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ヒタヒタ、ヒタヒタと、聞こえていた足音が止まって、背後に気配を感じる。
誰なのかはわかってた。
首に手をかけられ、締め上げられる。
いいんだ、これでいいんだ……俺が死ねば……。
「無理だよ……俺、咲を殺すなんてできないよ……」
背後から棗の声がした。
ベッドで眠っているはずなのに……背後にいるのは、きっと幽霊というものだろう。
「……でも、呪いが……あの紙が言うんだ。まだ殺せないのかって」
俺が死ねば、棗は呪いから開放される。
「やれよ。それで、自分の身体に戻ればいい」
棗は、手を離してしまう。
「無理だよ!! そんなことできない。俺は、咲のこと……怨んでなんかない……」
背後から気配が消える。
棗は突然ベットから起き上がり、病室を飛び出して行った。
「棗!!」
俺も棗を追って、病室を後にする。
棗はグングン前を走っていく。
追いつけるわけがなかった。
「棗、戻ってこい!!」
「来るなっ!!」
屋上まで駆け上がった棗は、柵を乗り越える。
「この呪い、別の誰かとは書いてあるけど、自分自身に仕返ししちゃいけないとは書いてないんだ」
「棗、まさか……」
「そう。そのまさかだよっ」
「なんでだよ……なんでおまえが死ななきゃいけないんだよ……」
棗は、ニコッと笑ってみせる。
「咲はたったひとりの親友だから……死なせない」
俺は、必死に止めようとした。
「おまえが死ななくても、何とかなるだろ。別の方法を一緒に探そう」
しかし、棗は首を横に振った。
「……俺が終わらせる。聖も気付いたから」
棗は、あの触れ書きを自分に向けて見せた。
「ダメだ棗っ!!」
止めようとしたが、その場で足が動かなくなってしまった。
もがいても、もがいても、足が動かない。
「俺は、俺自身を呪う……この場所で、肉体は尽きても、魂のみになっても、俺自身に仕返しし続け、俺一人でこの呪いを繰り返し続ける……」
ふわりと風が吹いて、
「やめろおおおおおおおおっ!!」
棗は、宙を舞った。
「ありがとう……バイバイ、咲……」
悲鳴をあげることもなく、最高の笑顔で……。
俺はただ、それを見ていることしか出来なかった。
――どうして、こんなことになっちゃったんだよ。
「なんでだよ……」
どうして棗が。
「棗っ……答えろよ。どうしてだよ……」
何度問いかけても、返事はなかった。
「うわああああああああああっ」
叫んでも、叫んでも、もう届かない。
スマホがなる。
『着信中 工藤聖』
聖からの着信とわかると、慌てて電話に出る。
「聖っ!! どこにいるんだっ!!」
「海老ちゃん!!」
通話口から男の声がした。
「誰だおまえ……」
「俺だよ。圭介だよ」
「圭介、どうして……なんでおまえが、聖のスマホを使っているんだ?」
「今すぐ附属高校に来い。聖ちゃんは預かってる」
電話の向こうで、ガタッと音がした。
「咲っ、来ちゃダメ!!」
聖の声が聞こえてきたそのあと、プツンと電話は切れてしまった。
スマホを強く握りしめた俺は、その場から駆け出す。
大切な人を守るために……。
高校の門の前までくると、校舎の方から声が聞こえてくる。
「海老原!!早く来いよ!!」
屋上を見ると、ガラスケースに入れられた聖と、そのケースを地上へ突き落とそうとする圭介の姿があった。
「やめろおおおおぉっ!!」
俺はすぐさま屋上へ向かう。
待ち構えていた圭介が、こちらを見てニサニサ笑う。
「海老ちゃん、待ってたよ」
「圭介、なんで俺に仕返ししないんだ。俺を殺せばいいだろっ? 俺を怨んでたんだろっ?」
「だって、それじゃつまんねーじゃん」
聖の入ったケースをジリジリ傾ける。
「俺は、おまえらふたりに仕返ししたい。俺の邪魔をしたおまえと、俺を選ばなかった聖ちゃんの両方に」
ケースはバランスを崩し、ずるりと滑り落ちる。
「聖ちゃんは、俺が連れて行くんだ。俺のものだ。おまえはひとり残されて、彼女を助けられなかった事を一生悔やむんだ。そして、呪うんだ」
「やめろおぉぉぉぉぉっ!!」
駆け寄って手を伸ばしても、届かなくて。聖の入ったケースが、地面に向かって落ちていく。
ガシャーーーーーーン。
ガラスの割れる音が響いた。
「聖ーーーっ!!」
校舎を駆け降り、聖の元へ駆け寄る。
「聖……お願いだ、返事してくれ」
聖は微かに手を動かす。
まだ意識がある。
まだ助かる。
「聖っ!!」
聖はこちらを見る。何か言いたそうに口を開いたときだ。
「…さぁ…ぅ………」
聖の口から、大量に血が流れでた。
必死に喋ろうとするが、うまく喋れない。
舌が……切り取られてしまっていて。
聖は、倒れ込んだまま動かなくなってしまった。
「これで聖ちゃんは、俺のものだ」
どこからか圭介の声がする。
「聖……聖、起きろよ……」
おまえが死ぬなんて……おまえまで失ってしまったら、俺はどうしたらいいんだよ。
「答えてくれよ……聖……」
返事はなかった。
俺は、聖を抱えて立ち上がる。
「行こう、聖……」
***
「咲ちゃん、自転車早いよぉ~恐いよぉ」
後ろの聖が必死にしがみつく。
「だったら置いてくぞ」
「やだっ!! こんなとこに置いてかないで」
俺の言葉に、聖はさらに必死にしがみついた。
「俺……なんで、子守りなんてしてんだろ」
中学生の俺が小学生の聖をつれて……って、これじゃ、俺はロリコンだ。
「聖、子どもじゃないよ。もうすぐ中学生だもん」
それでも充分子どもだ。
「でも、もうすぐ俺も高校生だから。やっぱり俺の方が大人で、聖はまだまだ子供じゃん」
…しまった。今ので、きっと膨れっ面だ。
「…………………」
聖はだまりこんでしまった。
まずいな。泣かれたりしたら大変だ。
海沿いの道を走り教会の前を通る。
「咲ちゃん見て!!結婚式だよっ、うえでぃんぐドレスだよ!!」
「ちゃんと「ウェディングドレス」って言えてないぞ」
「すごいよっ!! 可愛いよっ!!」
泣くかと思っていたのに、突然、聖ははしゃぎだす。
「はしゃぐな、落ちるぞ」
男の俺にはウエディングドレスなんて、どうでもいい話しだった。
「いいなぁ~聖も早く大人になりたいな」
俺は、ずっと子供のままでいたいな。
「ねぇ咲ちゃん、聖を咲ちゃんのお嫁さんにしてよ!!」
いやっ、それは無理でしょ。
でも、無理なんて言ったらきっと今度こそ泣き叫ぶだろうな。
「はいはい」
適当に返事をする。
信号待ちで聖は自転車からおりて前に回って来た。
「約束だよっ、指切り!!」
仕方なく指切りすると、聖は嬉しそうに笑った。
今だったら、指切りなんかじゃなくて永遠に誓えたのに。
結局、叶えてあげられなかった……俺は……。
赤い絨毯の上を、聖を抱えて歩く。
いつか聖が歩くはずだったバージンロード。
十字架の飾られた祭壇の前で、誓いのキスをした。
「愛してるよ、聖……」
でも、唇は冷たかった。
「聖……なあ、聖。どこかで見てるんだろ?」
微かに気配を感じて、辺りを見回す。
「俺も一緒に連れてってくれよ。聖が一緒なら、俺は……」
「ダメだよ」
どこからか声がする。
「私が終わらせる。咲は、生きて……」
背後に気配を感じ振り返ろうとしたが、身体が思うように動かない。
「こっち向いちゃダメ。決心が揺らぐから」
聖は泣きながら、後ろから俺を抱きしめた。
「揺らいでいいよ。一緒にいよう」
「うん、一緒にいよう。でも、別の方法で」
手を放した聖は、ポケットから触れ書きを出す。
「聖っ、ダメだ! 俺に……」
聖は、それを俺に見せることはなかった。
「私は、私自身を呪う。私は、永遠に彼の魂の中で生き続け……」
聖は泣きながら、鳴咽しながら言い聞かせる。
「彼と交わることもできず、彼の幸せな姿を見続け、その場所に私がいないことに嘆き、苦しみ続ける。それが私自身への仕返し。そしてこの呪いを、私ひとりで繰り返し続ける……」
急に身体が軽くなる。
振り返るとそこには、泣きながら、それでも必死に笑おうとする聖がいた。
「これからも…ずっと…一緒だよ…」
俺は、聖を抱きしめる。
「咲、泣かないで。私、幸せだよ。永遠に咲と一緒にいられるんだから。来世も、そのまた来世も、ずっと……」
聖は、俺にキスをした。
「咲、大好きだよ!!」
だんだん聖の身体が透き通ってきた。
「愛してるよ……聖。お願いだから、消えないでくれ」
聖はニコッと笑って見せた。
最高の笑顔で。
「さよならは、言わないよ」
聖はそのまま俺の身体の中にスゥーっと、消えて行った。
「聖……嘘だろ。なあ、聖……」
どんなに呼びかけても、もう二度と聖の声は聞こえなかった。
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