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「海老原君、工藤君!」


電話で事情を話したら、すぐさま渥美さんが駆け付けた。

「おまえら、なんでこんな危険なことするんだ!」

突然、怒鳴られてビックリした。

温厚そうな渥美さんを怒らせるなんて、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「すいません…」

俺は素直に謝る。

「ごめんなさい…」

棗は渋々謝る。

渥美さんは大きく溜め息をついた。

「大丈夫かい? 怪我はないか?」

まだ足をつった感があるが、特に怪我はなかった。

「大丈夫です。でも……」

「あれ……」

俺が顔をそらすと、代わりに棗が浜辺を指差す。

そこには、絶命した悠志が横たわっていた。

「後はこちらに任せて」

現場に集まってきた警察関係者が、次々と浜辺に下りていく。

「それにしても、一体、何があったんだ?」

渥美さんが俺達に問いかけた、そのときだ。

「うわああああああああ」

浜辺の方から叫び声がして、皆振り返る。

渥美さんが叫び声の方へ走り出し、俺達も後を追った。


すると、そこには片手が血まみれになった捜査員がいた。

「手を噛みちぎられて……」

「そんなはずないだろ」

渥美さんが確認すると、死んだはずの悠志が、噛みちぎった手をムシャムシャと食べていた。

「ひぃっ…」

その場にいた皆、悲鳴を上げて逃げ出す。

狼狽えながらも残ったのは、俺と棗と渥美の3人。

悠志の顔を、そっと覗き込んで見る。

先程まで動いていた悠志は、いつの間にか喋らなくなってしまった。

もうピクリとも動かなかった。

けれど、常識では考えられないできごとが起きているのを、渥美さんに証明することはできた。

「工藤君、話しを聞かせてくれるか? こんなの見たら、キミの話しに驚いたりなんてしないし、信用しないわけにはいかないしな」

渥美さんの言葉に、棗は頷く。

「わかりました。そのかわり、聖が心配なんで、家でお話してもいいですか?」

「わかった。先に家に向かってくれ。片付き次第、そちらに向かう」

棗を連れて、俺はその場を離れる。



家に着くと、聖を除いて3人で、棗の部屋で話をすることにした。

「話してくれないか……」

渥美さんの言葉に、棗は話し出す。

「俺がいち早く現場に駆け付けれたのは、事件が起きる場所がわかったのからです」

俺も渥美さんも、ずっと疑問に思っていたことだ。

「俺と、それに聖も、物心ついた頃から見えるんです。アイツラが……」

アイツラ……つまり、オバケが?

世の中にはそういう人間がいるらしいが、俺は今回の事件以外では見たこともないし、全く信じてもいない。

渥美さんも、そんな顔をしていた。

「……やっぱり、信じてないでしょ。なら実践」

棗はそう言うと、渥美さんの少し後ろを見る。

「渥美さんはバツイチです。渥美さんの前の奥さんは亡くなってます」

ふたりは2、3回、事件の話しで顔を合わせただけのはず。

「奥さんの名前、は玲奈さん。綺麗な方ですね」

渥美さんは驚いた顔をしている。

「ほかにもいろいろ話し聞きました。渥美さんは朝が弱くて寝ぼけると大変で、パン食だと逆ギレで、コーヒーはブラックじゃないと吐き出して」

「もういい!!わかったから!!」

それでもまだ、棗は話し続けた。

「いっぱい喧嘩もしたけど、それでも楽しかったって。ありがとうって伝えて欲しいって」

すると、渥美さんは少しさみしそうな顔をして、それでも笑って答えた。

「それならお返しに、ありがとうって、伝えてくれ」

世の中には不思議なことがたくさんある。

全てがこんな風に、温かなことばかりならよかったのに。

ドアを開けて部屋に入ってきた聖が、俺にしがみついて言う。

「咲、行っちゃダメだよ……」

その様子を見た棗は、渥美さんを連れて部屋を出て行った。

「みんなが……咲が危ない目に合うのは、いやだよ……」

聖は、泣いていた。

「行かないで。ずっとそばにいて。お願い」

俺だって、できればずっとこのままでいたかった。

今すぐ聖を連れて、どこか遠くへ逃げてしまえばいいのに。でも……

「ごめん、行かなくちゃ。これ以上、誰かが殺されるのをほってなんかおけないから……」

止めなくちゃいけない気がするんだ。

ガタガタ震えていた聖の頭を撫でる。

「大丈夫だよ、聖は俺が守るから」

俺は、聖を強く抱きしめた。



聖を残してリビングまで来ると、棗と渥美さんが待っていた。

「聖ちゃん、大丈夫かい?」

心配そうにこちらを見る渥美さん。

「大丈夫です、やっと落ち着いて、今寝たところです」

棗は、ほっとした表情だった。

そんな棗に俺は言う。

「明日の朝、駅へ行こうと思うんだ。どうせ、棗もそうするつもりなんだろ?」

浜辺で聞いたあの声に、従ってみようと思うんだ。

「それって、さっきの? ダメだよ。咲はこのままここにいて」

「おまえが行くのに、俺が行かないわけないだろ」

「ついてくんなよ。天国まで咲と一緒なんて、俺やだよ」

「散々俺の後をついて回ったのは、棗の方だ」

どんなに強がっていても、棗もきっと不安なはずだ。

そんな時はいつも俺と棗は一緒だった。

「俺ら、腐れ縁だからな……」

そう言うと、棗は少しだけ笑ってみせる。

「それじゃあ、明日の朝8時。場所は大学前駅の地下鉄のホーム。必ず1番の前に来て。絶対に間違えないで」

俺はもちろん、渥美さんも大きくうなずく。

「わかった。俺も明日の朝、必ずそこに行く。おまえらだけで、危険なまねはさせられないからな」

そう言って、渥美さんは帰って言った。

「咲は泊ってけよ。聖も喜ぶだろうし」

その晩は、棗と聖と俺の3人で並んで眠った。





布団を敷いて棗と雑魚寝していると、ベッドを下りてきた聖が隣に寝転がる。

「聖、ベットに戻らないと、棗に怒られるぞ」

注意したけれど、無視してペッタリくっついてくる。

「しかたないな。俺も一緒に怒られるか」

そう言うと、聖は手を回してキュッと俺に抱きつく。

「昔もよく同じことをして、咲に怒られた。その頃は、咲はぜんぜん相手にもしてくれなくて。子供扱いで。ずっと片思いのままで終わるんだと思ってた」

泣いているのか、ときどき嗚咽が聞こえてくる。

「泣くなよ。俺、ずっとそばにいるからさ。あと2年したら俺も社会人だし、聖の面倒くらいみれるし」

振り向いた俺は、聖にキスをする。

「好きだよ……聖……だから俺、棗のお嫁さんになるわっ……」

何か言い間違えた気がしたけれど、睡魔に襲われてもう限界だ。

「違うよ! 私が咲のお嫁さんになるんでしょ!」

「………○Ω△α■Å×$…」

とうとう、自分でも何を言っているのかわからなくなってしまった。

そんな俺に、聖は話し続ける。


「死ぬのは怖いよ。でも、本当に怖いのは、この手で愛する人を殺してしまうこと」


――それこそが、この世で1番怖いこと。その夢が、正夢にならないことを願っている。




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