第47話 迷宮の意志


一方、迷宮の外ではー


迷宮の外は、不気味な静寂に包まれていた。砂漠の風が時折舞い上がり、乾いた砂を巻き上げている。先ほどまで迷宮の内部にいたはずの陽とリーナ以外の一行は、突然の魔力によって迷宮の外へと放り出され、全員が砂の上に倒れていた。


最初に目を覚ましたのはレオンだった。彼は頭を押さえながら身を起こし、周囲を見渡す。


「……なんだよ、ここは…俺たち、迷宮にいたはずだろ…?」

彼はまだ朦朧とした意識の中で呟いた。


少し離れたところで、セレーナが微かに動き、ゆっくりと目を開けた。

「ここ…外…?私たち、外に出されたの…?」


一行が徐々に意識を取り戻し、状況を把握しようとする中、ラドウィンが冷静な声で指示を出した。


「全員、落ち着け。まずは状況を整理が先だ。陽とリーナ以外が迷宮の外へ出されたわけだが…バジル、再び迷宮へ入ることは可能か。」


バジルが迷宮の扉へ手をかざす。


「魔力の干渉が強すぎて、内部への侵入は不可能ですな…」

バジルが額の汗を拭いながら言った。


ラドウィンが険しい表情で扉を睨む。



その時、バジルの携帯していた魔導水晶が淡い光を放ち始めた。映像魔法が展開され、ベオリア王宮魔導士が姿を現す。


「バジル様、急ぎの連絡です。王子ザガール様が北の国ノルデリアから帰還されました。この数日間に起きた事態について、王宮で直接お話を伺いたいとのことです。ラドウィン団長も、可能であれば同席をお願いしたいと…」


その報告を聞き、バジルはラドウィンの方へ振り返った。

「団長、どうなさいますか?」


ラドウィンはしばらく無言のまま考え込んだが、やがて重々しい声で答えた。

「私は行けぬ。」


「父上…?」

カイルが驚いたように顔を上げる。


「迷宮に囚われた陛下を救出することが私の使命だ。しかし、次世代の王であるザガール殿下を守る騎士も必要だ。そして、その役目を果たすのは、私ではない。カイル、お前だ。」


「えっ…俺が、殿下の元へ?」

カイルの声は驚きと不安に揺れていた。


ラドウィンはカイルを真っ直ぐに見つめ、その目に厳しさと優しさを宿して言葉を続けた。


「カイル、次世代の王はザガール殿下だ。その側で殿下をお守りするのは、お前のような若き力を持つ者に他ならない。だが、使い物にならぬと判断されれば、今後殿下の側に立つことは許されないだろう。それほど重要な役目だ。」


カイルは言葉を失った。視線を彷徨わせながら不安そうな表情を浮かべる。


ラドウィンは少し柔らかい口調で続けた。

「だが、お前なら大丈夫だ。自信を持て。お前は私の息子であり、この国を背負う者の一人だ。殿下を守れるのは、カイル、お前だ。私はお前を信じる。」


「俺に…その資格が…姉上の方がいいんじゃ…」


「カイル…父上がお前を選んだんだ。その資格はある。」

ライサの言葉に、ラドウィンも力強く頷いた。


カイルはライサとラドウィンの言葉を聞きながら、徐々にその顔に決意が宿っていく。

そして、大きく息を吸い込み、力強く頷いた。


「わかりました、父上、姉上。俺、カイル・ヴァルクレアはザガート殿下に認めてもらえる様全力を尽くします。」


ラドウィンは満足そうに微笑み、バジルに目配せをした。

「バジル、カイルを頼む。」


「かしこまりました。転移魔法を展開しますぞ。」

バジルが杖を振り、光の魔法陣が足元に広がる。


カイルはラドウィンに一礼し、転移魔法の中心へと進む。

光が二人を包み込み、次の瞬間、カイルとバジルの姿は消え去った。



迷宮の入り口に残された、レオン、セレーナ、アレク、ライサ、ラドウィンの5人は、荒涼とした砂漠の風を背に、目の前の扉に視線を向けていた。


無言のまま続く重い空気の中、ライサが静かに口を開いた。


「迷宮が私たちを外に出したのは、何か意図があってなのか……謎だな。」


その言葉に反応したアレクが、腕を組みながら目を閉じて考え込んだ。

「逆を言うと陽とリーナだけを残した理由も考えないとだね…」


アレクは目を開け、ラドウィンに視線を向けた。

「ラドウィンさん、この迷宮は中に入った者を試すと言われているんですよね?過去を見せたり、心の弱さに付け込んだりするって。」


ラドウィンは短く頷いた。

「その通りだ。この迷宮は人の心を試し、そして強さを見極める。乗り越えた者にしか進む資格を与えないのだ。」


アレクはさらに思案を深めながら言葉を続けた。

「あくまで憶測だけど、それを考えると…もしかしたら迷宮は、陽とリーナを選んだのかもしれない。」


「選んだ…?」

ライサが疑問の声を上げる。


アレクは頷き直し、慎重に言葉を選びながら説明した。

「迷宮は、試練を課すことでその人間の本質を見ようとしているんじゃないでしょうか。陽とリーナが選ばれた理由は…彼らが何か特別な役割を果たすべき存在だから…」


その時、静かに耳を傾けていたセレーナが口を開いた。

「つまり…陽とリーナが何らかの理由で迷宮に選ばれて、二人が迷宮そのものに与えられた試練に挑んでいる可能性があるってこと?」


ライサは深く頷き、セレーナの言葉を引き取った。

「その可能性は高いな。迷宮が試練を通じて、二人に何かを乗り越えさせようとしているんだとしたら、私たちが無理に入り込んで手助けをさせないために、追い出したんじゃないか。」


「なるほど…」

アレクが納得したように頷きながら、口を開く。

「迷宮の意図が陽とリーナに課せられた試練を見守ることだとしたら、僕たちは追い出されるべくして追い出されたってことだね。」


「けどよ…!」レオンが声を荒げる。

「その試練を2人が乗り越えないと、中には入れないってことだろ!?それじゃあ、あいつらがどんな危険にさらされているのかも分からないまま、俺たちはここで待つしかないのか?」


ラドウィンがその言葉に割って入った。

「そうだな。今の私たちには外から見守ることしかできない。だが、陽とリーナだ。必ず無事なはずだ。」


アレクが肩をすくめながら答える。

「ラドウィンさんの言う通り、今の状況ではそれが最善ですね。むやみに迷宮に挑んでも、何があるがあるかわからない…。」


アレクの言葉に全員が口を閉ざす?


しかし、その瞬間、セレーナが扉をじっと見つめ、静かに呟いた。


「今…結界が消えた気がする…」


その言葉に一同が一斉にセレーナを振り返った。アレクも目を細めながら頷く。


「確かに…俺も同じことを感じた。何かが変わった気がする。」


セレーナは迷いなく扉の前に歩み寄り、手をかざして、その表面を探るように動かした。彼女の手が触れると、扉全体がわずかに光を放ち、低い音を立てながらゆっくりと動き始めた。


「扉が…開いた?」

アレクが驚きを抑えた声を上げる。


「なにぃ!」

レオンが声をあげ、目を見開いた。


ラドウィンは腕を組みながら扉が開く様子をじっと見つめ、静かに口を開いた。

「ほう…陽とリーナが試練を突破したか。」


その言葉が響いた瞬間、地面に再び魔法陣が浮かび上がった。青白く輝く光がじわじわと広がり、一行を包み込むように動き始めた。


「なんだこれ…!」レオンが身構えたが、その場から動けず困惑した表情を浮かべる。


しかし、セレーナとライサが目を閉じ、集中するように言葉を発した。

「この光…陽が近くにいる気がする。」


「ああ、私も感じる。」

ライサが静かに頷く。


「また迷宮の外に追い出されるんじゃ!」

レオンが口にすると、


「動かないで!」

セレーナが皆に鋭く声をかけた。


「これは陽たちと私たちを繋げるための魔法陣かもしれない。おそらく、試練が終わったことで迷宮が私たちを中に入れる準備をしているのよ。」


その言葉に従い、一行は動きを止め、魔法陣の光に身を任せた。次第に光が強まり、全員を包み込んでいく。


眩い光に視界を奪われる中、レオンが小さく呟いた。

「陽…リーナ…待ってろよ。」


そして、光が全員をさらなる深みへと誘うように包み込んでいった。

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