第3話 白い結婚①
ルイス様はすでに、結婚式の日取りを終えていた。
私に知らされず決められていたと知り、どれだけ憤ったかーー彼は、私のことを信頼すらしていないのだ。
「ルイスっ!お庭で散歩しましょ」
「ティアナ…もちろん」
二人が仲睦まじくしているその様子を、
過ぎ去っていく日々の中で、ルイス様は、とうとう話しかけても無視してくるようになった。
好きでも、振り向いてもらえないどころか、話してすらくれない。
私は半分諦めかけていた。
でもまだ、希望はある、なんて思っていたーー。
◇
「お綺麗ですよ、アイリスお嬢様ーーいえ、若奥様」
今日は結婚式の日だ。
流石、名家である上に裕福な侯爵家の晴れ舞台だ。この国の国民であれば誰もが夢見る結婚式場である教会で、式は美しく盛大に行われた。
おめでとうございますと多くの方が祝福の言葉を口にしてくださり、それのおかげで私はなんとか勇気づけられた。
「ではーー誓いのキスを」
それを聞いた途端、どくんと胸が痛んだ。
キス、という言葉を聞いただけでーー愛する婚約者とその愛人が、キスをしているあの場面を何度も思い出してしまったのだ。
「っ…」
「どうした」
一瞬、心配してくれているのかと思い、嬉しくなったがーーすぐにそれは誤解であることを知った。
ルイス様は、はぁ、とため息をつき、いかにも「面倒だ」という表情で、胸を抑える私をただ呆然と見つめていただけだった。
「大丈夫ですか!?」
教会の方々や参列者が集まってきて、私を支えてくれる。
気を失いそうになったそのときーー視界に映ったのは、ティアナとルイスが微笑みあっている様子ーー。
「もう、いや……」
どうせ彼に恋しても、彼は私を見てはくれない。
どうせ彼を想っても、彼が想うのは別の女性。
どうせ彼に嫌われたくないと思っても、彼は私のことに興味はない。
好きだと想っても、嫉妬しても、一人で抱え込んでもーー何にもならないのだと、ようやく理解した。
だって、彼が私に興味がない限り、ずっとこの気持ちを知ることはないのだもの。
私はもう、あなたのことを好きになんてならない。恋も嫉妬も、なにもかも捨ててやるーー。
あなたが私に「お前なんかどうでもいい」と言ったように。
私は絶対に、あなたを想うことはないでしょう。
私はこの時、彼を想う心の全てを捨てることを決めたのだった。
◇
「良かった…アイリス様。目を覚まされたんですね」
見覚えのある天井。
ここはーー侯爵家の自分の部屋だ。この前与えられて、それからまだ数日しか過ごしていない。
私に良かったと言ってくれたのは、専属侍女として私についた、レナ。この数日を見る限り、かなりの働き者であることがわかった。
「…みんなはどうしてる?」
「はい。披露宴にーー」
結婚式に新婦が倒れるなんて、これほど不吉なことはないだろう。
しかし、それでも賑やかに開催しているようだ。
「…ルイス様は、パートナーがいないでしょう…迷惑をかけてしまったわね」
「それが…ティアナ…様を連れて行きました」
「…!」
ああ、だめ。
おさまって、私の思い。決めたでしょう、もう心を捨てるのだとーー。
「…そう」
私も行かなくちゃ。このままだと、不名誉な花嫁として噂になってしまうだろう。
支度をして、私も会場に向かう。
「…アイリス。来たのか」
「はい。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」
彼は何も答えずにふいっと顔を背け、ティアナに、あちらで休んでおいでと言った。それが、一度も見せたいことのない優しい笑顔と声で発した言葉だというのは、すぐにわかる。
挨拶をして回るうち、幾度か女性の視線が痛かった。
それもそうだ、ルイス様は容姿も学業も剣術も、全てが優秀であるからだ。誰もが好きになるというのは当然といえば当然。
もちろん私も例外ではなかったーー先ほどまでは。
「好き」という感情を無理矢理心の奥にしまい込んで、私は彼のことを何も思わないようにした。
顔も綺麗だと思うし、
なぜならば、心を捨てたから。
◇
日が経つにつれ、心を捨てたということもだんだん慣れてきた。
ティアナとルイス様がいちゃいちゃしていたって、「ご自由に」としか思わないようにし、恋心も全て心の箱から出さないようにしていれば、努力すればーー心を捨てるというのは、意外とできるものだった。
初夜はなかった。
ルイス様は、倒れた私を労って、手を出さなかった。まあ、それはただの建前だろうけど。
本当は私に興味がないのだろうと、もうわかっている。
そのくせ毎夜ティアナの部屋にいるのだから、使用人たちは怪しまずにはいられないだろう。
まあ、別に、どうでもいいけど。
ーー最初の方は、それこそ傷ついた。
心を捨てても、どんなに頑張ってもーー恋心はそう簡単には消えないのだ。
だけど、一年もすれば、もう慣れた。
ーーそう、一年。
今日は、結婚記念日。私とルイス様が白い結婚をしてから、ちょうど一年が経とうとしていた。
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