第4話 白い結婚②

この一年で、侯爵家は大きく変わった。

まず、ルイス様のご両親が、引退してルイス様が侯爵の座についたのだ。

さらに、ルイス様はティアナに多くの贈り物をし、しかもティアナが欲しいものをすぐに買ってしまうので、お金がどんどん減っていっているのだ。


それでも、前侯爵たちが多くのお金を残してくれたおかげで、まだまだ有り余ってはいるが。


そして今日は結婚してから一年だ。


「侯爵様。奥様が食堂でお待ちになっていますが…」

「…は?」


アークがルイス様に伝えるが、何を言っているのがわからないという表情で返す。

しかし、ルイス様は、アークに頭が上がらない。アークは、ルイス様が幼い頃から侯爵家の多くを手助けし、富を築き上げた一因と言っても過言ではない。ルイス様の仕事も手伝っていることから、彼はアークに恩しかないのだ。


そのため、ルイス様はまともに反抗できずに私のいる食堂へと連れてこられた。


「…一体なんだ。今更構って欲しいのか?」

「いえ。今日は、結婚記念日でしょう。料理人たちが腕によりをかけて作ってくれたのですから…」

「はぁぁー…」


大きなため息。

ルイス様は、私のことを一瞥してから口を開いた。


「だからなんだ。お前に構っている暇なんてないんだ。勝手に食べていろ」


ーーやっぱり。

別に構って欲しいわけじゃない。想いは全て捨てたし、今更ーーなんて、絶対にありえない。

ただ、「記念日だから」と頑張って作ってくれたみんなのために、私はルイス様と一緒に食べて感謝したかったのに。


「…レナ」

「はい、奥様」

「もう、いつも名前でいいって言ってるでしょう」

「…すみません、慣れなくて…」

「使用人一同、呼んできてくれないかしら」


こんなに沢山作ってくれたのに、私だけ食べて残すなんてもったいない。

どうせなら、みんなで食べた方が何倍も美味しいはずよ。


それから食堂にはぞろぞろと使用人たちがやってきて、皆で賑やかに食べた。



夜。


コンコン、と扉がノックされた。

どうぞ、と返すとドアを開けて立っていたのはティアナだった。


「…こんにちは、ティアナさん。どうなさったのですか?」

「今日、ルイスが部屋に来てくれないんです。まさかアイリス様のところにいるのですか!?」

「…いえ。私のところにはいませんわ。ーー来るはずもないでしょう?」

「あっ…そうでした…ルイスは、ね。お邪魔しましたわ〜」


なんだ、嫌味を言いに来ただけか。

毎日お元気でーールイス様に愛されない想像など、したことがないのでしょうね。

まあ、別にどうでもいいけど。


しかし、その後何日も夜に、ティアナは嫌味を言いに来た。

なんでも、本当にルイスは部屋に通わなくなったらしい。

初めは嫌味のための嘘かと思っていたが、どうやら違ったようだ。


「ねぇ、ルイスぅ〜」

「…なんだ」

「欲しいものがあるのっ!」

「…自由に買え」

「えっ……あっ、ありがと!」


ティアナも困惑している。

だっていつも、「欲しいものがある」と言えば、「一緒に買いに行こう」と受け答えしていたものね?

それが、独りになってさぞかし寂しいでしょうね。


「…アーク。ルイス様は、最近何かあったの?」


別に、何かあったら助けたいとか、そういうのじゃない。

ただの興味本位、だ。


「…いえ…」


アークにしては珍しく、言葉を濁らせた。

問い詰めても相手がアークだと意味がなさそうなので、ひとまずここはやめておく。


それからも、ティアナはだんだん一人になっていったようだ。

一緒にいるところをほとんど見受けられず、そうして半年が経った。



「アイリス様…」


いつもよりも元気のない声で、ティアナはまた夜に私の部屋へきた。

また、嫌味でも言うのだろうか。そんな声で?ーーと苦笑しながら私は何でしょう、とにこやかに返す。


「私は、ここで働くことになりました」

「…へ?」


働く?

ティアナは一応、使用人に「ティアナ様」と呼ばれているような立場で、ルイス様の愛人だ。そんな彼女が、一体どうしたというのだろう。

まさか、彼女が自分から「働きたい」なんて言うはずもない。


「…ルイス様に言われたのですか?」


ティアナは何も言わずにこくんと首を縦に振った。


どうして?

ルイス様は、ティアナを溺愛していたはずだ。


「…私はもう、必要ないそうです」


ティアナは寂しそうだった。

どこかしゅんとしていて、俯き、いつもの晴れやかな顔は見られない。


「必要、ない?」

「はい」


それに、必要ないとは。

逆に、今までティアナを必要とするがあったというのか。


嘘をついているようには見えない。

ルイス様と計画した演技でもなさそうだ。ーールイス様は、人を騙すとか、そういうのを極端に嫌うから。


気持ちに蓋をしているーーというより、彼に対する心を捨てたというのも、見方にとっては「騙す」ようにも見えるのかもしれない。



次の日。

およそ一年ぶりに、ルイス様の書斎をノックした。


「入れ」


ティアナだと思ったのだろうか。あるいは、アークだと思ったのだろうか。

一番予想していなかったであろう私が入ってきたことで、困惑の表情が見られた。


「…なんだ」

「ティアナが、侯爵家ここで働くそうですね」

「ああ。何か悪いか?」

「いえーー二人の仲は冷めきってしまったのかな、と」

「っ、だったらお前に何か関係がーー」


彼ははっとして言うのを止める。

なんでかしらーー私の表情を見たのかしら。


彼は、私が嫉妬してると思ったかもしれない。

そして、チャンスだと乗り込んできたと思ったかもしれない。


だけど、違うのよね。

彼が私によく見せるように、私も冷笑を浮かべて一瞥してやった。

それに、驚いたのかもしれない。


「…っ、小癪こしゃくな…!」

「ふふっ…実は、今日はお願いをしに参ったのです」


お願い…?と首を傾げるルイス様。


「…ティアナさんを、専属侍女にしたいのです」





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私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜 月橋りら @rsummer

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