-4

ヒタヒタ、ヒタヒタと、聞こえていた足音が止まって、背後に気配を感じる。


誰なのかはわかってた。


首に手をかけられ、締め上げられる。


いいんだ、これでいいんだ……俺が死ねば……。


「無理だよ……俺、咲を殺すなんてできないよ……」


背後から棗の声がした。

ベッドで眠っているはずなのに……背後にいるのは、きっと幽霊というものだろう。

「……でも、呪いが……あの紙が言うんだ。まだ殺せないのかって」

俺が死ねば、棗は呪いから開放される。

「やれよ。それで、自分の身体に戻ればいい」

棗は、手を離してしまう。

「無理だよ!! そんなことできない。俺は、咲のこと……怨んでなんかない……」

背後から気配が消える。

棗は突然ベットから起き上がり、病室を飛び出して行った。

「棗!!」

俺も棗を追って、病室を後にする。


棗はグングン前を走っていく。

追いつけるわけがなかった。

「棗、戻ってこい!!」

「来るなっ!!」

屋上まで駆け上がった棗は、柵を乗り越える。

「この呪い、別の誰かとは書いてあるけど、自分自身に仕返ししちゃいけないとは書いてないんだ」

「棗、まさか……」

「そう。そのまさかだよっ」

「なんでだよ……なんでおまえが死ななきゃいけないんだよ……」

棗は、ニコッと笑ってみせる。

「咲はたったひとりの親友だから……死なせない」

俺は、必死に止めようとした。

「おまえが死ななくても、何とかなるだろ。別の方法を一緒に探そう」

しかし、棗は首を横に振った。


「……俺が終わらせる。聖も気付いたから」


棗は、あの触れ書きを自分に向けて見せた。


「ダメだ棗っ!!」


止めようとしたが、その場で足が動かなくなってしまった。

もがいても、もがいても、足が動かない。


「俺は、俺自身を呪う……この場所で、肉体は尽きても、魂のみになっても、俺自身に仕返しし続け、俺一人でこの呪いを繰り返し続ける……」


ふわりと風が吹いて、


「やめろおおおおおおおおっ!!」


棗は、宙を舞った。


「ありがとう……バイバイ、咲……」


悲鳴をあげることもなく、最高の笑顔で……。


俺はただ、それを見ていることしか出来なかった。


――どうして、こんなことになっちゃったんだよ。

「なんでだよ……」

どうして棗が。

「棗っ……答えろよ。どうしてだよ……」

何度問いかけても、返事はなかった。

「うわああああああああああっ」

叫んでも、叫んでも、もう届かない。



スマホがなる。


『着信中 工藤聖』


聖からの着信とわかると、慌てて電話に出る。

「聖っ!! どこにいるんだっ!!」


「海老ちゃん!!」


通話口から男の声がした。

「誰だおまえ……」

「俺だよ。圭介だよ」

「圭介、どうして……なんでおまえが、聖のスマホを使っているんだ?」


「今すぐ附属高校に来い。聖ちゃんは預かってる」


電話の向こうで、ガタッと音がした。


「咲っ、来ちゃダメ!!」


聖の声が聞こえてきたそのあと、プツンと電話は切れてしまった。

スマホを強く握りしめた俺は、その場から駆け出す。

大切な人を守るために……。




高校の門の前までくると、校舎の方から声が聞こえてくる。

「海老原!!早く来いよ!!」

屋上を見ると、ガラスケースに入れられた聖と、そのケースを地上へ突き落とそうとする圭介の姿があった。

「やめろおおおおぉっ!!」

俺はすぐさま屋上へ向かう。


待ち構えていた圭介が、こちらを見てニサニサ笑う。

「海老ちゃん、待ってたよ」

「圭介、なんで俺に仕返ししないんだ。俺を殺せばいいだろっ? 俺を怨んでたんだろっ?」

「だって、それじゃつまんねーじゃん」

聖の入ったケースをジリジリ傾ける。

「俺は、おまえらふたりに仕返ししたい。俺の邪魔をしたおまえと、俺を選ばなかった聖ちゃんの両方に」

ケースはバランスを崩し、ずるりと滑り落ちる。

「聖ちゃんは、俺が連れて行くんだ。俺のものだ。おまえはひとり残されて、彼女を助けられなかった事を一生悔やむんだ。そして、呪うんだ」


「やめろおぉぉぉぉぉっ!!」


駆け寄って手を伸ばしても、届かなくて。聖の入ったケースが、地面に向かって落ちていく。


ガシャーーーーーーン。


ガラスの割れる音が響いた。


「聖ーーーっ!!」



校舎を駆け降り、聖の元へ駆け寄る。

「聖……お願いだ、返事してくれ」

聖は微かに手を動かす。

まだ意識がある。

まだ助かる。

「聖っ!!」

聖はこちらを見る。何か言いたそうに口を開いたときだ。

「…さぁ…ぅ………」

聖の口から、大量に血が流れでた。

必死に喋ろうとするが、うまく喋れない。

舌が……切り取られてしまっていて。

聖は、倒れ込んだまま動かなくなってしまった。

「これで聖ちゃんは、俺のものだ」

どこからか圭介の声がする。


「聖……聖、起きろよ……」


おまえが死ぬなんて……おまえまで失ってしまったら、俺はどうしたらいいんだよ。


「答えてくれよ……聖……」


返事はなかった。


俺は、聖を抱えて立ち上がる。


「行こう、聖……」



***



「咲ちゃん、自転車早いよぉ~恐いよぉ」

後ろの聖が必死にしがみつく。

「だったら置いてくぞ」

「やだっ!! こんなとこに置いてかないで」

俺の言葉に、聖はさらに必死にしがみついた。

「俺……なんで、子守りなんてしてんだろ」

中学生の俺が小学生の聖をつれて……って、これじゃ、俺はロリコンだ。

「聖、子どもじゃないよ。もうすぐ中学生だもん」

それでも充分子どもだ。

「でも、もうすぐ俺も高校生だから。やっぱり俺の方が大人で、聖はまだまだ子供じゃん」

…しまった。今ので、きっと膨れっ面だ。

「…………………」

聖はだまりこんでしまった。

まずいな。泣かれたりしたら大変だ。


海沿いの道を走り教会の前を通る。

「咲ちゃん見て!!結婚式だよっ、うえでぃんぐドレスだよ!!」

「ちゃんと「ウェディングドレス」って言えてないぞ」

「すごいよっ!! 可愛いよっ!!」

泣くかと思っていたのに、突然、聖ははしゃぎだす。

「はしゃぐな、落ちるぞ」

男の俺にはウエディングドレスなんて、どうでもいい話しだった。

「いいなぁ~聖も早く大人になりたいな」

俺は、ずっと子供のままでいたいな。

「ねぇ咲ちゃん、聖を咲ちゃんのお嫁さんにしてよ!!」

いやっ、それは無理でしょ。

でも、無理なんて言ったらきっと今度こそ泣き叫ぶだろうな。

「はいはい」

適当に返事をする。

信号待ちで聖は自転車からおりて前に回って来た。

「約束だよっ、指切り!!」

仕方なく指切りすると、聖は嬉しそうに笑った。



今だったら、指切りなんかじゃなくて永遠に誓えたのに。

結局、叶えてあげられなかった……俺は……。




赤い絨毯の上を、聖を抱えて歩く。


いつか聖が歩くはずだったバージンロード。


十字架の飾られた祭壇の前で、誓いのキスをした。


「愛してるよ、聖……」


でも、唇は冷たかった。


「聖……なあ、聖。どこかで見てるんだろ?」

微かに気配を感じて、辺りを見回す。

「俺も一緒に連れてってくれよ。聖が一緒なら、俺は……」

「ダメだよ」

どこからか声がする。

「私が終わらせる。咲は、生きて……」

背後に気配を感じ振り返ろうとしたが、身体が思うように動かない。

「こっち向いちゃダメ。決心が揺らぐから」

聖は泣きながら、後ろから俺を抱きしめた。

「揺らいでいいよ。一緒にいよう」

「うん、一緒にいよう。でも、別の方法で」

手を放した聖は、ポケットから触れ書きを出す。

「聖っ、ダメだ! 俺に……」

聖は、それを俺に見せることはなかった。



「私は、私自身を呪う。私は、永遠に彼の魂の中で生き続け……」


聖は泣きながら、鳴咽しながら言い聞かせる。


「彼と交わることもできず、彼の幸せな姿を見続け、その場所に私がいないことに嘆き、苦しみ続ける。それが私自身への仕返し。そしてこの呪いを、私ひとりで繰り返し続ける……」


急に身体が軽くなる。

振り返るとそこには、泣きながら、それでも必死に笑おうとする聖がいた。

「これからも…ずっと…一緒だよ…」

俺は、聖を抱きしめる。

「咲、泣かないで。私、幸せだよ。永遠に咲と一緒にいられるんだから。来世も、そのまた来世も、ずっと……」

聖は、俺にキスをした。

「咲、大好きだよ!!」


だんだん聖の身体が透き通ってきた。

「愛してるよ……聖。お願いだから、消えないでくれ」

聖はニコッと笑って見せた。

最高の笑顔で。

「さよならは、言わないよ」

聖はそのまま俺の身体の中にスゥーっと、消えて行った。

「聖……嘘だろ。なあ、聖……」

どんなに呼びかけても、もう二度と聖の声は聞こえなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る