-3

束の間の休息を終え、朝が来た。


何事もなく朝日は昇り、外は明るくなっていた。

いつの間にか、全員眠ってしまっていた。

「棗……」

最後に交代した棗は、双葉の横で寝てしまっていた。ずっと張り詰めていて、疲れたのだろう。

時計を見る。


午前7時40分。


まもなく、悠志の仕掛けたゲームが終わる。

ただし、終わったとしても呪い自体が終わるわけではないから、状況は何もかわらない。


ゴンッ……聖が寝返りをうって、俺にぶつかる。

「…ぅぅっ…ぅぅぅぅっ…」

寝言? 聖の顔を覗き込む。

「…さく…に…げ…て…」

聖は泣きながら、声にならないほどの小さな声で確かにそう言った。

「聖! どうしたんだよっ?」

聖はもがくが、布団に転がったままで動かない。

まるで何かに押さえ付けられているかのように。

よく見ると、棗も双葉も動けずにもがいていた。



「……海老原く~ん!!」



突然誰かに呼ばれて、背筋がゾクッとした。


部屋の外から声がする。


「海老原君、下りて来てよ」


誰かが俺を呼んでいる。


「早く~っ」


ソイツが異質なものだと、もうわかっている。


このままでは、みんな巻き添いだ。


「ダメだ咲!!行くなっ!!」


棗が叫ぶ。でも……

「棗、ごめん。ありがと」

行くしかないんだ。

「双葉、棗をよろしくな」

双葉は話す力もなく、ただ泣いていた。

「イヤッ、行っちゃダメ!!」

泣き叫ぶ聖の頬にキスをした。

「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう、聖」

次は、俺の番だ。

俺が死ねばみんなが助かる。



死んだ後に呪いをどうするかは、そのとき考えよう。



部屋を飛び出した俺は、階段を駆け降り、1階のエントランスホールから外へ出る。

そこには、ひとりの女の子が立っていた。

彼女は、こちらに紙を突き付ける。

見慣れない制服、全く見覚えのない顔、どうして彼女に怨まれているのかわからなかった。

「ビックリした? まあ、そうだよね。私たち、初対面だし。怨まれる理由も、怨む理由もないもんね」

その通りだ。

「でもさあ……」

彼女は触れ書きの裏を俺に見せる。


『追加ルールです。ゲーム終了20分前にこの紙を受け継いだ人は、必ず海老原咲夜を殺して下さい。悠志』



彼女の後ろに立つ、ぼぉっとした人影が現れる。

「おまえらのもがく姿が、見たかったんだ……俺は、おまえらふたりが大っ嫌いだったんだよ……」

そこにいたのは、悠志だ。

「早く人数報告しに来いよ。待ってるって、工藤にも伝えとけ」

ケタケタと笑いながら、悠志は姿を消す。

「最後の人は人数を…」は、俺に向けて言っていたんだ。


俺達に人数報告させようって?

地獄で待ってるって?

冗談じゃない。


「回りくどいなぁ。自分の手で一思いに殺してやればいいのに」

彼女はニタニタ笑う。

「まぁ、とにかく死んでもらうわ」

ゆっくりと近づいて来る。

「咲!! 逃げろっ!!」

動かない体を無理矢理引きずって、棗がこちらに走ってくる。

「来るな棗!!」

俺は、もう逃げ回ることもできない。

だって、さっきから足が言うことをきかないんだ。

「大丈夫。一思いに終わらせてあげる!!」

彼女は物凄い形相で俺に飛び掛かる。

「頭吹っ飛ばしてやるよ!! きゃははははははは……」


ドカッと、物凄い音がして、何かが地面に落ちた。


ゆっくりと目を開けると、そこには……棗が横たわっていた。


「棗……棗ぇっーーっ!!」


俺は、棗のもとへ駆け寄る。


「冗談だろ? 棗、おまえが死ぬわけないよな?」


棗はピクリともしない。


何度揺り起こそうとしても返事はなくて、そんな棗を俺は抱え上げようとした。


「あーあ、違う奴殺っちゃっ…ぎやあああああああああああああ!」

突然、物凄い叫び声が聞こえてきた。

「いやぁあっ…熱い…あづい…たずげてっ…」

振り向くと、真っ赤な炎に包まれ、焼かれるあの女の子がいた。

炎は弱まる事なく燃え続け、彼女はあっという間に消えて無くなってしまった。

炎の中から触れ書きが舞い上がり、ヒラリヒラリと、俺の前に落ちてくる。

目の前で、燃えずに残った紙がチリチリと火の粉を上げている。



怨 で ない 仕返し


紙 を 見せ た 別の 人 へ 仕返し


ルール 破った 罰



ルールを破ったら罰がある。

「そんな……」

背後から声がして、慌てて振り返る。

そこには見覚えのある男が立っていた。でも誰なのかは思い出せない。

「俺は同じ大学だけど、おまえらのことなんてよく知らないし。工藤棗を殺す理由もないのに。焼かれるのなんて御免だ」

彼はそう言って、ふっと姿を消す。

きっと、彼の触れ書きの裏には、棗の名前が書いてあったのだろう。

そちらに気をとられていると、誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。

「さ……く……」

微かに棗の手が動いた。

「棗……おい、棗!!」

生きていた。

「すぐに、病院に連れてくから。助かるから!!」


――死なないでくれ……棗……。



救急車で病院へ運ばれた棗は、

「一命は取り留めました。しかし、意識はまだ回復していません」

病室には渥美さんと双葉とがいた。

双葉はベットにしがみつくようにして、泣いていた。

渥美さんが双葉を宥める。

俺は病室の前で座りこむ。中に入ることは出来なかった。


俺のせいだ。俺のかわりに棗が……。

悔やんでも悔やみきれなかった。


「あのとき、俺が死んでいればよかった」

「……そんなふうに思わないで。なつ兄は咲を助けたかったんだよ」

そばに来た聖が、俺の頭を撫でる。

「咲のせいじゃない。悪いのは……」

その先は小声で呟く。あまりはっきりはきこえなかった。

聖はそのまま病室を出ていった。

双葉を連れて渥美さんが病室を後にする。

「彼女は俺が送っていくから。海老原君も元気だせよ」

そういった渥美さんこそ、辛い顔をしていた。


そっと病室へ入り棗の眠るベットのわきに座る。



***


あれは、小五の春のこと――。


「咲ー、咲咲っ!!」


またあいつだ。

最近、俺の後をついて回る、鬱陶しいヤツがいるんだ。

学校も放課後も遊びに行くのも、家ににまでもついてきて、もううんざりしていた。

俺は、気にせず荷物をまとめて理科室に向かう。

「待ってよ。俺も行くっ!!」

別に親切にしたつもりはない。むしろ素っ気ない態度だったはず。

それなのになつかれてしまった。

「見てっ、工藤君だよ!!可愛い~」

女の子からの視線が熱い。

……というよりは、痛い。

スタスタ歩く俺の後ろを、棗はちょこまかと追い掛けてくる。まるでチワワかトイプードルだ。

「さくさくっ……」

「うるさい」

俺の一言で、棗はしゅんとしてしまった。


授業が始まる。

棗はずっと膨れっ面でこちらを睨む。さっきの女の子達の視線と同じくらい、痛い。

「海老原さあ、最近工藤と仲いいよな」

隣に座っていた井上が小声で話し掛ける。

「いいよなあ。工藤と仲よくなれば目立つし、女子からも声かけられるし、先生からも贔屓されるし」

カチンときた。

「何が言いたいんだよ」

別に仲良くなんてない。

棗が勝手にくっついて回ってるだけだ。

だから棗を利用しようだなんて、考えたこともない。

「海老原絶対得してるよな」

周りの奴らも絡んでくる。

その頃の俺は子どもで、反抗期で。

今だったら絶対にあんなことはしないだろう。

「だから、何が言いたいんだよっ!!」

俺は立ち上がり、横の井上の座っている椅子の脚を思い切り蹴飛ばす。

椅子の脚は曲がり、井上はそのまま床に倒れ込む。

「何してんだ、海老原っ!」

先生の言葉も無視し、俺は周りで絡んできた奴らも次々と突き飛ばし、張り倒していった……ところで、駆け付けた教師に取り押さえられた。


棗に近づく人間はたいてい、棗のオコボレ狙いだった。

目立ちたいとか、モテたいとか、教師達に贔屓されたいとか。

皆、棗を『友達』としてみていない。

棗は皆にとっては『道具』なんだ。

俺には関係のない話しだが……。

「別に、理由なんてないし」

職員室で担任に理由を問いただされたが、答える気なんてなかった。

「なんとなく、暴れたかっただけ」

その二言しか口にしない俺を見て、担任は溜息をつく。

「何か理由があるだろ?」

俺にだって理由はよくわからない。

ただ、ムカついただけだ。

だって、俺は成績だっていいし、普通にモテるし、棗を利用しなくても自分の力で生きていけるし。

それに人に媚びたり、取り入ったりするなんて面倒臭いし、格好悪いからしたくないし。

「どうしたもんかねえ」

担任は諦めの表情だ。

無駄な取り調べが終演をむかえようとしたときだった。

「そちらのクラス、また乱闘があって……」

呆れ顔の教師が、誰かをこちらへ連れて来る。

「咲っ、ごめんな」

棗だった。

「先生、すいませんでした。全部俺が悪いです」

そう言って棗は頭を下げる。

「何してんだよ、俺は勝手に暴れただけだ」

俺の問い掛けに、棗はニコッと微笑む。

「咲は……海老原君は、俺をかばってくれただけです」

別にかばった覚えなどない。

ムカついたから暴れただけだ。

「俺の悪口を言った奴らから、かばってくれただけなんです」

それは……まあ、そうなんだけど……。


棗とふたりで職員室を後にする。

「別に俺はかばってない」

俺の顔を覗き込んで、棗はニコッと笑う。

「咲、ありがとっ」

「だから別に……」

俺はそのまま教室の方へ歩きだす。

「ありがとっ」

棗は後ろをちょこまかと歩いてくる。

「ついてくんなよ」

棗は嬉しそうについてくる。

そういえば、いつの間にか俺は歩く速度も歩幅も棗に合わせていることに気付いた。


その日以来、俺と棗はつるむようになった。

結局、高校、大学まで棗はついてきて、今では1番の親友だ。

遠い昔の思い出。

今でも鮮明に覚えてるよ。


「棗……」


涙が止まらなくて、ベットの隅に顔を伏せた。

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