第13話 幼馴染②
◇
「…ハーブティーです。体が温まりますよ」
「ありがとう、ございます……」
私は、リアムの家に連れてきてもらえた。
応接間に通されて、侍女がハーブティーを出してくれた。
「あの、リアムは…」
「もうすぐ来ると思いますよ」
にこにこと話す彼女に、少し安心する。
だけど、蘇る。
ルイス様が、他の女性に愛を囁いていたこと。反省したと嘘をつき、私を裏切ったこと。そして、彼は私を「どうでもいい」と何度も言ったことーー。
私は、どうするべき?
「…大丈夫か」
リアムが部屋に入ってくる。
「…うん。ありがとう、もう大丈夫」
「そうか……」
リアムにしては珍しく、顔に明るさがない。
「…だから、帰るーー」
「帰って、何をするつもり?」
私の言葉に被せて、彼は冷たく言い放った。
「な、なにって……」
「また、苦しんで、泣いてーーその繰り返し。嫌だと思ったことはないの?出て行きたいとは、思わなかったの?」
「嫌……?出て、いく……?」
そんなことは、思いもしなかった。
確かに辛くて苦しくて、嫌だって思うことはあったかもしれない。けれど、出ていくというのについては、きっと一度も考えなかった。
だって、好きな人のそばに居たいと思うのは、当然でしょう?
「…出ていくなんて、そんなこと」
「じゃあ、どうするの?」
「え?」
どうする、なんて言われても。
きっと、私はーー。
心を、捨てることになる。
そう思った途端、自分の案がやはり正しいのだと思えてきた。
想う心を捨てて、いつものように見て見ぬふりして、そうやって過ごせば、きっと私はこれからも、生きていけるだろうから。
「…私は、心を捨てることにするわ」
その瞬間、リアムが勢いよく立ち上がった。
「な、な……なに、言ってるの…?アイリスは……」
信じられないという顔をした後、すぐに悔しそうにした。
「そしたら、アイリスは、いつ幸せになるんだ」
「え」
幸せ?
そんなこと、考えたことなんてない。
「幸せ、…なんて、そんなの、幼い頃からいっぱい…」
両親は、世間体よりも私を優先して愛してくれた。
だからこそ、中立派でありながら頑張って嫁ぎ先を見つけてくれたし、結婚式の準備の時だって私のために一生懸命考えてくれた。彼らは私を「幸せ」にしようとしてくれた。
それが、私の中で、幸せに値する。
「アイリスは…幸せにならなくても、いいの?」
「幸せ?そんなの、わからないわ」
両親からもらった「幸せ」とどう違うのか。
リアムが何を言っているのか。
何も、わからなくなってしまった。
「とりあえず、私は帰るわ…頭が、混乱して落ち着かないの」
このままここにいれば、リアムは、私にとって深く突き刺さるような言葉を沢山発してくる。
それは、悪口とかそういうのではなく、私が見て見ぬふりしてきた、逃げてきた数々のことを、きちんと言ってくる。
それが、私には、とても耐えられない。
◇
「っ……」
アイリスが帰った後、僕は自らの拳をぎゅっと握りしめた。
アイリスは、「心を捨てる」と言った。
それは、僕が予想していたものとぴったり当てはまる。
「リアム?」
応接間に、ただ一人立ったままの僕に、ルカが話しかけてきた。
「アイリスさん、帰っちゃったのか」
誰もいなくなったソファと、その向かい側にたった僕を交互に見つめながら彼は言った。
「…なきゃ」
「え?」
「動き出さなきゃ」
アイリスは、幸せになれない。
そんなの、嫌だ。ーー僕は、幼馴染として、彼女を一番知っている者として、そして彼女を大好きな者として、それを阻止する。
「…ルカ。紙とペンを用意して」
「えっ…は、はい!」
まずは、アイリスをあの場から救い出すことが目的だ。
◇
「お帰りなさいませ、アイリス様ぁ〜!」
帰った途端、レナが飛びついてくる。
「び、びっくりしました…アイリス様が、家を飛び出したと聞いて」
「心配かけてごめんなさい…みんなも」
その場には、レナだけでなく多くの使用人が集まっていた。
「よかったです、アイリス様」
「心配しました…!」
この人たちは、優しい。
きっとルイス様に愛を囁かれているものもいるだろう。だけど、それを拒んだ人だっている。
それはひとえに、私のためだけに。
部屋に帰り、湯船に浸かる。
レナは相変わらずお喋りだが、それを不快に感じさせない。
そして彼女は、私の家出について何も聞いてこなかった。
「そういえば」
思い出したようにレナは言った。
「ティアナさんが訪ねてくると言っていました」
「こんばんは、ティアナさん」
「…失礼、します」
彼女は、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
「あの…この前の、話の続きを」
そっと顔を上げた彼女ににっこり微笑む。
「どうぞ始めて」
彼女は、少しの沈黙のあと、口を開いて話し始めた。
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