第13話 幼馴染②


「…ハーブティーです。体が温まりますよ」

「ありがとう、ございます……」


私は、リアムの家に連れてきてもらえた。

応接間に通されて、侍女がハーブティーを出してくれた。


「あの、リアムは…」

「もうすぐ来ると思いますよ」


にこにこと話す彼女に、少し安心する。

だけど、蘇る。


ルイス様が、他の女性に愛を囁いていたこと。反省したと嘘をつき、私を裏切ったこと。そして、彼は私を「どうでもいい」と何度も言ったことーー。


私は、どうするべき?


「…大丈夫か」


リアムが部屋に入ってくる。


「…うん。ありがとう、もう大丈夫」

「そうか……」


リアムにしては珍しく、顔に明るさがない。


「…だから、帰るーー」

「帰って、何をするつもり?」


私の言葉に被せて、彼は冷たく言い放った。


「な、なにって……」

「また、苦しんで、泣いてーーその繰り返し。嫌だと思ったことはないの?出て行きたいとは、思わなかったの?」

「嫌……?出て、いく……?」


そんなことは、思いもしなかった。

確かに辛くて苦しくて、嫌だって思うことはあったかもしれない。けれど、出ていくというのについては、きっと一度も考えなかった。


だって、好きな人のそばに居たいと思うのは、当然でしょう?


「…出ていくなんて、そんなこと」

「じゃあ、どうするの?」

「え?」


どうする、なんて言われても。

きっと、私はーー。


心を、捨てることになる。


そう思った途端、自分の案がやはり正しいのだと思えてきた。

想う心を捨てて、いつものように見て見ぬふりして、そうやって過ごせば、きっと私はこれからも、生きていけるだろうから。


「…私は、心を捨てることにするわ」


その瞬間、リアムが勢いよく立ち上がった。


「な、な……なに、言ってるの…?アイリスは……」


信じられないという顔をした後、すぐに悔しそうにした。


「そしたら、アイリスは、いつ幸せになるんだ」

「え」


幸せ?

そんなこと、考えたことなんてない。


「幸せ、…なんて、そんなの、幼い頃からいっぱい…」


両親は、世間体よりも私を優先して愛してくれた。

だからこそ、中立派でありながら頑張って嫁ぎ先を見つけてくれたし、結婚式の準備の時だって私のために一生懸命考えてくれた。彼らは私を「幸せ」にしようとしてくれた。


それが、私の中で、幸せに値する。


「アイリスは…幸せにならなくても、いいの?」

「幸せ?そんなの、わからないわ」


両親からもらった「幸せ」とどう違うのか。

リアムが何を言っているのか。


何も、わからなくなってしまった。


「とりあえず、私は帰るわ…頭が、混乱して落ち着かないの」


このままここにいれば、リアムは、私にとって深く突き刺さるような言葉を沢山発してくる。

それは、悪口とかそういうのではなく、私が見て見ぬふりしてきた、逃げてきた数々のことを、きちんと言ってくる。


それが、私には、とても耐えられない。



「っ……」


アイリスが帰った後、僕は自らの拳をぎゅっと握りしめた。

アイリスは、「心を捨てる」と言った。


それは、僕が予想していたものとぴったり当てはまる。


「リアム?」


応接間に、ただ一人立ったままの僕に、ルカが話しかけてきた。


「アイリスさん、帰っちゃったのか」


誰もいなくなったソファと、その向かい側にたった僕を交互に見つめながら彼は言った。


「…なきゃ」

「え?」

「動き出さなきゃ」


アイリスは、幸せになれない。

そんなの、嫌だ。ーー僕は、幼馴染として、彼女を一番知っている者として、そして彼女を大好きな者として、それを阻止する。


「…ルカ。紙とペンを用意して」

「えっ…は、はい!」


まずは、アイリスをあの場から救い出すことが目的だ。



「お帰りなさいませ、アイリス様ぁ〜!」


帰った途端、レナが飛びついてくる。


「び、びっくりしました…アイリス様が、家を飛び出したと聞いて」

「心配かけてごめんなさい…みんなも」


その場には、レナだけでなく多くの使用人が集まっていた。


「よかったです、アイリス様」

「心配しました…!」


この人たちは、優しい。


きっとルイス様に愛を囁かれているものもいるだろう。だけど、それを拒んだ人だっている。

それはひとえに、私のためだけに。


部屋に帰り、湯船に浸かる。


レナは相変わらずお喋りだが、それを不快に感じさせない。

そして彼女は、私の家出について何も聞いてこなかった。


「そういえば」


思い出したようにレナは言った。


「ティアナさんが訪ねてくると言っていました」



「こんばんは、ティアナさん」

「…失礼、します」


彼女は、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。


「あの…この前の、話の続きを」


そっと顔を上げた彼女ににっこり微笑む。


「どうぞ始めて」


彼女は、少しの沈黙のあと、口を開いて話し始めた。

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