第49話
三日間の休暇を終えたリュドヴィックは、書斎に向かってしまう。
明日、城に行く準備をしているそうだ。
少し顔色がよくなったことが嬉しいと思った。
リュドヴィックを送り出したディアンヌが、マリアと共にメリーティー男爵邸から持ってきたものを整理していた時だった。
「な、何か手伝うことはありますでしょうか?」
「あなたはたしか……ララ、だったかしら」
「……は、はい!」
「ララ、どうしたの? まあ何かあった?」
「いえ……」
マリアの表情が少しだけ曇ったような気がした。
またララも怯えているようにも見える。
(この子、いつもカトリーヌと一緒にいる侍女よね?)
アプリコットの髪をいつも三つ編みにしており、丸眼鏡をかけて小柄なララの肩は小さく震えているような気がした。
小さく扉が開いたような気がして視線を向けると、そこには珍しく機嫌がよさそうに笑うカトリーヌの姿があった。
カトリーヌは真っ赤な唇が歪むと、ララの顔がさらに青くなっていく。
ディアンヌはそのことに大きな違和感を感じていた。
そしてタイミングを見計らったようにカトリーヌが部屋の中に入ってくる。
「マリア、少し話があるのだけどいいかしら?」
「カトリーヌ、ここでは侍女として振る舞ってください」
「はぁい、マリアさん……こっちに来てくださぁい」
マリアはキッと眉を釣り上げて、立ち上がると部屋の外へと向かう。
扉が閉まるのと同時に話し声が遠くなっていく。
マリアを怒鳴りつけるような甲高い声が聞こえて、心配になったディアンヌは立ち上がる。
しかしディアンヌは扉に向かう前にララに引き止められてしまう。
汗ばんだ手のひらは力強くディアンヌの手首を掴んでいた。
ララは顔が見えないくらいに俯いて、ブツブツと何かを呟いている。
「やらないと……っ、ちゃんと……やらなきゃ」
(具合が悪いのかしら……)
ララは震える手でポケットに手を突っ込むと、チラリと光る銀色のものが見えた。
「それって……」
「……ッ!」
ララは唇をグッと噛み締めて後に、震える手をこちらに向けた。
目は血走っていて、ナイフも震えに合わせて大きく揺れている。
何度も荒く息を吐き出しているララをディアンヌはじっと見ていた。
そしてマリアの話を思い出す。
カトリーヌはリュドヴィック目当てでベルトルテ公爵家に侍女として勤めている。
しかし彼女の手や綺麗な格好を見ていれば、カトリーヌが何もしていないことはすぐにわかる。
その代わりに仕事をしているのが一緒にレアル侯爵家から連れてきたララなのだそうだ。
マリアはカトリーヌが侍女として働いていないことを知っている。
だが、カトリーヌが何もしていないという決定的な証拠を掴むこともできない。
ララを使うことでカトリーヌはうまく立ち回っているそうだ。
マリアはララがあまりにも不憫で、侍女長としてどうにかしてあげたいと言っていた。
カトリーヌの身分の高さもネックになり、身動きができないのだそうだ。
震えるナイフは徐々にディアンヌにへと近づいてくる。
ララは荒い息を短く吐き出している。
「……はぁ、っ……はっ」
「…………」
ディアンヌは抵抗することなく、ララの潤んでいるブラウン色の瞳を見つめていた。
それにララの表情を見ればよくわかることだった。
(ララは望んでこんなことをしているわけじゃないのよね……)
ディアンヌはカトリーヌの命令で、ララがこうしているのだと簡単に想像できた。
彼女はリュドヴィックと形式上でも結婚しているディアンヌのことが心底気に入らないのだろう。
ピーターと一緒にいたとしても、ディアンヌを敵視する視線はこちらにしっかりと届いていた。
今までの嫌がらせもカトリーヌとララによるものだと、なんとなく理解していた。
ディアンヌはララが持っているナイフに手を伸ばす。
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