[喫茶店]

 カラン、カランッ!


「いらっしゃいませ」


 心地よいドアベルと落ち着いた店員の声に迎えられ、店内に入る。


 ここは最近見つけたお気に入りの喫茶店だ。朝、ギュウギュウの満員電車に乗りたくなくて、数時間も前に着く比較的空いている電車で会社の最寄りの駅に着いたとき、幸運にもこの喫茶店を見つけた。


 さっそくメニューを見て、呼び出しボタンを押して店員に頼む。




 運が良ければ座れる電車で早めに来ているので、電車の遅延に巻き込まれることもない。しかし当然のことながらとても早い時間に着いているので、どこか休める場所がないか探し始めたのがこの喫茶店と出会うきっかけである。


 朝早い時間帯では開いているのはコンビニや24時間営業のファストフード店くらいだろう。初めはファストフード店で時間を潰そうかと思ったが、店内の放送がうるさく感じてすぐに店を後にした。


 店にいた時間は短かったが、まだまだ出社の時間まで余裕がありすぎる。携帯で現在地を確認してみてもやはりコンビニとファストフード店しか開いていないようだ。


 仕方がない。朝も早く、天気も良くて散歩日和だ。軽く周囲を散策しながら歩いてみるのも良いだろう。日頃のデスクワークであまり歩いていなかったし。


 そう思いながら軽くフラフラと歩き始めると、人気のない路地裏で前を歩いていた人がこの喫茶店に入っていくのを見かけた。始めは朝早いので従業員かと思ったが看板を見てみると[営業中]と書かれていた。お店の営業時間も朝の6時から夜の8時までと明記されている。


 いつも左手に付けている腕時計を見ると、午前6時半過ぎ。営業中である。外から見える店内は落ち着いた雰囲気で好感が持てたので、ものは試しと初めて入店してみた。


 店内は落ち着いた木材の色合い、深い茶色で全体の雰囲気が統一されていた。所々に観葉植物や花が飾られており、思った以上にオシャレで落ち着くお店だった。


「いらっしゃいませ。おひとりですか?」


「はい、そうです」


「お好きな場所へどうぞ。メニューは席にあります。ご注文が決まりましたら席にある呼び出しボタンでお呼びください」


 呼び出しボタンとは、直接店員を呼ぶわけではないのか? 喫茶店では珍しい。でも、私にとっては嬉しいことだ。店員に声をかけても気づかれないのは悲しいから。


 さっそく、空いていてゆっくりできそうな場所に座る。隅の方で観葉植物の緑に心が癒される。すると、今まで感じていなかった少しの疲労がやってきた。本当にこの喫茶店を見つけたのは、なかなかの幸運だった!


 メニューを見てみる。朝食を食べていないので、何かあれば良いのだが……。できれば、ここで時間を潰したいから、軽く食べられるものがあれば助かる。


 お、朝食にぴったりなモーニングセットがある! しかも美味しそうだ、これにしよう!


 席についている呼び出しボタンを押す。すると最初に対応してくれた店員さんがやってきた。


「ご注文ですか?」


「はい」


「それではご注文をどうぞ」


「この[ゆで卵付きモーニングセット、コーヒー]をお願いします。ゆで卵は塩でお願いします」


「[ゆで卵付きモーニングセット、コーヒー]のゆで卵塩で、ですね。他にご注文はございますか?」


「大丈夫です」


 店員がお辞儀をして引き下がる。今さっき注文したばかりだが、早く来ないかな? そわそわと落ち着かない気分になったので、店内の様子でも見ていよう。


 開店してから30分ほどだが、ちらほらと客の姿が見える。私が言えることではないが、随分と早くに来ているな。少なくとも私より先に入った客がいることからこの店の常連さんかもしれない。


 私とは違うモーニングセットを頼んだ客もいる。あれも美味しそうだな。


「お待たせいたしました。ご注文の[ゆで卵付きモーニングセット、コーヒー]です。この小皿にあるのが塩です。ごゆっくりどうぞ」


 店内を観察していたら、注文した朝食が届いた。早い! これこれ、写真で見るより美味しそう! お腹はぺこぺこ! 早く食べよう。


 私が注文したのは、野菜がたくさん入ったサンドイッチひとつと、目玉焼きとハムのサンドイッチ、そして飲み物のコーヒーとゆで卵が付いたモーニングセットだ。


 ゆで卵はミニパンケーキとどちらかを選べ、コーヒーはハーブティーからも選べた。


 パンはサンドイッチで食べられるから、ゆで卵を選んだ。でも、ミニパンケーキも美味しそうだった! メニューの写真で載っていたミニパンケーキは、パンの上に乗ったバターがその美味しさを引き立てていた。食べてはいないけれど、美味しいに違いない!


 コーヒーは朝早く起きたので、目覚ましになると思って頼んだ。ハーブティーも美味しそうだった。なんだか落ち着いていて体に良さそうだと感じた。


 考えながらも手と口は動き、朝食を食べ進める。間にコーヒーも飲んで。うん、美味しくて幸せだなぁ。


 決めた。私、ここの常連になろう! 落ち着いて休めるし、料理は美味しいし最高だな! お店の休みの日も確認しておかないと。大事なことだ。


「お客様」


 この店の常連になる決意を固めていたら、声をかけられた。もしかして、自分の考えが声に出ていた? だとしたら恥ずかしすぎるんだけど。


「お客様、お伝えするのを忘れてしまい申し訳ありません。飲み物は1回だけおかわりが無料になります。セット内容にあったコーヒーとハーブティーのどちらかをお選びいただけます」


「おかわりでハーブティーをください」


 店員の説明が終わるとすぐに注文した。無料というのはいいな!




 この日から、私はこの店の常連客になったのは言うまでもない。

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