第49話 幻影の少女再び
陽たちが30階層に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がったのは圧倒的な光景だった。暗闇に覆われた迷宮の中で、無数の魔晶石が淡く輝き、フロア全体を照らしていた。その光は神秘的でありながらもどこか不気味で、空気には重苦しい緊張感が漂っていた。
「これが…30階層…」
陽は周囲を見回しながら、喉元に詰まるような言葉を漏らした。
リーナも静かに頷き、剣の柄を握りしめながら前を見据える。
「雰囲気だけでこれだけの威圧感…。嫌な予感しかしないわね。」
フロアの中心部に目を向けると、そこには巨大な魔晶石が鎮座していた。その透明な表面には、無数のひび割れが走り、中から放たれる不気味な光が空間全体に広がっている。そしてその魔晶石の中には、人影が埋め込まれているように見えた。
「ラドウィンさん、あれ…!」
陽が指をさし、驚きの声を上げる。
ラドウィンもその姿を確認し、息を飲んだ。
「あれは…カンジェロス国王だ…」
魔晶石の中に囚われているのは――カンジェロスだった。彼の目は閉じられ、全身が魔晶石に覆われたまま微動だにしない。その表情には深い苦悩と疲労の色が浮かんでいた。
「これが国王の今の姿…。一体どうやって助け出せばいいんだ?」
レオンが眉をひそめながら、魔晶石を観察する。
アレクも険しい顔でうなずく。
「あの魔晶石、ただの石じゃなさそうだね。闇の力が絡みついてる。このまま力ずくで壊せば、カンジェロス国王に何が起きるか分からない。」
ラドウィンが低い声で制しながら、魔晶石に近づいた。
「これほど強力な魔力を込められる者は限られているだろう。一体、誰が…」
ラドウィンが言いかけたその時、突然フロア全体が震え始めた。魔晶石が青白い光を放ち、空間に耳障りな音が響き渡る。
「何だ!?何が起きてる!?」
陽が動揺しながら周囲を警戒する。
その瞬間、フロアの奥から闇に包まれた少女が姿を現した。彼女のピンク色の髪は闇そのものでできているように揺らめき、その瞳には狂気とも冷酷ともつかない光が宿っている。彼女の周囲には、幻影のように漂う黒い霧がまとわりついていた。
「ようこそ、30階層へ。ずいぶん時間がかかったわねぇ!待ちくたびれちゃった。」
陽は構え、鋭い目つきで闇に包まれた少女を睨みつけた。彼女が現れた瞬間から、フロア全体に漂う不穏な気配がさらに濃厚になった。陽の胸の鼓動が強まり、陽は声を張り上げた。
「お前は一体何者だ!!」
少女はその声を受け流すように、薄く笑みを浮かべた。その瞳には冷たさと楽しげな輝きが混じり、まるで彼らを観察するかのようだった。そして、口を開く。
「私?私は闇の組織オブシディアンに属し、闇と幻影を操る者、ミラーネ。」
彼女の声には幼さがあり、柔らかく、それでいてどこか背筋が凍るような響きを持っていた。
「オブシディアン…?」
リーナが険しい表情でその言葉を繰り返す。
陽は獣人化を覇気を纏わせ、さらに声を強めて問いかけた。
「お前らの目的は何だ!この迷宮で何を企んでるんだ!」
ミラーネは口元に手を当て、小さく笑いを漏らした。その声は空間全体に響き渡り、陽たちの緊張をさらに煽る。
「私たちの目的?いいわ、特別にこのミラーネ様が少しだけ教えてあげるよんっ。」
ミラーネはその場をゆっくりと歩きながら、手を軽く振り魔晶石を輝かせた。
「エリュシア全土の信仰心。その力がどれほど絶大なものか、あなたたちは知っている?」
「信仰心…?」陽が眉をひそめる。
「そう。エリュシアはオリンポス直下の地。神々への信仰が、この世界の力を形作っている。そしてその力は、信仰が集まるほどに強大になるのよ。」
ミラーネは微笑みを浮かべたまま続けた。
「私たちオブシディアンは、その信仰の力を完全に掌握し、エリュシア全土を支配するのが目的。そして、このウルニス迷宮は、その鍵となる場所の一つ。」
「ウルニス迷宮が……」陽の声が低くなった。
ミラーネは魔晶石に触れ、その光を増幅させた。
「この迷宮は、何百年もの間、高い信仰力を宿したものが試練に挑む場所となっていたでしょ?だから、迷宮はその信仰力と自然に共鳴し、強力な信仰の力を宿しているってわけ!そして、その中心にいるのが『管理者』。管理者は迷宮の力を制御し、全てを支配する存在。私たちは、この力を手に入れるために、この迷宮を支配しようとしているのよ。」
「それで…カンジェロス国王をこんなふうに封じ込めたのか!」
陽は怒りを滲ませた声を上げる。
ミラーネはゆっくりと頷いた。
「そう。彼は『器』として最適だったわ。国王として、ベオリアや他国の王ですら信頼関係を築いてきた。だからこの男に集まる信仰心はこの迷宮の管理者になる上でとても理想的だったのよ。でもねぇ、彼は迷宮を完全には受け入れなかったの。普通なら自我を失い、迷宮の意思に飲み込まれてしまうのに、まだ抗っている。大したものよね。あーあって感じっ。…だから、私たちは彼をここに封じて、彼の意識が失われるのを待っているの。でも、こんなんいつまで待てばいいのかわからないから、神々に召喚されし貴方たちの信仰も取り込む事ができれば、迷宮の力は更に大きくなって、この男は完全に迷宮の意思に飲み込まれ、すぐに管理者になれるかなって!その力を私たちが奪えば、この地、エリュシアを支配する為の一歩を踏み出せるってわけ!もう天才じゃない?キャハハーー。」
「一体何のために…」
陽が詰め寄るように問いただす。
ミラーネはふっと微笑みを浮かべ告げた。
「全てはあのお方の理想卿を作るため…。」
「また、あのお方か…!そいつは誰なんだ!!」陽が叫ぶ。
ミラーネは冷たく笑いながら答えた。
「ゼウスを超える闇の存在…。この腐った世の中を解放してくれる方!!さぁ、神々に召喚されし者よ!この男を返して欲しくば、私を倒してみなさい。私の幻影に抗えるかしらっ」
フロア全体に立ち込めた黒い霧の中、幻影が次々と形を成し、陽たちを分断させていく。
「絶対に一人になるでない!奴は幻影を見せる、ひとりだと精神を飲み込まれるぞ!!」
ラドウィンが警告し、陽たちは一人になるまいと近くにいたもの同士で距離を縮めた。
レオン・ラドウィンーーーー
レオンの前にはカイオスの幻影、そしてラドウィンの前には彼の過去の部下たちの幻影が現れた。
「レオン…少しは強くなったのか?」
カイオスの幻影が嘲るように口を開く。
レオンの手は震え、剣を握る力が弱まる。
「なんだよ、これは…カイオス…。どうして、あんたがここに…?」
一方、ラドウィンの前には、かつて共に戦った部下たちの幻影が並び立ち、冷たい目で彼を見つめている。
「団長…どうして俺たちを見捨てたんですか?」一人の幻影が低い声で問いかけた。
「俺たちは、団長を信じていたのに…」別の幻影が続ける。
その言葉に、一瞬ラドウィンの瞳が揺れた。しかしすぐに、彼の表情は険しくなる。
「チッ、嫌なもん見せてくれるじゃねぇか。」
カイオスの幻影は剣を抜き、構えを取る。
「さあ、レオン。俺を斬れるのか?お前にそんな覚悟があるのか?」
「うるせえ!!!!」
レオンは叫びながら剣を構え直すが、その手はまだ迷いを引きずっていた。
幻影のカイオスは鋭い一撃を放った。レオンはそれをギリギリで受け止めるが、圧倒的な力に押され、後退する。
「チッ…!強え…。幻影ってわかっていのるに、強さは本物かよ…。」
その時、ラドウィンの低い声が響いた。
「レオン、迷うな!目の前にいるそいつが本物かどうか、お前にはわかるはずだ!」
「わかってらぁ!けど…カイオスだぞ!」
レオンは叫ぶように答えた。
ラドウィンは一歩前に出て、霧の中の幻影を鋭い目で見据えた。
「カイオスの話なら聞いたことがあるが…お前の方がよっぽど奴を知っているだろう?目の前のあいつは本物か?」
レオンはその問いに、彼は一瞬戸惑ったが、再び幻影のカイオスに目を向けた。そして、はっとしたように目を見開く。
「ちげーなぁ…!本物のカイオスは…!こんなかっこいいわけねえだろ!!」
その言葉を聞いたラドウィンは豪快に笑った。
「ガハハハ!いいじゃねえか、その調子だ!この際だ、存分に暴れろ!レオン!!!」
「おうよっ!!!」
レオンは再び剣を構えていた。その剣はカイオスから受け継いだものだが、今やその姿は以前と違う。刃には淡い光が宿り、まるで自らの意思を持っているかのように脈動している。
「剣が…光ってる…?」
レオンは驚いたが、同時にその剣が以前とは異なる力を秘めていることを確信した。
(そうか…ヘリオスの力を纏わせたから…この魔剣は成長するのか。)
カイオスはその光を睨みつけながら、不敵な笑みを浮かべた。
「面白い…。だが、その力で俺を倒せるか…試してみろ。」
二人の剣は激しくぶつかり合い、火花が散る。レオンは全力で攻撃を繰り出すが、カイオスの動きは速く、正確だった。
「遅い!」
カイオスはレオンの剣をかわし、逆にカウンターを狙って剣を振り下ろした。
その瞬間、レオンの脳裏にカイルとの訓練の日々がよみがえった。
「レオンは、攻撃が正直すぎるよ。もっと駆け引きをしなきゃ。」
訓練場でのカイルの声が蘇る。
「相手はトドメを刺す瞬間、どんな強い奴でも隙を見せるはずだ。その状況になるように誘導するんだよ。わざと追い詰められたフリをして相手がトドメ刺す時こそ、一番の勝機だ。」
(サンキュー、カイル。俺はもっと強くなるぜ)
レオンは気づきを得て、ニヤリと笑った。
レオンはわざとカイオスの攻撃を受け流す形で防御を崩したフリをした。
「これで終わりだ、レオン!」
カイオスは隙をついて渾身の一撃を繰り出してきた。
だが、それこそがレオンの狙いだった。
(本物のカイオスはそんな隙ぜってえーみせねえよ。所詮作りもんだ、お前は…)
レオンは身をかわしてカイオスの攻撃を空振りさせ、その隙を逃さずカイオスの懐に飛び込んだ。
「これで終わりだ!」
グサッーーーーーーー
光を纏った魔剣が、まばゆい輝きを放ちながらカイオスの心臓を貫いた。
カイオスは痛みに顔を歪めることもなく、ニヤリと笑った。
「やるじゃねえか…成長したな、レオン。」
そう言い残すと、カイオスの体に魔剣の光が入り込み、黒い霧は光に飲み込まれ、静かに消えていった。
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