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「ダメだ、返事がない」
移動中、棗はずっと聖にメールを送り続けていた。
電話は鳴りっぱなしになるので、無断だ。
「海老原君、そこの家だ」
渥美さんが車を止めると、俺は真っ先に外へ出ようとした。
その足をピタリと止める。
「きゃああああああああああああっ!!」
もの凄い叫び声が聞こえてくる。
「棗、今の……」
「ああ、行こう」
渥美さんを置き去りにして、俺と棗は車を飛び降り、弥生の家へと急ぐ。
玄関の扉は開いていて、2階から声が聞こえる。
「いやっ、やめてっ!」
棗と二人で階段を駆け上がると、部屋の前で母親らしき人が腰を抜かしていた。
正面の部屋を覗いてみると、
「いらっしゃい」
テーブルの上に足を組んで座っていた男が、俺達を招き入れようとする。
その頭上には、ギシギシッと、首を吊られて必死にもがく女の子がいた。
「やめて!! 弥生を殺さないで!!」
母親が呼びかけても、男はお構い無しに俺達に話し掛ける。
「弥生の友達かい? お茶がよかったかな? それともコーヒー?」
男は何も気にせず、テーブルの上のカップにお茶をつぐ。
「彼女を離せ…」
カップから、お茶がどんどん流れ出る。
「……はぁ?」
男は笑顔のままで静かに怒りを露わにする。
「私が悪いんじゃない。全部弥生が悪いんだよ」
ピシッっと、急須の持ち手にひびが入る。
「私が毎日あんなクソみたいな仕事して、死に物狂いで働いて、稼いで、養ってやってるのに。コイツは、養われてることすら忘れて……馬鹿みたいにフラフラ遊びまわって。おまけに、ちょっと喧嘩して芹ちゃんに殴られたからって、学校には行かないなんて言い出して」
弥生はジタバタもがく。
「駄目な子だ。悪い子だ。だから……」
弥生はだんだん動きが少なくなってきた。
このままじゃ……俺は助けようと、部屋の中に入ろうとした。
そのとき、男は頭上の弥生の足を思い切り引っ張った。
「……っ……っ…」
弥生は、もう叫ぶ力も抵抗する力も残っていなかった。
「もうおしまいか。本当に、駄目な子だなあ」
その言葉を最後に、男は消える。
吊された弥生は、そのまま動かなくなってしまった。
遅れて部屋にやって来た渥美さんが、両手で顔を覆う。
「……後は、俺が何とかする。ふたりで先に進んでくれ」
俺達は、ここで立ち止まっている暇はない。
「いいか、ふたりとも、絶対に危険なことはするなよ」
渥美さんは何度も念押しした後で、俺の肩を叩いて言う。
「早く聖ちゃんの所に行ってやれ」
――次の目的地は、芹という女の子のいる場所。
「芹って子に殴られたってことは、多分その子から呪いが回ってきたんだ。それなら、学校へ行ってみよう」
棗の言葉に俺は大きくうなずく。
部屋の隅に掛けられたのは、近くにある高校のセーラー服だ。
「棗、行こう」
その場に渥美さんを残し、棗と二人で先を急いだ。
***
高校の前まで来た俺と棗は、校内へ入ろうとした。
そのとき、叫び声が聞こえる。
「いやあああああああっ…」
出遅れた俺を置いて、棗が走っていく。
その後を追うが、足の速い棗に追いつけるわけがない。
あっという間に校舎の中へ飛び込み、棗は音楽室へ。
扉を開けると、今度は笑い声がした。
「ふふふっ……あんた達も、私を責めに来たの?」
その場にいた女の子が、こちらを見て笑う。
彼女が芹だ。
「違う。呪いを止める方法を探しに来たんだ」
棗の質問を無視して、芹はまた叫び声を上げる。
「いやあああああああああああああっ…」
絶対に正気じゃない。
「私が悪いんじゃないわ。全部、和沙と雛子が悪いの。私達は仲良し3人組。どこに行くのも一緒。同じ高校に入り、同じ大学へ行って、そのさきもずっとずっと、仲良しでいられると思ってた。なのに、あのふたりが壊したんだ。悪いのは私じゃない」
まくし立てるようにそう言い終えると、芹はケタケタと笑い出す。
「悪くないって、おかしいだろ? 自分でやったことだろ?」
芹は俺の質問にも答えなかった。
「あのふたりが始めたのよ。こんなくだらない呪い遊びを……」
彼女は紙を2枚出し、俺たちに見せる。
遠くて細かいところまで見えないが、悠志がアナウンスしていた内容が、手書きで書かれていた。
二枚の筆跡はそれぞれ別の、女の子の字に見える。
「私は、和沙と雛子のふたりから仕返しされた。だから私は別のふたりの人間に仕返しをした。私が殴られた1発の倍の、2発づつ殴ったの」
ここから分岐して、呪いが二手に分かれたのか。
「私が悪いんじゃない。私が悪いんじゃない。なのに……」
芹は、ポケットからライターを出し、触れ書きを破いて燃やした。しかし……。
「消えないの。呪いが……」
燃えかすの中から、芹は何かを拾う。
「逃れられない……許されないの……」
芹の手には、先程燃やしたはずの触れ書きが。
破いた跡も燃えた跡も、残っていなかった。
「これが呪い……終わらない恐怖……」
芹は、崩れるようにその場にしゃがみ込む。
「私は一生、死ぬまで……ううん、死んでもずっとずっと、和沙と雛子を怨み、この呪い遊びに参加してしまったことに後悔し、誰かを傷つけたことに懺悔し、苦しみ続けるの……」
それがこの呪い。
「あのふたりも、きっとそう……」
そう言って、芹は外を指差す。
窓の外、そこはプールだ。
何かを見つけてハッとした棗が、教室から駆け出す。
俺もその後を追う。
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