第15話 専属侍女①
◇
「…お久しぶりです、レナさん」
にこにこと微笑み、全世界の女性たちがときめくような佇まいでソファに足を組んで座る彼は、リアム様とおっしゃるらしい。
彼については、私も知っている。
昔、侯爵邸で働く以前に勤めていた貴族の家のお嬢様が、彼の名前を口に出してはうっとりしていた。
目の前に座る彼は、「正体不明の美男子」。その姿に一目惚れする女性は数知れず、だが一度も女性とのスキャンダルはない。
そして、今お仕えしているアイリス様の幼馴染であったと聞いた時は、とても驚いた。
「…ご無沙汰しております。ーーリアム様」
すると、彼は「名前を知っていたんだね」とくすくす笑って、かと思えば急に真剣な顔になる。
「突然だが、君に協力してほしい」
「はい…?どのような」
「…近々、アイリスのーー失礼、ラグリー侯爵夫人のご両親が侯爵邸にいらっしゃるだろう。僕もそこに行くつもりだ。そして、君にはそのサポートをお願いしたい」
リアム様がおっしゃっていることは正しく、昨日アイリス様のもとにお伺いのお手紙が届いた。
「サポート…ですか」
「うん。まあ、予想してるだろうけど、ご両親は全てを知っているんだ。ーーだけど、足りない」
なんとなく、わかっていた。
両親が急に来ることは、娘の顔を見に来るだけではないだろう、とは。
「そこで、君にはーーラグリー侯爵について調べてほしい」
「!」
彼は、どんなことを求めている?
旦那様の不貞?それとも仕事?もしくは、誰にも言えていない秘密とか…?
ーーいや、全てだろう。
「呼び出す時期が遅くなってすまない。もちろん他の使用人と協力してもらって構わない。ただし、ラグリー侯爵にだけはバレないように」
リアム様は頭を下げ、それから真剣に私を見つめた。
「御意」
本来ならば、使用人は、仕える主人以外の指示・命令など、聞いてはならないはずだ。だけど、私は我慢の限界だった。
幼い頃より婚約者に決定したアイリス様。だけど、その夫となるルイス様はティアナという愛人を囲み、婚約者を無視した。
それもあって、結婚式にアイリス様は倒れてしまった。
アイリス様は、なんとか振り向いてもらおうと健気だったというのにーー。
そして、何度も妻を裏切り、彼女をだんだん悲しませていく。追い詰めていく。
そんな旦那様に、手加減などしたくないというのは、私やリアム様だけでなく、ラグリー侯爵邸の使用人であればほとんどだろう。
「…ですが」
私は、考えた。
辛いお立場にあったにも関わらず優しくしてもらった使用人一同の気持ちはわかるが、幼馴染であるリアム様がここまでする理由は?
「なぜ、リアム様は、アイリス様をお助けになろうと?」
すると、彼は少し頬を赤らめた。
「…彼女には言わないでほしいんだけど……好き、だから」
ああーー恋、なのか。
「正体不明の美男子」な彼でも、やはり恋をしている。
「わかりました」
こくんと頷く。
「それでしたら」
帰り際、私は彼に背を向けながら言った。
「少なくとも私の前では、「アイリス」で結構ですよ」
誰でも、好きな人を名前で呼びたいと思うのは当然だものね。
◇
「アーク。あなたは、何か知っていますか?」
「秘密…?いえ、知りません」
アークですら、知らないなんてーー。
あの後、私は侯爵邸に戻り、使用人たちに話を聞いて情報収集をしている。
その中には、旦那様と他の女性の逢瀬を目撃したという人も多くおり、我が主人ながら呆れた。
アークは仕事内容について説明してくれたが、特にやましいこともない。
問題は、「秘密」。
もしかしたら、本当にないのかもしれないけれどーー人間として、それはどうなのと聞きたくもなる。
人間誰しも、秘密の一つや二つくらいは持っているだろうに。
だからこそ、アークにですら、隠しているのかもしれないが。
「アーク以外に、旦那様が信頼できそうな方がいないわ……」
あと、頼みの綱なのは。
私は庭園へ向かった。
よくアイリス様が薔薇を眺めてはどこか物憂げな、でも癒されるようなよくわからない表情をなさっている。
「…こんにちは、ティアナさん?少しお話願えるかしら」
そういえば、リアム様が、アイリス様のお好きな花はシャクヤクなのに、庭園に薔薇が多く植えてあるというのに気づいて、怒りを露わにしていた気がする。
もっとも、アイリス様は気づいていらっしゃらなかったが。
「はい…レナさん」
ティアナは、いつもここにいる。
決して使用人の仕事をサボっているとかじゃなくて、隙間時間によく来るのだ。
「…薔薇が、好きなの?」
「はい。それに、ここはーールイス…様が植えてくださったんです」
「旦那様が?」
「はい。私の好きな花が薔薇だと知った途端植えるなど言い出して……。今となってはもう過去のことですけど、ここに来て思い出しているのです」
なるほど。
だから、リアム様は、いち早く気づいたのねーー。
勘が鋭いことに、感心する。
「…そう。それで、聞きたいことがあるの」
「はい…?」
「旦那様の弱み・秘密。何か、知っていることはある?」
その瞬間、ティアナは顔を真っ青にした。
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