005

 ――たとえば、そうして広く青々とした大草原に降りしきる雨のように、やがて世界と一つになって共に生き、その世界を描く隠世の作家がいました。


 持っていた筆をおいた彼は、大きく息を吸い、そして吐き出した。

 まだ、何かが足りない気がする、そんな気がしてならないのだ。

 それならば書き続けるしかあるまいと、彼はすっかりインクの黒でそまってしまった手を眺めながら、次はどんなことを綴ろうかと考え始めた。幸いなことに時間はまだある。立ち上がって、カウンターの内側にあるコンロに水の入ったやかんをおき、火にかける。後ろの棚から茶葉の入った瓶とティーポットを取り出し、そこに一杯、二杯……と茶葉を放り込んだ。

 こういうのは、弟の方が得意であったような気がする。

 彼は、自らの不器用さにあきれながら、ティーポットを湯で満たし、傍らに置いてあった砂時計をひっくり返した。

「次は、どんな羊たちの話を書こうかな。どうすればいいと思う?」

 言葉の通じない羊に話しかけても、メェ、という鳴き声が聞こえてくるだけであるのに、寄る辺のない彼はそうせざるを得ないのである。そこには、きっとなんの感情もないのだろうが。


 ――羊たちの愁傷――

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