第51話
ディアンヌはララの〝公爵夫人〟という言葉の意味を考えていた。
社交界にも出ていないせいか、未だにリュドヴィックと結婚して公爵夫人になった自覚はまったくなかったというのが本音だ。
(もし、わたしがもっと公爵家に相応しくなればリュドヴィック様の隣に堂々と立つことができるの……?)
たとえ契約結婚だとしても、大切な人や困っている人たちを助けることが今のディアンヌにできるだろうか。
(ううん、わたしはまだ公爵夫人としては力不足で……何も知らない)
だからこそああやってシャーリーにも騙されてしまい、恥をかいた。
もし目の前で泣いているのがララではなく、自分の家族だったらディアンヌはどう動くだろう。
ディアンヌを助けてくれた、リュドヴィックやロウナリー国王のように手を差し伸べられるのか。
(このままララを放っておけない。ララの家族はどうなってしまうの……?)
そう思うとぞっとした。
今までは自分が我慢していれば済むと思っていた。
契約結婚だとしてもディアンヌには、できることがたくさんあるのではないだろうか。
(どうすればカトリーヌの悪事を暴いて、ララを救い出せるの? こんな時こそ前世の知識を役立てないと……!)
懸命に考えを巡らせていた。
そしてディアンヌはピーターとララ、ララが持っていたナイフが目に入る。
荷物に入っているメリーティー男爵家から持ってきたフルーツを見てあることを思いつく。
(……そうだわ! いいこと思いついた。サスペンスドラマを思い出すのよ)
これがうまくいくかは、ピーターが鍵となる。
こんな時、よく弟たちと遊んでいる内容が役に立つ。
(今、わたしにできることをしてララを救うのよ……!)
ディアンヌはテーブルの上にあるメモとペンを手に取る。
そしてリュドヴィックに伝えたい内容を簡潔に書き込んでいく。
このメモを見たらすぐにピーターと共に部屋に来て待機して欲しいと伝える。
「ピーター、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「なに? ディアンヌ」
「今からララと騎士ごっこをするの。ここで事件が起こるから、騎士団長のリュドヴィック様と騎士のピーターは真犯人を見つけて逮捕してね」
「ボクが騎士!? 真犯人がいるの!?」
ピーターはディアンヌの提案に目を輝かせている。
「そうよ! ララが犯人に見えるけど本当は違うの。それだけは覚えていてね」
「わかった! とっても楽しそうだね」
「他の人に見つかったりしたらピーターの負けになるわ。真犯人を見つける秘密の任務なの! 見つからないようにリュドヴィック様のところに行ける?」
「うん、任せて! 内緒にすればいいんだね」
「でもマリアとエヴァは味方だから、途中で会っても大丈夫よ! メモを見せてあげて。でも他の人たちはダメだからね」
「わかった!」
ディアンヌは頷いたピーターの頭を撫でる。
ピーターはメモを受け取り、気合い十分といった様子だ。
それからメリーティー男爵領から持ってきた果実を手に取った。
中にはプチプチとした赤くて透明な細かい身が入っている。
食べると赤い汁が出てくるので口の中に身を詰めて、ニヤリとしたら血に濡れたようになる。
小さな頃はよくこれで遊んでいたし、三つ子もこの遊びが大好きだ。
うまくいけばカトリーヌの目を欺いて、本音を引き出せるかもしれない。
ディアンヌは胸元のポケットにも赤い果実を忍ばせていく。
「ララ、わたしを刺した演技をしてちょうだい!」
「えっ……!?」
ディアンヌは泣いているララの手を取って、立ち上がるように促した。
そしてもう一つ、黄色の果実をララに食べるように促す。
ララが口に含んで果実を噛むと、あまりの酸っぱさにララは悶絶するように口元を抑えている。
「かなり酸っぱいと思うけど、我慢してね……!」
ララは何度か頷いているが、かなり酸っぱいのだろう。
その目からはポロポロと涙が流れていく。
そしてディアンヌは持ってきた赤い果実を口いっぱいに詰め込んで実を噛んで割った。
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