第14話 幼馴染③
「…私には、秘密ーーというよりも、情報を持っているんです」
「情報?」
「はい。そしてそれを、ルイス様が欲しがっていました……」
どんな情報なのかと、ティアナに聞きたかったが、彼女は知られたくないかのような表情をしたため、私は口を閉じる。
「ようは、弱みを握られた、ということ?」
「…少し違います。私の情報は、ルイス様にとってとても利のあるものでした。そして、それを教えることで、ルイス様は引き換えに私を「愛人」にしてくださっていたのです」
つまり、取引。
「…ですが、提供できるものが底をつきました」
彼女は「愛人」の座を降ろされた。
あのとき、彼女が「私はもう必要ないそうです」と悲しそうに言ったのは、これが原因なのかもしれない。
そこで、私ははっと気づく。
「…なら、ティアナさんはそういう理由でルイス様の愛人だったわけだけど……今のルイス様が他の女性と懇意になさっているのは、同じ理由?ーーではないわよね、きっと……」
ルイス様とティアナが、私の目の前であんなに仲睦まじく振る舞っていたのが嘘だったとしても、今のとは違うだろう。
だって、夫は、私の前では一切そんな姿を見せないのだから。
「…実は、ルイス様にも秘密があるのです」
「え…そうなの?」
「はい。そのため、他の女性と懇意に……」
◇
「こんにちは、お招きいただきありがとう。お久しぶりね、リアム君」
「ああ。こんなに成長して」
今日招待したのは、ミラージュ伯爵、及び伯爵夫人だ。
ーーつまり、アイリスの両親。
幼い頃から両親同士が仲が良く、そのため僕も実の子のようにこの夫妻から可愛がっていただいた。
だから、私の両親が帰らぬ人となった時には、僕と同じくらい、いやそれ以上に泣いてくれた。
彼らも、私の本当の身分は知らないが。
「今日は、おいでいただきありがとうございます」
「まあまあ、そんなにかしこまらないで。昔からの仲でしょう?」
ふふ、と笑う夫人は、アイリスによく似ている。
流石親子だ。
「リアム君。今日は、いきなりどうしたんだい?」
温厚なこの伯爵は、社交界でも顔が広いことで有名だが、中立派を保っている。
ある意味、凄腕の持ち主だ。
「はい……暗い話になります。覚悟してお聞きください」
二人は、ごくりと唾を呑む。
「…アイリスに関することです…。お二人は、アイリスは今幸せだと思いますか?」
それにいち早く勘付いたのは夫人の方だった。
「ま、まさか、アリーに何かっ……!?」
そして、伯爵も反応する。
「…リアム君、君はーー何か、知っているのか?」
この二人は、娘を溺愛している。
そして、それは、ずっと昔から。ーーだから、愛娘のことが気になっていたに違いない。
そして、そこを突いたような、急な僕の発言。
二人が動揺するのも無理はない。
「…あなた方の愛娘、アイリスが嫁いだところは、地獄です」
そう、誰よりもーー彼女にとって。
◇
「よかったのですか」
「…ああ」
ルカが不安そうに尋ねる。
僕は、間違ったことはしていない、と思う。正体が知られていない今、僕は動くことが容易でないし、何よりも協力者が必要だ。
アイリスは、両親を信頼している。
だからこそ、僕は彼らに任せた。
「…それにしても、最後の方はお二人とも顔が真っ青でしたね」
僕は、全てを聞かせた。
おそらく彼らは、侯爵邸へ行く。身分ではアイリスの夫の方が上だが、伯爵には逆らえないだろう。彼は、当初様々な事業を伯爵に手伝ってもらいながら成功させたというから。
百聞は一見にしかず、聞くのと見るのではまた違うだろう。
より信憑性が高まるはずだ。
「あ、そうだ、ルカ。新しい仕事」
「はい、なんでしょう」
「…アイリスが頼りにしている使用人を連れて来い。ーーうん、そうだな、僕が侯爵邸を訪ねた日にアイリスの側にいた侍女。彼女とは親しそうだった」
「御意」
どんな手でも使う。
それは、僕を犠牲にしたとしても。
◇
ティアナも戻り、私は寝る前の読書の時間。
そんな時、レナが一通の手紙を差し出してきた。
「アイリス様、お手紙ですよ」
「あら…誰から?」
「アイリス様のご両親からです」
ぱあ、と顔を輝かせる。
両親とは長らく連絡をとっていなかった。彼らを心配させたくないとも思っていた。
私はぱら、と封筒をめくる。
『来週、侯爵邸を訪ねたい。当主にも会いたいから、話を通しておいてくれーー』
嬉しくて、舞い上がりそうだった。
それは顔にも出ていたらしく、レナはにこやかに見守っている。
私はすぐにレナにこのことを告げ、準備を始めることを意気込んだ。
「それにしても、急になぜかしら?」
ふと、思う。
お母様かもしくはお父様のお誕生日?いいえ、違うわ。
私……でもない。
ルイス様は、確かまだ先。
「最近、記念日みたいなのはあったかしら……?」
そこで、あっと思い出す。
なぜ、忘れていたのだろう。
初恋の、大好きな人に嫁げたということを、喜んで、そして心を捨てたーーあの日から。
まもなく二年が経とうとしていた。
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