第52話 予想外な展開

リーナは地面に降り立ち、肩で息を整えながら陽に振り向いた。

「終わったわ…皆を解放して、国王の元へ急ぎましょう。」


陽も頷き、力を抜いたように深く息を吐いた。

「あぁ、わかった。」


リーナの背中を追いながら、陽が一歩踏み出した次の瞬間──


闇の中から、倒したはずのミラーネの声が響いた。

「ふふふ…あんたたち、なかなかやるじゃない。」


「何だ!?」

陽が振り返り、構えを取った。


迷宮の奥から、ミラーネの姿が再び現れる。彼女の体はボロボロで、闇の力もほとんど残っていないように見える。しかし、その口元には不気味な笑みが浮かんでいた。


「でもね…この迷宮で私を倒したくらいで、すべてが終わると思ったら大間違い♡」


リーナが鋭い目つきで問い詰める。

「まだ何か企んでいるのか!?」


ミラーネはふらつきながらも、薄い笑みを浮かべて立ち上がった。その目には、まだ抗う意志が宿っている。


「さあ?でもね、ここからが本番。迷宮が力を取り戻すわ♡」


彼女の周囲に再び闇のオーラが広がり、床や壁が黒く染まり始めた。ミラーネの体を纏う闇は濃度を増し、形を変えながら彼女を防御する鎧のようにまとわりつく。


陽が一歩前に出ながらリーナに声をかける。

「リーナさん!こいつ、まだ何か隠してる!」



陽がリーナに声をかけた瞬間、迷宮全体が再び揺れ始めた。



ゴゴゴゴゴゴゴゴッーーーーーー



「これは…?」

陽が驚きの声を上げる。



天井から粉塵が舞い落ち、床にはひびが走り始める。まるで迷宮そのものが拒絶反応を起こしているかのようだった。


ミラーネの表情が、徐々に余裕を失い始める。

「まさか…迷宮が崩壊を始めるなんて…どうして!?」


「闇の幻影よ、我が名を刻み、契約の力を聞き届けよ。

この迷宮に影を注ぎ、新たな管理者を授けん。

その代償に、我が身に宿る力を解き放ち、契約を果たせ――!」


……。


彼女の視線は周囲を巡り、その目には明らかに焦りが浮かんでいた。

「なんで!?私の力が通じない…迷宮が私を拒絶しているっていうの!?」


闇のオーラをさらに膨らませようとするが、その力がまるで弾かれるように散り始める。


「嘘でしょ…!こんなはずじゃない!!」


ミラーネの声が震え、彼女の手が少しずつ闇のオーラを失い始めるのが見えた。その様子を見ていた陽が前に出て、声を張り上げた。


「どうやら迷宮は、お前の支配なんかを受け入れるつもりはなさそうだな。ここは信仰を糧とする地。闇の力なんかに屈する場所じゃないんだよ!」


「黙れぇぇぇ!」

ミラーネが叫び、最後の力を振り絞って闇の波動を放つ。


しかし、その闇の波動が広がるたび、迷宮自体がそれを飲み込むかのように揺れ、闇を相殺していく。ミラーネはついに、震える声で自らに言い聞かせるように呟いた。


「そんな…あり得ない…計画通りのはずだったのに…!迷宮の力を奪うはずが、どうして…!」


彼女の焦りと苛立ちは頂点に達しているようだった。しかし、足元に広がる闇の魔法陣が、徐々に彼女自身をも飲み込むように揺れ始めていた。



その隙を陽は見逃さず、再び獣人化して光の力を全身に集めた。

「リーナさん、一気に片付けましょう。」


二人が一気に畳み掛けようとした、その時だった――



「やれやれ、まったく…。手のかかる子だな。」


どこからともなく低く冷たい声が響き渡った。その声に、陽とリーナは一斉に振り返る。


「なんだっ!!」


黒いコートをまとい、がっしりとした体格の男が現れる。その短く刈り揃えられた黒髪と鋭い目は、ただならぬ威圧感を放っていた。


「ゼルファー…!」


ミラーネが驚きに目を見開き、その名を叫ぶ。


ゼルファーはゆっくりとミラーネに近づきながら、冷たい目で彼女を見下ろした。その声には怒りと呆れが交じっている。


「君が負けるとは思わなかったが…やっぱり君にはまだ荷が重かったか。計画が狂う前に撤退するぞ。」


「で、でも…私は…まだ…!」


必死に言葉を紡ぐミラーネを、ゼルファーは一蹴するように言葉を放つ。

「お前はよく頑張った。ただ予想外な事に管理者のいない迷宮は既に崩壊を始めている。この場にとどまれば、君も俺も共倒れだ。これは、あのお方の命令でもある。言うことを聞きなさい。」


ゼルファーの冷酷な態度にミラーネは悔しげに歯を食いしばるが、その威圧感には逆らえなかった。


陽がゼルファーに向かって構える。

「ゼルファー!?…お前が黒幕か!?」


ゼルファーは陽の言葉に興味を示すかのように目を細め、口角を少しだけ上げた。


「ふむ、お前がアポロンの力を受け継ぐ者か…噂には聞いていたが、なかなか興味深い存在だ。」


リーナが風を纏い、ゼルファーに睨みを利かせる。

「ここで逃がすつもりはないわ。ここで終わらせる。」


ゼルファーはまるで二人の威勢を楽しむかのように静かに笑い、手を広げると暗黒の魔力が渦を巻き始めた。


「ここで終わらせる…だと?君たちはまだ、自分たちの立場がわかっていないようだな。」


ゼルファーの声が静かに響き渡った瞬間、彼の周囲から重々しい闇の力が爆発的に広がった。同時に、空間そのものが歪むような圧力が周囲に放たれた。


「ぐっ…な、なんだこれ…!?」

陽は体を支えようとしたが、足元が突然重くなり、その場に膝をついてしまった。

リーナも苦悶の表情を浮かべながら、彼女の膝も地面についた。


「覇気…なのか…」


ゼルファーが冷たい微笑を浮かべながら、軽く指を動かすと、その場の空気が一気に圧縮された。彼が静かに言葉を紡ぎ始める。


「無限の深淵より這い出でし影よ、

我が声に応え、全てを縛る鎖となれ。

重力の檻よ、ここに降臨せよ――重力封縛グラビティ・バインド


その声と共に、空間全体に闇の波紋が広がり、陽とリーナの体が一瞬で地面に叩きつけられた。重力が何倍にも増したかのような圧力が二人を押さえつけ、全身が悲鳴を上げる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

陽の叫び声が響き、リーナも息を詰まらせながら苦悶の表情を浮かべた。身体中がまるで鉄の鎖で縛られたかのように動かず、地面に押し付けられたままだ。


ゼルファーはそんな二人を冷たく見下ろしながら、余裕の笑みを浮かべ、ミラーネの腕を掴むと一言放った。


「これ以上は無駄だ。」


そう静かに告げた、ゼルファーは闇の魔力を展開させると、空間に巨大な歪みを作り出した。その歪みが闇の渦となり、ミラーネと共にゼルファーの姿を飲み込むように消えていく。


「待て!!!ゼルファーーーー!」


陽が必死に叫ぶが、声は虚しく消えゆく闇の渦に飲み込まれるだけだった。


ゼルファーとミラーネが完全に姿を消した瞬間、重力の呪縛が解かれたかのように、陽とリーナは地面から解放された。陽はすぐに身を起こし、息を荒くしながらも、リーナの方へ駆け寄る。


「リーナさん、大丈夫か…!?」


リーナは肩で息をしながら、目の前の光景を見つめていた。

「なんとか…それよりも、早く皆を助けないと…。このままじゃ、迷宮が崩れるわ…。」


陽も頷き、周囲を見渡した。

「まずは仲間を助けよう。リーナさん、協力してほしい。」


「もちろん…。」


陽は手のひらを空に向けて広げ、光の力を集中させた。胸の鼓動が早まるのを感じながらも、冷静に魔力を制御する。


「照らせ、ヘリオスの光――」


眩い光が、仲間たちを閉じ込めている魔晶石に直撃する。その光は魔晶石の闇を浄化し、次々と砕けていった。


一つ、また一つと解放された魔晶石から仲間たちの姿が現れ、ライサ、セレーナ、レオン、ラドウィン、アレクが地面に倒れ込んだ。


陽がレオン肩に手を置きながら声をかける。

「みんな、無事なようだな。」


ラドウィンが薄目を開け、ぼんやりとした声で呟いた。

「我々は閉じ込められていたのか…」



仲間たちが徐々に体を起こし始めたその時、リーナが迷宮の中心に目を向ける。まだ魔晶石の中に囚われたままのカンジェロス王の姿があった。


「最後に、国王を助けないと…!」


陽は頷き、再び光の力を集中させた。心臓が高鳴る音が耳に響くが、それを無視して力を込め、リーナも陽に合わせるように力を込めた。


「照らせ、ヘリオスの光――」

「照らせ、タリアの光――」


2人の光がカンジェロスを包む魔晶石に直撃し、闇を浄化する。魔晶石は砕け散り、その中からカンジェロス王がゆっくりと姿を現した。


カンジェロスは地面に膝をつき、疲れきった様子で荒い息を吐きながら、ゆっくりとうっすら目を開けた。視線が陽たちの方に向かうと、かすれた声で言葉を紡ぎ出した。


「君たちが…解放してくれたのか…ありがとう。感謝する…。」


彼は一瞬目を閉じ、深く息を吸い込むと、再び顔を上げた。その目には困惑が混じっていた。


「しかし…一体この状況はどうなっている…?私はずっと、闇の中に囚われていたはずだが…。」


その様子を見た陽がすぐに駆け寄り、慎重に彼の肩に手を添えた。


「陛下、ご無事で何よりです。」

陽の声には安堵と緊張が混じっていた。

「色々とご説明したいところですが、今は時間がありません。この迷宮が崩れかけています。まずはこの状況をなんとかしないと!」


陽の言葉を聞きながら、カンジェロスはかすれた声で応じる。

「迷宮が…崩れる…?分かった…君たちに導いてもらおう。」


その時、迷宮の天井から小さな欠片が落ち、粉塵が舞い上がった。空間全体に不気味な音が響き渡り、徐々にその音は激しさを増していく。


「何だ!?また揺れが…!」

レオンが周囲を見渡しながら叫ぶ。


リーナが冷静に周囲を見渡す。

「何か方法があるはず…。」


その時、場に再び光が差し込むような気配が広がった。


「全員、静まれ。」


荘厳な声が響き渡り、その声に全員が振り返ると、そこには黒い光をまとった女性の姿が立っていた。

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