【4】
-1
校舎を出て、その足でプールへ向かった俺は、プールサイドまで来たとき、棗と聖を見つけた。
「……聖!!」
すぐさま聖のもとに駆け寄り、周りも気にせず抱きしめる。
「ひとりで危険なマネするなよ。心配したんだぞ」
「ごめんなさい……」
震える小さな声で謝った聖を庇いながら、俺は正面を見る。
目の前には、女の子がふたり立っていた。
「和沙、どうしよう……」
「雛子、大丈夫。うちらは悪くないから」
気の弱そうな女の子が雛子で、彼女を引き連れていた気の強そうな子が和沙だ。
怯える雛子を宥めていた和沙が、鋭い目でこちらを睨み付ける。
「っざけんなよ!! うちらが何したってんだよ!!」
一歩前へ出た棗が、和沙を睨み返して言う。
「おまえらが始めたんだろ? くだらない呪い遊びを……」
どうあっても、和沙は怯んだりしない。むしろ、今にも噛み付きそうな勢いだ。
俺は、ふたりに向かって問いかける。
「呪いの止め方を教えろ」
しかし、和沙も雛子も首を横に振るだけだ。
「知らないわよっ、そんなの!! 止め方なんてわかんない!!」
「ただの遊びだし。適当に始めたの……ただ、芹を困らせたかっただけ……ちょっと懲らしめてやりたかっただけなんだから……」
和沙は、芹を交えた3人の女の子同士について話を始める。
「仲良し3人組なんて、そんなの口だけだった。だって、3は奇数だから、一緒にいたら誰かがあぶれるでしょ」
芹が雛子と仲良くすれば、和沙があぶれる。
雛子が和沙と仲良くすれば、芹があぶれる。
和沙が芹と仲良くすれば、雛子があぶれる。
その繰り返しに、和沙は腹を立てていた。芹が邪魔だったんだ。
「だから、試してみたの。前に怖い話の本で載ってたやつ。呪い遊びって。雛子も、面白そうだから、それやってみたいって言って」
それが全ての始まり。
友達が邪魔だからという、そんなくだらない感情が……でも誰でも持っている感情が、生み出してしまったんだ。
ほんの軽はずみ程度。子供のお遊び。
でも、誰も彼女たちを責めたりできないはずだ。
だって、羨ましい、妬ましい、悔しい、苛立たしい、そんな感情も全部、誰かを邪魔に思ったり、時には殺したいと思ったり、そんな狂気も全部、
「うっとーしいなぁ」「ムカつく」「イラつく」「バーカ」「死ね」「殺すぞ」
そんな言葉も全て、この世に生きている人間全員が、友達に、親に、兄弟に、姉妹に、恋人に、教師に、生徒に、子供に、大人に、他人にぶつけたことのある感情で、
ぶつけたことのある狂気で、ぶつけたことのある言葉。
呪い遊びが、呪いの螺旋が、そこから生まれたんだ。
それを聞いた俺は、ぎりりと歯を食いしばった後、大声で叫んだ。
「遊びなんかですむかよ!! おまえらのせいで人が沢山死んでるだぞっ、今も、これからも、止まらずに……」
止まらずに……そう、止める方法なんてないんだ。
呪いはくるくる回り、人を蝕み、そして全てが闇に飲み込まれる。
「いやあああああああああああああああっ!」
突然、雛子が奇声を発する。
「私が悪いんじゃない……私が悪いんじゃない……私が悪いんじゃない……私が悪いんじゃない私が悪いんじゃない私が悪いんじゃない私が悪いんじゃない……」
狂ったように繰り返し呟く。
みんなそう言うんだ。
「私が悪いんじゃない」
そうやって誰かに責任を押し付けて、自分を正当化するんだ。
「……もう逃げたい、ここから」
和沙を突き飛ばした雛子は、ポケットからカッターナイフを取り出す。
真っ先に気付いた棗が止めに入ろうと走ったが、間に合わなかった。
雛子は、自分の首筋に思い切りカッターナイフを突き立てる。
ブシャッと、血しぶきが飛び散る。
雛子は、その場に倒れ込む。
「やだっ!! 雛子、ひとりで逃げたりしないでよっ!!」
その場にしゃがみ込んだ和沙が、雛子を揺する。
「ねぇ、ズルイよ、逃げるなんて!! 置いてかないでよ!!」
雛子は、それきりピクリともしなかった。
「私……どうしたらいいの……」
和沙が雛子の亡骸に縋ろうとした、そのとき。
「じゃあ、死のっか」
どこからか、声が聞こえてきた。
「いやっ…いやだ、やめて!!」
突然、和沙が叫びながら足元をはらいだす。
そこには、ズルズルと長い髪が絡まっていた。
その長い髪の毛の先、水面から顔を出した何かが大声で叫ぶ。
「あんたがこんな呪い遊びなんてしなければ、あたしは死なずにすんだのにっ!!」
とたんに、和沙が勢いよくプールへ引っ張り寄せられる。
「いやっ、助けて!! お願い、死にたくないっ!!」
俺は、急いで和沙のもとへ駆け寄り、腕を掴んで引っ張ろうとする。
すると、水面から顔を出していたソイツが、こちらをギロリと睨み付けた。
「あんたも道連れにするよ……」
慌ててこちらへやって来た棗と聖が、俺を引き留めようとする。
「咲っ、離すんだ!! 巻き込まれるぞ!!」
「咲、お願い……離して……」
駄目だ……だって、この手を離したら和沙は死ぬ。
もう、誰かが死ぬところは見たくないのに。
和沙の腕がスルリと抜けて、俺はそのまま後ろに倒れ込む。
「うわあああっ!」
あっという間のできごとだ。
「うっ……」
「イヤッ……」
一緒に倒れ込んでいた棗と聖が、悲鳴を上げて後ずさりする。
水面には、髪の毛がぐちゃぐちゃに絡まった和沙が浮いていた。
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