第50話 罪悪感



幻影のカイオスとの戦いを終えたレオンは一息つき小さく呟く。


「次はあんただぜ、ラドウィンさん。」


フロア全体が黒い霧に包まれ、視界が徐々に晴れると、ラドウィンの前に三人の騎士の姿が現れた。その装いは、かつてラドウィンが最前線で共に戦った部下たちそのものだった。


「お前たち……」

ラドウィンの低い声がフロアに響く。


幻影たちは無言のまま剣を抜き、一斉に構えた。その顔にはかつての忠誠心と誇りが宿っているように見えるが、同時に何かしらの歪みも感じられる。


「ラドウィンさん!」部下の一人が口を開く。

「俺たちはまだ戦えた。なのに何故信じてくれなかったんですか!!なぜ、引退を命じたのですか!!」


ラドウィンはその言葉に、かつて共に戦った日々を思い返した。


「お前らは俺の最高部下だった。誰よりも信じていた仲間だ。だからこそ、死んでほしくなかっただけだ。まだ戦えた。だと…?ギルガルク…お前が団長なら義足をつけてまで前線で戦えと命令をするのか。」


「…納得できない。俺たちは片足を失ってでも、義足で走ることができた。闇魔法で片目の視力を失ってでも、まだ片目で目の前を見る事ができた。なのに騎士の引退を命じられ、貴方は私たちの誇りと国の忠誠を否定した!!」


「前も同じことをお前らは言ってたな。こんな事まで幻影で再現するのか。胸糞悪い能力だ。」

ラドウィンは幻影を睨み付ける。


「ったく…。」


ラドウィンが大きく息を吸い、叫んだ。

「いいか!お前らよく聞け!!俺の部下であれば、我ら狼騎士団が一番大事にしてきた事はなんだ!!!!ええいっ、幻影のお前らにはわからんであろうな!!!自らの命を大事にする事だ。護れる命があるならば、粗末にするな!!お前らが育てた小さな芽は、今となっては大きな花を咲かせている。それを見越して私は次世代にバトンを渡す意味を込め、お前らを引退させた!!!その意図が解らぬなら、その誇りは偽りだ!!俺がもう一回叩き直してやる!!」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!」

幻影の部下たちは一切の躊躇なく突進してきた。剣が交錯する音が響き渡る。ラドウィンは一撃一撃を受け流しながら、彼らの動きを観察していた。攻撃の鋭さ、連携の正確さ――どれもかつての彼らと同じだ。


「……本物のお前たちは、確かにそう言ったが、心のどこかでわかっていたはずだ!」

そう言いながらラドウィンは剣を振り、目の前の幻影を弾き飛ばす。


その瞬間、別の幻影が背後から襲いかかる。ラドウィンは振り向きざまに覇気を解放し、周囲を包み込むように力を放つ。


「うおおおおおおおおおーーーー!!」


覇気の衝撃波が黒い霧を吹き飛ばし、幻影たちを一瞬怯ませる。その間にラドウィンは距離を取り、鋭い目で幻影を睨んだ。



幻影たちの動きが鈍くなるものの、再び攻撃を仕掛けてくる。ラドウィンは攻撃を受け流しながら、一人ひとりの顔をじっくりと見つめる。その瞳には怒りではなく、哀しみが宿っていた。



幻影の中でも特に強力な剣士が一歩前に出た。かつてラドウィンを「兄貴」と慕い、命を預けて戦場を共に駆け抜けた部下、ギルガルクだった。その剣撃は鋭く、ラドウィンの防御を僅かに切り裂いた。


「兄貴!俺たちはまだあんたの隣で肩並べて国を守りたかった!!けれど、あんたはその想いを踏み躙ったんだ!俺だけじゃねえ!ダニーやシルハートの想いも!!」


ラドウィンは剣を握り直し、低い声で答えた。


「お前らの顔を見ると、どうしても思い出す。あの前線を駆け抜け、国に忠誠を誓った日々を…。だが、それはもう過去の話だ。私は未来の国の為に未来へ歩みを進めなければならない!!」



再び覇気を解放し、その力を剣に纏わせた。

「これがベオリア最強の騎士――ラドウィン・ヴァルクレアの剣だ!!」


ラドウィンの剣に覇気がほとばしり、全力で振り下ろす。衝撃波がフロア全体を覆い、幻影たちを圧倒した。



ラドウィンは剣を地面に突き刺し、深く息をついた。そして静かに呟いた。

「俺の判断は、間違っていたかもしれない。だが、その選択に後悔はない。」



黒い霧が徐々に晴れ、静寂が戻った。 その中、薄れゆくギルガルクの幻影がラドウィンの元へと足を引きずりながら近づいてきた。


「兄貴…俺たちの未練を断ち切ってくれて、ありがとな。あの時は、兄貴には酷いことを言っちまって…すまなかった。」


ギルガルクの表情はどこか穏やかで、懐かしむように微笑んでいる。


「今は忙しいとは思うけど…いつか、また会いにきてくれよ。兄貴が来るのを、ずっと待ってるからさ。」


その言葉を最後に、ギルガルクの姿は光の粒となって空気に溶けるように消えていった。ラドウィンは目を閉じ、静かに頭を垂れた。


「…ああ、約束する。俺がそっちに行く時は、酒でも用意しておけよ。」


低くつぶやいたラドウィンの声は、フロアの静寂に溶け込んでいった。


黒い霧が完全に晴れ、静寂が戻ったフロアで、レオンがラドウィンの側に歩み寄った。


「ラドウィンさん、きっとこの幻影って、三人の罪悪感から生まれたんじゃないですかね。あの時、ラドウィンさんに酷いことを言い捨てて故郷に戻ったから、ずっと後悔してたんじゃ…」


ラドウィンはその言葉にしばらく黙っていたが、やがて遠くを見るような目で静かに答えた。

「…ああ、そうかもしれんな。」


レオンは頷きながら続けた。


「でも、ラドウィンさんも、三人のことを心残りに思ってたんですよね?」


ラドウィンは小さく頷き、低い声で答えた。


「確かに、後悔はしてないといったが、正直、気にしていた。あいつらを信じてやれなかった自分が悪かったのかもしれない、とな…。」


レオンは少し笑みを浮かべ、優しく言葉を紡いだ。


「だったら、この件が片付いたら、会いに行ってやってくださいよ。今はカイルもいるんだし、きっと三人とも、ラドウィンさんを待ってると思いますよ。」


ラドウィンはレオンの言葉に少し驚いたように目を向けたが、やがて微笑みを浮かべ、静かに頷いた。


「…そうだな。その時こそ、あいつらとの蟠りを断ち切るとしよう。」


ラドウィンはしっかりとレオンの肩に手を置き、力強く言った。


「お前は時々、生意気なほど鋭いことを言うな。だが、感謝する。ありがとう。」


「へへ、俺に感謝なんて似合わないっすよ。」

レオンは照れ臭そうに笑いながら、前方を指差して促した。


「さあ!戻りましょう!まだ終わっちゃいませんからね!」


レオンは、軽く笑いながら振り返ると、セレーナやアレク、ライサの元へ駆け出していった。


しかし、彼が仲間たちの元に辿り着いた瞬間、その足がピタリと止まった。


「レオン!良いところに来た…た、助けてくれ…」

今にも泣きそうな、アレクがレオンの元へ駆け寄る。


「そんな…嘘だろ…」


目の前に広がる光景に、レオンは息を呑んだ。

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