第12話 幼馴染①


「…お呼びでしょうか、ルイス様」

「ああ、疲労で倒れたと聞いたんだが…」


あなたのその心配するような表情には、どういう意味が込められているのだろう?

もしかしたら、その心の内では、私を嘲っているかもしれない。


そして、この質問には、なんと答えるべきなのだろう。

「はい」か「いいえ」か。あるいは、「ありがとう」か。いつもならありがとうと言うだろうけれど、もう私は、我慢の限界だった。


「…いいえ」

「…は?」

「私は、疲労で倒れたのではありません」

「なら、どうして?誰がそんなことを!?」


ああーーよく言えたわね、その口で。

私を傷つけてきたのも、裏切ってきたのも、全てーー。


「…あなたです」

「は?」

「私は、あなたに裏切られてきた。ルイス様、あなたは私に反省したとおっしゃいましたわね?それなのに、そんなことも忘れたのですか?」

「…どういう…」

「ルイス様は、未だ多くの女性と懇意になさっているようで」

「っ……!」


真実だろうか、図星だと言わんばかりに彼は黙り込んだ。

そしてその認めたような態度が、余計に私を傷つける。


「…何か、言ってください」


促すように、責めるように、夫を見る。

それが、今私ができる精一杯のことだった。


彼はそれまで俯いていた顔を上げ、私を見据えた。


「っ…ああ、そうだ!だからなんだ!?」

「えっ…」

「お前は、本当に、面倒な女だな!ちょっと大人しいからって放っておけば、いつのまにか調子に乗りやがって……!」


逆ギレした夫は、ティーカップを私に投げつけた。

ふいに耳をかすり、私の背後にあるドアへと突き当たった。


そして私は、というと、耳のかすり傷の痛みよりも心の痛みを感じていた。

ルイス様が放ったその言葉の意味を、理解しようとしながらーー。


「おとな、し、い…?」


すると、はっと彼は口を抑えた。


「いいから出て行け!お前は、もう二度とここに来るな」

「なぜ、やはり…騙していたのですね!?」

「うるさい、うるさい…!言っただろう、お前こそ忘れたのか!?私はーー僕は、んだと」


どくん、どくん。

だんだん大きくなる鼓動を無理矢理聞かないようにしながら、私は走った。

走って、走ってーーどれほど走っただろう。


気づけば、屋敷を出ていた。


「う、うぅ、ふぅ……」


涙が溢れて、止まらない。

「お前なんかどうでもいい」ーー何度も聞いたその言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。消えないーー。


「…アイリス?」


ふいに声がして、その方を見ると、リアムが立っていた。


「あ、リア、ム………」


彼は私の顔を見た途端、駆け寄り思い切り私を抱きしめた。


「…泣くな、アイリス。大丈夫、大丈夫だからーー」


久しぶりに聞いた優しいその言葉が、冷めた私の心を溶かしていく。

そう、いつも、この幼馴染は、欲しかった言葉をくれるのだ。


なんとか正気に戻った私は、全てを打ち明けることにした。



「で、抱きしめたわけですかぁ〜。やるなぁ、リアムってば」

「う…うるさい。今は、そういう話じゃない」


リアムの書斎にて。

僕の側近のルカがひゅーと口を鳴らす。彼とはこれでも幼い頃からの付き合いで、彼はよくタメ口で話してくるのだ。


そして今、話している内容は、今日街中で会った、大切な人、アイリスのこと。


「それにしても、不憫っすよね〜。どれだけ愛しても夫は浮気性で」

「…浮気性とは言ってない」

「まあまあ、そこは置いといて〜。で、そのアイリスさんは今後どうするの?」


それについては、彼女は何も語ってこなかった。

昔から、そういう性格だ。


彼女自身は気づいていないが、昔から人のことばかり気遣う。なんでも「人のおかげ」にし、自分は一切何もしていないかのように振る舞っている。

アイリスは小さい頃もあまり泣かない子でーーだからこそ、余計に今日も僕の心臓がどくんと鼓動を打ったのだろう。


元から可愛らしい子だった。

それが成長するにつれ、美しい淑女になった。


その綺麗な顔が、涙を流すほどに苦しんでいると知れば、それは僕にはとても耐えられない。


だってーー昔から、ずっとずっと、好きだから。


悲しいことに、その想いは届いたことはない。

だからこそ、簡単にアイリスは他の男のものになってしまった。

好きなら、いい。

アイリスを大切にしてくれるなら、幸せにしてくれるなら、それでいい。


なのに、その夫ときたら、浮気はするわ妻に嘘はつくわで最低な男だった。


「…なんで、あんなやつが」


あんなやつが何の努力もせずアイリスを手に入れているのか。

思わず僕は舌打ちする。


そして、そんなやつに懸命に愛を注いでいるアイリスを見ていても、辛いのだ。


「ーー愛をどれくらい注いだって、返ってこなければ心が死んでしまう」


あるいは、「心を捨ててしまう」というところか。


今度は、その分誰かが、彼女を愛するべきだ。

そしてその「誰か」に僕がなれるようにーー。





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