第42話
何度も交わり、ジークもキルクトーヤも精根尽き果てた。
肋骨を上下させて空気を吸いながら、キルクトーヤはジークと結ばれたことを噛み締めた。
二人が衣服を整えると、窓の外から「にゃあ」という声が聞こえた。見ると、白猫が窓の向こうに白猫がいた。キルクトーヤは窓辺に駆け寄り、窓を開けて白猫を招き入れる。
白猫は音もなく床に着地し、キルクトーヤを見上げて尋ねた。
「試練の課題はわかったかい?」
キルクトーヤは頷く。白猫が課した試練。それは迷いの森でも飛行魔術の習得でもない。
「過去の克服でしょう? 僕、もう何も怖くないよ」
白猫は目を細める。
「そのようだね。――合格だよ」
その言葉を聞いて、キルクトーヤは胸を抑える。苦しみ、努力し続けた三年間が脳裏によみがえる。
白猫は続けた。
「銀の腕環を私に」
右腕を出す。白猫はその腕環に額を押し当てる。銀は精霊の力に共鳴し、震え、その姿を変える。
「あ……」
腕環は白猫の首元で光る首輪となった。
白猫は言った。
「契約がなった。おめでとう。君は今日から一人前の魔術師だ」
キルクトーヤは信じられない気持ちで口をぱくぱくさせる。しかしどんな喜びの言葉も出ない。どんな言葉もいまの彼の心中を現すには足りないのだ。
白猫は顔をふい、とドアのある方に向けた。
つられて、キルクトーヤとジークもそちらを見る。
白猫は呆れた声で「さて、余韻に浸るのも結構だが」と切り出す。
「そろそろ部屋から出た方がいい。乳母が部屋に入るに入れず困っていたぞ」
二人は絶句した。
*
カラエルに付き添われて門まで歩いた。もう日は傾いていた。長く伸びた影を踏みながら、キルクトーヤはおずおずと言った。
「えっと、ご迷惑を……」
カラエルは笑顔だ。
「ええ」
「すみません」
「ええ」
ジークも言う。彼もばつが悪そうだ。
「子どもたちには気づかれていないかな?」
カラエルの対応は変わらない。
「ええ」
ジークは観念した。両手をあげる。
「悪かった」
ついにカラエルは噴き出した。
「もう、いいわ。幸せになって頂戴」
馬車に乗り込む。見送るカラエルの姿が見えなくなったとき、ようやく二人は息を吐いた。それが同時だったので、思わず目を見合わせて噴き出す。
ひと通りくすくすと笑い合って、はたと同時に笑いが収まる。
目を合わせて、また唇を合わせる。
二人の世界がはじまる。もう彼らの目には同じ馬車の中で揺られている白猫の存在は映らない。
ちゅ、と軽い水音を立てて何度か唇を合わせたあと、ジークはもどかしそうに言った。
「キルクトーヤ、私は王城に滞在していて、人を招けない」
「うん」
「宿を取らないか」
提案に、キルクトーヤは戸惑う。
「えっと……」
もごもごと何事かを言いながらキルクトーヤは俯く。その耳が赤く染まっている。それが答えである。
白猫は窓の外を見ていないふりをしてやった。
そこからはじまった日々を表現するのなら、退廃的という言葉がふさわしい。
王都の中心にある豪奢な宿で彼らは食べ、飲み、交わり、眠った。目を覚ますとまっさきにお互いの肌のぬくもりを感じる。
キルクトーヤは戸惑いながらも、ジークが与えてくれる愛に溺れていった。
そうした日々は三日ほど続いた。
二人は幸せだった。足りないものはなにもない。
四日目の朝、キルクトーヤが窓の外を見ると、道を覆っていた雪がすっかり溶けていた。
キルクトーヤは叫んだ。
「今日何日……⁉」
そこでようやく、学校の存在を思い出した。
*
キルクトーヤが寮に戻ったのは授業がはじまる前日の夜だった。
そのときにはもう見習いたちは寮に揃っていた。
キルクトーヤたち見習い三年目は新しい年となって見習い四年目となる。
ネルケは門限ぎりぎりに戻って来たキルクトーヤを見咎めると、両手を腰にあてて詰問した。
「どこに行ってたんだよ! 心配しただろ!」
「ご、ごめん」
キルクトーヤは両手を合わせる。目ざといネルケはその腕に銀の輝きがないことに気が付く。
「腕環……」
キルクトーヤは誇らしげに言った。
「僕、試練に合格したんだ」
「え⁉ うそ⁉ おめでとう!」
ネルケは飛び上がって喜んだ。そんな彼の右腕に銀の腕環が輝いている。彼もまた、卒業の日が近い。
キルクトーヤの報告は、あっという間に学校中に駆け巡った。
翌朝、レーアムト老師はキルクトーヤの卒業を認めた。
「ご苦労であったな」
師はそう言って弟子をねぎらう。
「それで? 卒業後はどうしたい?」
一人前の魔術師となった者の進路は大きく二つ。ひとつは魔術協会に所属し、各領地に派遣されて仕事をこなす。そしてもうひとつは冒険ギルドに所属して冒険者となる。
「僕は……」
キルクトーヤはどのどちらも選ばなかった。
キルクトーヤの卒業は三日後と決まった。
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