第51話 離れる背中
レオンが駆けつけた時、目の前に広がった光景は思っていた以上に静かだった。すでに戦いの気配はなく、ただ地面には黒く焦げた跡が広がり、硝煙のような匂いが漂っている。
その中心には、無傷で立つセレーナの姿があった。片手にはまだ小さな炎が揺れていたが、彼女が一息つくと同時にそれはふっと消えた。
少し離れた場所には、ライサが重々しい覇気を纏いながら佇んでいた。こちらも一切の傷を負っていない。二人の姿に、レオンは思わず息を呑んだ。
「もう…戦いは終わった感じか?」
レオンがぽつりと尋ねる。
セレーナは振り返り、表情を崩さないまま静かに頷いた。
「ええ、もう終わったわ。」
ライサも彼女の隣で腕を組みながら軽く頷くだけだった。その堂々とした雰囲気に、レオンはかえって圧倒される。
その時、アレクが座り込みながら、肩を震わせた。レオンは急いでアレクの肩に手を置いた。
「おい、大丈夫か?何があったんだよ?」
アレクは少し震えた声で笑いながら答えた。
「いや、もうね…なんというか、すごかったんだよ。聞いてくれよ、レオン。」
レオンが首を傾げると、アレクはため息をつきながら説明を始めた。
「三人だけになった途端、目の前に陽の幻想が現れたんだよ。まあ、最初は俺も焦ったけどさ、二人が見た瞬間に雰囲気が変わったんだ。殺気がビリビリと伝わってきてさ、俺なんか身動き取れなくなって。」
「それで…?」レオンが先を促す。
「セレーナがいきなり火属性の魔法をバンバン撃ちまくるんだよ。そりゃもう手加減なしでさ。で、ライサさんは覇気を纏って身体を強化して、その幻影の陽をね、ボッコボコに…」
アレクが震えた声で語るその光景を想像して、レオンは言葉を失った。
「幻想の陽を…ボッコボコに…!?」
アレクは深く頷いて、さらに続けた。
「俺はただ二人の戦いを見てるしかなかったよね。あれは絶対に止められないし、そもそも怖くて近づけなかったよ。」
「いやいや、なんでそんなことに…」
レオンは疑問を口にしようとしたが、すぐに思い当たった。
「あ…。」
アレクは小さく苦笑いを浮かべた。
「そう。たぶん、さっきリーナさんとのことがあったから、二人とも根に持ってたんじゃないかな。幻影ってわかってんだけど、あのボコられようは正直見るのが辛かったよ…」
レオンは軽く頭を抱え、「やっぱあの二人を怒らせちゃだめだな。幻影とは言え、陽…どんまい。」とぼそっと呟いた。
レオンはアレクの話を聞きながら、もう一度セレーナとライサのほうを見やった。二人とも無傷で佇んでいるが、その背中からはまだ余韻のような威圧感が漂っている。
「それにしても…陽も罪な男だなぁ。」
レオンは苦笑いを浮かべながら呟いた。
「何をコソコソ話しているの?」
セレーナが少し苛立った様子で振り返り、問いかけた。
「い、いや、なんでもないです!!!」
レオンとアレクは慌てて手を振った。
レオンは顔を引きつらせながら二人を見て、小さく呟いた。
「それにしても、姫さんもライサさんも、陽相手に何でそんな躊躇なく…」
セレーナはその言葉に一瞬眉をひそめたが、すぐに微笑みながら答えた。
「たしかに、初めは私も陽が出てきて驚いたわ。でも、すぐに『これが陽ではない』とわかって…そうなると…急に鬱憤を晴らしたくなって。」
その言葉にレオンとアレクは顔を見合わせて息を呑んだ。
ライサが頷きながら口を開いた。
「私も似たようなもんだ。陽に対してヤキモキしてた気持ちがあったから、晴らしたくなったのさ。まあ、姿形は確かに陽そのものだったが、覇気が微妙に違っていた。本物じゃないとわかってしまえば、手加減なんて必要ないだろ?」
「ねーさん達、怖ええ…怒らすのは危険だな。マジで。」
アレクもその言葉に同意するように頷いた。
そんな彼らのやり取りを見ていたラドウィンが、大きな声で言葉を放った。
「さて、無駄口を叩くのはそこまでだ。今は陽とリーナのほうが重要だろう。奴らは今頃、ミラーネと交戦中のはずだ。」
レオンが気を引き締めるように背筋を伸ばし、ラドウィンを見た。
「確かに…そろそろ行かないと。参戦するんですよね?」
ラドウィンは深く頷き、重々しい声で言った。「ああ、陽とリーナを放っておくわけにはいかん。」
ーーーー
その頃、陽とリーナはミラーネとの激しい戦いを繰り広げていた。幻影の少女ミラーネは、まるで戯れるように二人を翻弄し続ける。
「へえ、意外とやるじゃない。ちょっと本気を出さないとだめかなぁ?」
ミラーネが笑みを浮かべると、その身体からさらに濃い闇が溢れ出した。
獣人化した陽が構えながらミラーネを睨む。
「くそっ、どんな攻撃も効いてないじゃないか…!」
その時、遠くから声が聞こえた。
「陽!リーナ!無事か!?」
振り返ると、ラドウィンたちがフロアへ到着するのが見えた。
「へぇ。私の幻想を打破したなんて。さすがね、でも…あなたたち…じゃま♡」
ミラーネの目が冷たく光り、不敵な笑みを浮かべる。
「あの男と同じように、閉じ込めちゃおうかしら。」
「おい、レオン!来るな!!」
陽が叫ぶが、その声が届く前にミラーネが呪文を唱え始めた。
「汝、影に囚われし者となれ…
闇の魔力が空間に広がり、ラドウィンたちの足元から黒い魔法陣が発動された。瞬く間に巨大な魔晶石が生み出され、一行を一つずつ飲み込んでいく。
「なっ…!?」
レオンが驚く暇もなく魔晶石に囚われた。ライサやセレーナ、アレクも次々と同じ運命を辿った。最後にラドウィンが鋭い目を光らせながらも闇に包まれていく。
「お前っ…!!」
陽はミラーネを睨みつける。
陽とリーナは全力で攻撃を仕掛けるが、ミラーネの体は攻撃を受けてもすぐに癒え、致命傷を与えられない。
「どうなってんだ…きりがねえ…。」
陽が苛立ちを露わにする。
「リーナさん!タリアの力を借りてもいいですか!」
リーナが頷く。
「もちろん。そのつもりよ」
リーナは深く息を吸い込み、タリアを呼び起こした。
「タリア!出てきて!!」
その声に応えるように、リーナの背後にタリアが姿を現した。タリアの存在が風の力を増幅させ、リーナの体全体を優しく包み込む。
「小娘よ、準備はいいか?」
タリアが問いかける。
「ええ、共鳴強化を始めましょう。」
リーナはタリアに微笑みかけ、目を閉じた。
リーナの心臓の鼓動が激しくなる。
ドッドッドッドッドッドッーーー
ドッドッドッドッドッドッーーー
ドクンッ
リーナの中でタリアの力が共鳴し始めた。全身に風の力が満ち、彼女の意識がタリアと完全に同調していく。目を閉じたまま、リーナは深い集中の中で詠唱を紡ぎ始めた。
「風よ、我が力と共に進化せよ…その身に新たな命を宿し、嵐と共に闇を討て…!
その瞬間、リーナの体から放たれた風がフロア全体を覆った。風は激しい嵐となり、ミラーネの黒い霧を吹き飛ばし始める。
「ふーん、これがオリンポス十二神の神獣…。面白いじゃない。」
ミラーネが興味深そうに笑う。
「でも、それだけで私に勝てると思ったら甘いわよ。」
「陽!」
リーナが風を纏いながら陽に呼びかけた。
「彼女は闇属性!神々が与えし光の魔法なら致命傷を与えられるかもしれない!!」
陽は一瞬目を見開きながらも、覚悟を決めたように頷いた。
「わかった!俺も全力で行く!」
陽はリーナの言葉を受けて深呼吸し、彼の鋭い瞳はミラーネを真っ直ぐに捉えた。
「しゃあ!!!行くぞ!」
陽は吠えるように言い放ち、地面を蹴って一気にミラーネとの距離を詰めた。
リーナもタリアの風を纏いながら陽に続く。
「タリア!私たちも!」
ミラーネはその様子を冷静に見つめていたが、陽の放つ光の拳が次第に彼女の闇の鎧を侵食し始めると、その表情に初めて苛立ちが浮かんだ。
「何よ…その光!」
陽は獣のような素早い動きでミラーネの側面に回り込み、鋭い爪に光を纏わせて斬りかかった。その一撃はミラーネの闇の鎧を大きく削り、彼女を後退させた。
「リーナさん、今だ!」陽が叫ぶ。
リーナはタリアの力を全身に集め、風を感じ取りながら目を閉じた。その瞬間、彼女の体全体が緑と銀の光に包まれ、風が彼女を中心に旋回し始めた。
「見なさい、陽…これが私とタリアの共鳴強化によって放つ、魔法!!!」
リーナの声は確信に満ちていた。彼女の瞳が光を放ち、風の流れがさらに激しく渦巻いていく。
「…
リーナの手から放たれた風の刃は、周囲の空気を裂きながらミラーネに向かって直進した。風の刃が放つ光と圧力に、フロア全体が震えた。
ミラーネは一瞬目を見開き、咄嗟に闇の障壁を作り出す。
「こんなもの、私の幻影で…!」
しかし、その言葉が終わる前に、光を纏う風の刃が障壁を一瞬で貫通し、彼女の身体を深々と切り裂いた。
「ぐはっ…!」
ミラーネは苦悶の声を上げ、彼女の体を覆っていた闇の力が霧散し、力が失われていくのがわかった。
リーナの魔法が放った光の風は、ただ攻撃するだけでなく、ミラーネの纏う闇そのものを浄化していくようだった。ミラーネは膝をつき、光と風に包まれながらその場に崩れ落ちた。
陽はリーナの圧倒的な力に目を見張り、しばらくその場に立ち尽くしていた。全身に纏った光と風の力、そして迷いのない瞳――すべてが神秘的で、眩しく映ったが、それと同時に、彼女の背中がまた遠く離れる感じがした。
「これがリーナさんとタリアの力…」
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