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どうすることもできず、ただ逃げるしかできなかった俺達は、双葉を連れてその場を離れた。
マンションに着くと、棗は浴室にこもり、聖は部屋の隅で座り込む。
俺は、棗を追って浴室へ向かおうとしたが、それを双葉が止める。
「海老ちゃん、ここは私が……だから聖ちゃんのところへ行ってあげて」
双葉がそう言うので、俺は向かいの聖のもとへ向かった。
「聖……」
部屋に入るとすぐ、俺は聖を抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「聖が悪いんじゃない」
繰り返し謝る聖に、俺は何度も言い聞かせる。
俺達が悪いんじゃない。
もうどうしようもないんだ。
俺達では止めることも出来ないんだ。
俺達が悪いんじゃ……ああ、あいつらと同じ台詞だ。
そのセリフを口にしてしまった自分自身に、強い憤りを感じた。
俺がぎりりと歯を食いしばると、聖がこちらへそっと手を伸ばす。
「咲……」
「どうした?」
聖は、俺の頬に触れて言う。
「あと少しだけ、そばにいて」
俺は、聖を強く抱きしめる。
「ずっと一緒だって約束しただろ」
たとえ呪いに飲み込まれても、俺は聖と一緒にいよう。
そう心に誓った、そのときだ。
ブーッブーッブーッ……
スマホが鳴り始める。渥美さんからだ。
「もしもし…」
電話の向こうが騒がしくて、一瞬スマホを耳から離す。
「無事か? 聖ちゃんは?」
「聖は大丈夫でした。でも……」
呪いを止める方法は、見つからなかった。
そう言えずに言葉に詰まる。
そんな俺に、渥美さんは何も聞かなかった。かわりに……
「本木芹が殺害された。ここで、この目ではっきりと見た。加害者は弥生だった……」
――芹が……これで、呪いを作り出した人間全員が死んだ。
もう本当に止めることなんてできないんだ。
「おまえら、今日は家から一歩も出るなよ。これ以上、危険なマネは禁止だ」
「渥美さん…」
「大丈夫、俺は絶対に死なない。だからおまえらも、死ぬなよ」
その言葉を最後に、渥美さんからの電話は切れた。
午後7時半。日が暮れて外は暗くなる。
俺達は渥美さんの言いつけ通り、マンションの部屋で待機していた。
今もどこかで誰かが、呪いの犠牲になっているのかもしれない。
そうは思えないほど静かな夜だ。
「咲、少し寝ろよ。俺がちゃんと見張ってるから」
棗は、じっと耳をすましている。
「聖が起きたら交代するから、そのときは、聖と一緒にいてほしいし」
「海老ちゃん、私も起きてるから、心配しないで」
棗の隣には双葉が座っていた。
渥美さんの電話のあと、聖はすぐにベッドに入って眠ってしまった。
よっぽど疲れていたんだろう。
そばまで来た俺も、倒れこむようにして眠りにつく。
***
それから、どれぐらい眠っていたんだろう。意識が朦朧とする。
「なつ兄、あのね……私、呪いの……」
聖の声がする。ああ、聖は起きたのか。
「言わなくてもいい。わかってるから」
棗が聖の話を止める。
わかってる? 何が?
「でも、ダメだ。他の……」
他の? 何?
「咲、起きてるの?」
聞き耳を立てていることに気づかれたみたい。
聖が、俺の頬をつねる。
「痛いっ…」
聖に腕を引っ張られ、無理やり起される。
それを見た棗は、ゆっくりと立ち上がる。
「少し外の空気吸ってくるよ。咲、あとよろしく」
棗は、テーブルに寄りかかって寝てしまった双葉にタオルケットを掛け、部屋を出て行った。
ふたりとも何も無かったかのように平然としているので、問いかけるタイミングを失ってしまった。
一体、何の話だったんだろう。
心配になった俺は、聖を後ろから抱きしめる。
「またひとりで何とかしようと思ってんだろ?」
「大丈夫、もう一人で勝手に動き回ったりはしないから。それに、なつ兄にも止められたから」
「俺だって、危険な真似は反対だ。聖を危ないめにあわせたくない」
振り向いた聖は、俺に飛びつく。
「ごめんね、咲。心配かけて……大好き」
聖は、そのまま「大好き」といい続ける。
このまま何も起きずに、いつも通りの朝が来て、呪いなんて何もなかったことになっていればいいのに。
またいつもみたいに、棗と笑い合い、聖と愛し合い、双葉と馬鹿言い合って……そんなそんな日常に戻りたい。
戻りたいよ。
もう戻れないのかな。
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