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家に着くと、棗は慌てて靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がっていく。

おじさんは仕事で、おばさんは買いものにでも出かけているのかな。

「……聖っ!」

聖は、学校休んでいたみたい。

棗の後を追って、俺も聖の部屋に向かう。

聖は、部屋の隅に座り込んでいた。

ただでさえ小さいのに、足を抱えて座り込むと余計に小さく見える。

そんな聖のそばに棗が座り込み、頭をそっと撫でた。

すると、聖は小さな声で言う。

「逃げよう……このままじゃ、みんな殺されちゃう……」

一体、どこへ? 何から逃げると言うのだろう?

いつもニコニコ笑って、無邪気な聖が、こんなに震えているのを初めて見た。

どうしていいかわからずにいると、棗が立ち上がる。

「……行かなくちゃ」

突然のことに驚いた俺は、慌てて声をかける。

「行くってどこに? 何しに?」

しかし、棗は何も言わずに部屋を出て行こうとする。

「おい、棗!!」

腕をつかんで引き留めようとすると、それをさっと払いのけて、

「聖と咲は巻き込みたくないんだっ」

棗は、そのまま外へ出て行ってしまった。

「棗を追いかけるから。聖、ここで大人しくしてろよ」

聖にそう言い聞かせて、俺は部屋を飛び出す。



何があっても、棗ひとりで行かせちゃいけない。


このまま棗を行かせてしまったら、もう戻ってこないような、そんな気がするんだ。


***


棗を追いかけてやって来たのは、大学のそばにある海岸だ。

「咲は帰って。俺ひとりで行くよ」

「いいや、帰らない」

「でも……」

そばを離れようとしない俺を、棗は突き放そうとする。

けれど、その手をつかんで、俺は強く握りしめる。

「俺等、どこに行くときだって、一緒だっただろ?」

どんなことがあったって、棗と乗り越えてきたんだ。

「何を見ても驚かない? どんなことが起きても信じてくれる?」

心配そうな顔をする棗に、俺は笑顔をみせる。

「当たり前のこと聞くな」

そうして、俺達ふたりは先を急ぐ。


遊泳禁止の浜辺へ着くと、棗は大声で叫ぶ。


「……義成っ!!」


行く手を見ると、浜辺の綺麗な白い砂の上に、赤黒い血の跡が広がっていた。

その真ん中に立っていた誰かが、こちらへ振り向く。

「ふたりとも、ストップ!」

ソイツは、死んだはずの義成だ。

「邪魔されるとマズいんだよね。実行厳守だ。ルールを破ったら罰があるから。終わるまで、ちょこっとそこで待っててよ」

そう言われた瞬間に、足が動かなくなってしまった。

俺と棗がジタバタともがく姿を見て、フッと笑みを溢した義成は、再び正面を向く。

「今から、悠志を殺すからさ」

義成の足下には、地面に突っ伏す悠志の姿があった。

「俺と悠志は幼なじみなんだ。明るくて活発でかっこよくて、そんな悠志に憧れてた。でも、それこそが呪いだった」

義成は、悠志を思い切り蹴飛ばす。

「憧れは嫉妬でもあるんだ」

「うっ」と、小さく声を上げた悠志が、仰向けに転がる。

「やめてくれよ、義成……俺ら、親友だろ……?」

「親友? 笑わせんなよ」

悠志は命乞いをするが、義成はその顔を蹴飛ばした。

「親友ヅラして、いつも一番イイトコかっさらって。俺の彼女も、何度も横取りしやがって」

何度も何度も、蹴飛ばされた悠志は、いつの間にか動かなくなっていた。

それでも、義成はやめようとしない。

「詩織に嫌がらせしたのだって、全部おまえがやったことだろ! 俺は、後始末させられただけだ」

ありったけの怨みをぶつけて、めちゃくちゃに暴れて、そうして悠志の頭がボコボコになった後。

「オマエみたいなヤツ、死んで当然だ。こうなったのは、オマエのせいだからな」

そう言って、フッと姿を眩ませる。


俺と棗は、その場に立ち尽くしていた。

助けられなかった……。

そう悔やんでいると、誰かが話しかけてくる。

「そんなに、ヘコむことないよ」

俺でも、棗でも、義成でもない声だ。

驚いて振り返ってみたけれど、そこにはもう誰もいなくて。

「明日の朝は、もっと楽しいことが起きるから……いつもの駅で待ってるね……」

そんな声だけが響いて、風が通り抜けて行った。





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