[枯れない花]

「あぁ、また枯れてしまったわ」


 大切に少しでも長く咲かせるために色々調べ、なるべく長く咲くように努めていたが、やはり寿命はあり、大切に育てていた花は枯れてしまった。


「きっと、またいつものように彼はプレゼントしてくれるのだろうけど……」


 花が枯れてしまうたびに、彼は花をプレゼントしてくれる。私の大好きな花を。でも、大好きな花であり、彼からプレゼントされた花だからこそ、枯れてしまうのがとても嫌だ。


「生花だから仕方ないけれど、枯れるたびに愛が終わっちゃう気がして……」


 私が好きなブルースターは、花屋では切り花が1年中手に入る花である。しかし、切り花である以上枯れてしまう。


 いっそのこと、切り花じゃないものをプレゼントしようと言われたけど、花の世話がそれほど得意じゃないので断った。


「申し訳ないけど、またお願いしよう……」


 いつも通り彼は嫌な顔をせずに、私のために花屋でブルースターを買ってきてくれるだろう。毎回素敵なブーケにして、わざわざプレゼントしてくれるのだ。



 私は元々、ブルースターが好きな花ではなかった。何度目かのデートで、プロポーズの指輪とともに渡されたのがブルースターの花束だった。


 初めは、何故ブルースターの花束なのだろうと思った。プロポーズでもらう花といえば、赤いバラの花束を思い浮かべたから。


 気になって彼に聞いてみると、顔を真っ赤に染めて答えてくれた。彼の答えを聞いた私も、きっと同じ顔色になっていただろう。


「ブルースターの花言葉は[幸福な愛]、[信じあう心]で、和名は瑠璃唐綿(ルリトウワタ)」


 幸福な愛と信じあう心の花言葉を持っているからこそ、枯れてしまうと幸福な愛も信じあう心も失ってしまうのではないかと恐れていた。


 単なる花言葉であることは分かっているし、そんな事にはならないという確信もある。彼は私をとても大切にしてくれているから。


 だからこそ、あの時花言葉を聞かなければ良かったとは思わない。聞いたとき、どれほど嬉しかったことか!


 無理だと思うがまた気にしないように、彼が帰ってきたら花屋でブルースターを買うのをお願いしよう。


「やっぱり今、お願いしちゃおうかしら?」


 今日は土曜日。彼もお休みだけど、出かける用事があるみたいで午前中のうちに家を出て行った。


 今はもう午後になっている。お昼はとうに過ぎている。そろそろ帰ってくる頃かな?


「ただいま!」


「!?」


 びっくりした。噂をすれば何とやらかしら?


「お帰りなさい、思ったより遅かったわね?」


「ごめんね、思ったよりも用事に時間がかかっちゃったんだ」


 苦笑いで彼が言う。何だか疲れていそうで申し訳ないが、早く欲しいので頼むことにした。


「ごめんね、疲れてるところに申し訳ないのだけど、ブルースターがまた枯れてしまったの。いつも悪いのだけど、また買ってきてくれる?」


 私はこの時、彼がいつも通り「いいよ」と言ってくれると思った。しかし彼の返事は……。


「それなら、もう花屋で買うことはないよ!」


 買うことはない? ブルースターを? プロポーズのときに贈ってくれた、あの花を?


「ど、どうした! 何があった?!」


 彼が慌てて私の顔を覗き込む。私はショックのあまり、涙がぼろぼろと溢れている状態だ。


「ひっく、ぐす。だって! ブルースターをもう買わないって、私の大好きで大切な花。もう買ってくれないの?」


 やっぱり毎回買うのは嫌だったのかもしれない。もしかして、私、彼に愛想を尽かされちゃった……?


 不安で不安で、さらに涙が溢れてくる。用事って浮気ではないよね? 違うよね? 彼に念のため確認しようと声をかけようとしたら、ぎゅっと彼に抱きしめられた。


「ごめんね、泣かないで。誤解をさせちゃったみたいだね」


「誤解?」


「そう、誤解だよ。あくまで花屋では今のところ買うことはないかなってだけだから。君が欲しいなら、いつも通り贈るよ。だけど……」


 そう言うと彼はガサゴソと持って帰ってきた荷物を開けた。


「はい! これ、君にプレゼント!」


「えっ? ブルースター?」


 いつも貰っているブルースターの花束? 花屋で買わないって言っていたけど、他のところで買うということ?


 思わず頭の中が?マークでいっぱいになる。どういうこと? 彼の顔を見ると、いたずらっ子のような表情をしていた。


「渡(わたり)さん!」


「何でしょう、渡さん?」


 お互いに苗字で何故か呼び合う。いや、彼が呼ぶからつい私も言ってしまっただけだが。夫婦別姓にしていないので、同じ苗字なのだ。


「このブルースター、何と!」


「何と?」


「枯れません!」


「はあっ?」


「酷い、その顔は信じていないね?!」


 いや、だって、枯れないとか悲しい嘘をつくから!


「アーティフィシャルフラワー!」


「え?」


「この花は造花のアーティフィシャルフラワーっていって、僕が今日作ってきたんだ。本物ではないけれど、本物らしいだろう? 頑張って納得できるまで作り込んでいたら、思った以上に時間がかかっちゃった」


 造花? こんなに本物っぽいのに?


「あ、確かに匂いがしない! こんなに本物っぽいのに!」


「ふっふっふ、これがアーティフィシャルフラワーっていうものだよ! 本物よりも本物らしく、そして造花であるから枯れることはない!」


「枯れない?」


 大切なブルースターが、枯れない?


「ブルースターの切り花が枯れるたびに、暗い顔をしていただろう? 花言葉を気にして」


 図星を突かれて、思わず彼の顔を見る。彼は穏やかな眼差しで、愛しそうに私を見ていた。


「アーティフィシャルフラワーは造花。君には枯れることのない幸福な愛と信じあう心を。これからも、ずっと僕のことを好きでいてくれますか?」


 彼が、あの日のように花束を渡してくる。私の答えはもちろん決まっている!


「当たり前よ! この枯れないブルースターの花束に誓って!」


 嬉しさのあまり抱きついて頬にキスをする。恥ずかしくて照れてしまって、お互いにまたあの日のような顔になった。


 私の大好きな花であるブルースター。和名は瑠璃唐綿(ルリトウワタ)。そして私の夫の名前は渡 冬流(わたり とうる)である。そう、和名を並べ替えたら彼の名前になるのだ。


 花言葉も含めてこそ、私が大好きになった花である。

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