌも家族を守るためにパーティーに向かった。

そこでピーターやリュドヴィック、ロウナリー国王に運よく救われたディアンヌだったが、ララは苦しみ続けている。

家族とカトリーヌに挟まれて、ララは苦しいだろう。

しかし正しい選択をしてくれたようだ。


(どうにかしてララを助けたい……!)


カトリーヌはディアンヌからマリアを引き剥がそうとしたのだろう。

その間にララにディアンヌを傷つけさせようとした。


(脅してこんなことをやらせるなんて信じられない!)


こんなにも自分が力を持っていたらと思ったことはない。

今のディアンヌには目の前で困っているララを救うことすらできないのだ。


そんな時、ピーターがディアンヌの部屋の中に入ってくる。



「ピーター!」


「ディアンヌ、荷物片付けるの終わった?」


「ううん、まだよ」



ピーターはララを見て警戒するようにディアンヌの後ろに隠れてしまった。

しかしララが号泣する様子を見て、いつもとは違うと悟ったらしい。

「大丈夫?」と、ララに声をかけている。

ピーターの優しさに感動しつつ、ララにハンカチを渡す。

ララは目元を拭いながら、頭を下げた。

ピーターは心配そうにディアンヌを見ている。



「公爵夫人であるディアンヌ様を傷つけようとした罰は受けます」


「……公爵夫人?」


「本当にごめんなさい……!」



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