第48話 不運

その頃、陽とリーナは迷宮の29階層にたどり着き、目の前に立ちはだかる強力な魔物たちを次々と倒していた。長い戦いの疲労は感じていたものの、二人は息を切らせながらも前進を続けていた。


「リーナさん、大丈夫?」

陽がリーナの様子を確認しながら問いかける。


「問題ない、まだやれるわ。」

リーナは険しい顔つきで周囲を警戒しつつも、力強く頷いた。


その時、陽の目が少し先にある光に留まった。淡い青い輝きを放つ魔法陣が床に浮かび上がっていた。


「リーナさん、あれを見て!下層へ行くための魔法陣だ!」

陽が手を指しながら声を上げた。


二人は同時にその方向へ視線を向け、近づいていく。魔法陣の中心に立つと、陽が深く息を吸い込み、拳を握りしめた。


「遂に30階層か…。ここまで来たんだな。」

陽は少し緊張した面持ちで呟いた。


リーナはそんな陽に穏やかな笑顔を向け、肩にそっと手を置いた。

「私たちなら大丈夫よ。これまで一緒にやってこれたんだから。」


陽はその言葉に少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑みを返した。

「ああ、そうだな。行こう。」


陽が前に一歩踏み出そうとした瞬間だった。


「ドクンーーーッ」


突然、胸の奥から大きな鼓動が響き、陽の体がふらついた。


(えっ…)



「陽!?」

リーナがすぐに駆け寄り、倒れそうになる陽を支えた。


しかし、陽のバランスが完全に崩れてしまい、そのままリーナの方に倒れ込む形になった。


そして――


むにゅっ


陽の顔がリーナの胸に当たった。


「うわあっ!!」


二人の間に気まずい沈黙が流れた。


「リーナさん!ごめんなさい!!わ、わざとじゃないんだ!!」

陽は飛び上がるように顔を上げ、真っ赤になりながら必死に弁解した。


「なんか急に胸がドクンてして、それで…!!」


リーナも顔を真っ赤に染めながら、驚きと戸惑いを隠せない様子だったが、すぐに自分を落ち着かせた。


「私は大丈夫だから…それより陽、あなたこそ平気?」

リーナは陽を心配そうに見つめながら尋ねるも、二人はお互いに顔を真っ赤にしながら、じっと見つめていた。


陽は、ようやく小さく口を開いた。

「あっ、ああ…大丈夫。…リーナさん、ごめんよ、今どくから…」


その瞬間、足元の魔法陣が突如として輝きを放ち、光が広がった。



眩い光が収まると、陽の耳に聞き覚えのある声が響いた。


「陽!!!」

レオンの力強い声だった。


魔法陣から現れたのは、レオン、セレーナ、アレク、ライサ、そしてラドウィンの一行だった。


「陽!無事だったのか!よかった!」

レオンが安堵の表情で駆け寄ろうとしたが、彼の足が突然止まる。

視線の先には、リーナに覆い被さるような形で倒れている陽の姿があった。


セレーナがその光景に気づき、一瞬動きを止めた。だが、すぐに微笑みを浮かべながら一歩前に出た。


「陽?こんなところで何をしているのですか?」セレーナの柔らかな笑顔だったが、その背後から放たれる負のオーラは誰の目にも明らかだった。


陽はその雰囲気に気づき、慌てて体勢を整えようとしたが、焦るほど動きがぎこちなくなる。


「違うんだ!セレーナ!これは事故で!!俺が倒れそになったところを助けて…それで!」

陽が必死に弁解する。


セレーナの笑顔がさらに深まるが、その目には冷たい光が宿っていた。


「人がせっかく心配してきたっていうのに…」


陽の声がかき消されるほど静かな圧が放たれる。



「おいおい陽、これは言い訳をするよりも謝ったほうがいいんじゃないか?」

レオンが苦笑いを浮かべながら小声で助言する。


「ちょっ!本当に事故なんだっ!」

陽は必死に言葉を続けたが、セレーナの視線は冷たいままだった。


リーナがようやく体を起こし、顔を赤らめながらセレーナに向かって言った。

「セレーナ、陽は本当にわざとじゃないのよ。ただ…その…ちょっと不運が重なっただけで…。」



その言葉にセレーナはため息をつき、彼女は指先を陽に突きつけて言った。


「リーナさんはそう言うけど!陽、帰ったらちゃんと何があったか説明してくださいね。」


「はいっ!わかりました!もちろんです!!!」陽は全力で頭を下げた。


その場の緊張がようやく和らぎ、レオンが肩をすくめながら笑った。

「ははは、なんだか、再会の感動って感じでもねえな。まあ、全員無事だったから良しとするか。」


「うるせえ、本当に事故だってば。」


「わかってらぁ、陽はそんな自分から女性の胸に飛び込む勇気がないって事くらい。」

レオンが更にニヤつく。


「こいつっ!」


陽がレオンに言い返そうと口を開いたその瞬間、ラドウィンが一歩前に進み出た。その鋭い視線が一行を見渡し、重々しい声でその場の空気を制した。


「さて、再会の騒動はこれくらいにしておこう。時間が惜しい。30階層はすぐそこだ。そして、その先に国王カンジェロスがいる。」


その言葉に陽はハッとし、再び緊張が走った。


「ここまで来た以上、我々の使命は明白だ。迷宮の試練が何を意味するのか、なぜ陽とリーナだけが選ばれたのか、どちらにせよ、その答えは次の30階層にあるはず。今は、国王カンジェロスを救い出すことが最優先だ。」



陽は顔を引き締めて頷く。



ラドウィンが光る魔法陣の先を指差しながら、低く静かな声で命じた。

「全員、準備を整えろ。次の階層がこの迷宮の深部、30階層だ。これまで以上に厳しい試練が待ち受けているだろう。皆、覚悟はできているな。」


「「「「もちろん!!」」」」


その場の空気が一瞬引き締まる。


「行こう。」


ラドウィンがそう告げると、一行は迷宮の30階層へ足を進めた。

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