第40話 カンジェロスの行方

「しまっ――」避ける間もなく、鋭い爪がライサを貫こうとする。


だが、陽が素早く駆け寄り、ライサを抱き抱えるようにしてかばった。最悪の事態は免れたものの、陽の腕を魔物の爪が掠め、傷を残してしまう。


「陽!なんで庇った!」

ライサは驚き、強い口調で問いかけた。


「言ったじゃないですか、仲間なんだから。俺にも背中、預けてくださいよ。」

陽は優しい笑みを浮かべながら応える。


「しかし、腕が…」

ライサが傷を見て眉を寄せるが、陽は余裕のある表情を崩さずに答える。


「大丈夫ですよ、少し掠めただけです。それより、ライサさんが無事でよかった。そんな綺麗な顔に傷でもついたら、ベオリアの皆んなに顔向けできませんからね。」


陽の言葉に、ライサは思わず動揺した。彼女は今までずっと守る側で、父親以外に異性から守られたことはなかった。ましてや、真正面から「綺麗」と言われたのは初めてで、何かを言い返そうと口を開いたが、言葉に詰まってしまう。


彼女は顔を赤めながら、「わわわ、私は騎士だ!顔の傷など、むしろ勲章だ!」と照れくささを隠すように声を張り上げた。


「わかりましたよ。」

陽は苦笑しながら、わざと軽く受け流した。


ライサも少しだけ表情を緩め、「…だが、感謝する。お陰で助かった。」と礼を述べた。



一方で、二人は魔物の核を砕ききれなかった原因を考え、陽は思案顔で呟いた。

「おそらく、闇の力が強すぎて、普通の攻撃では破壊しきれなかったんでしょうね…」


そこで陽はライサに剣を差し出すよう促し、「ライサさん、剣を貸してください。」と言った。


ライサは一瞬戸惑いながらも剣を陽に差し出した。陽は光の魔法をかけ、剣に神聖な輝きをまとわせていく。陽の手から溢れる光がライサの剣に浸透し、剣全体がまばゆいばかりの光を放つようになった。


「準備はできました。ライサさん、行きましょう!」陽が剣をライサに返すと、二人は再び魔物に向かって構え直す。


陽は先に魔物に向かい、素早く一撃を加えて核を剥き出しにさせた。核が露出したその瞬間、ライサは光の力をまとった剣をしっかりと握り締め、全身の力を込めて魔物に向かって突進する。


「これで終わりだぁーッ!」ライサが叫びながら突き出した剣は、魔物の核に深々と突き刺さり、今度こそ核は粉々に砕け散った。


魔物の体がゆっくりと崩れ落ち、やがて、魔物化した盗賊は闇の力から解放され、元の姿に戻っていった。


陽たちの戦いが終わり、次々と騎士団長のラドウィン、セレーナ、バジル、そして仲間たちが陽のもとに集まってきた。盗賊が息も絶え絶えに横たわっているのを見て、ライサは冷ややかな目を向け、剣に手をかけた。


「こいつ…生きては帰さんぞ…」

ライサが盗賊に歩み寄り、剣を抜いて仕留めようとする。


「ちょ、待ってください!」

陽がとっさに手を伸ばして、ライサを制止した。「まだ、国王カンジェロスの居場所を聞き出せるかもしれない!こいつをどうするかは後で決めるべきだ!」


ライサは少し眉をひそめたが、陽の言葉に冷静さを取り戻し、剣を収めた。

「…わかった。」


陽は静かに頷き、仲間たちと共に盗賊を王宮に連れ戻すことにした。


王宮に戻ると、陽とライサたちは盗賊を取り囲み、カンジェロスの居場所を問いただした。しかし、盗賊は必死に口を閉ざし、何も話そうとしない。


やがて痺れを切らしたライサは、今までにないほどの覇気を全身から放ち、鋭い視線を盗賊に向けた。その圧力に耐えきれず、盗賊は怯え、わずかに後退りした。


「ここで命を終わらせるか、国王の場所を教えるか選べ。」

ライサが低い声で言い放ち、剣を抜きながら盗賊を睨みつける。


それでも盗賊は必死に口を閉ざし、答えようとしない。ライサの覇気はますます増し、王宮全体に圧力が満ちていく。その強烈な覇気に耐性のない新人の騎士団員は、たまらず顔が青ざめていった。


「うっ…先輩…この重圧…俺、吐きそうです…」若い騎士が震えながら先輩騎士にしがみつく。


「気持ちはわかるが、今は耐えろ…」


すると、陽も覇気を放ち、ライサの覇気に対抗するように盗賊に目を向けた。


「ライサさん、俺もこいつがベオリアの民を、あなたの父上や弟さんを危険な目に遭わせたことは許せません。けれど、今無闇に殺すのは違うんじゃないですか。」


ライサは一瞬陽に視線を向けたが、冷たい表情を崩さず、なおも盗賊に剣を向け続けた。

「陽、お前には感謝している。しかし、こいつが国王や、民を危険にさらした。その報いを受けるべきだ。」


そう言ってライサは剣を振り上げ、盗賊に一撃を加えようとした。その瞬間、陽が盗賊の前に飛び込み、彼の目の前に立ちはだかった。


ライサはギリギリのところで止めたが、剣先は陽の首元をかすめ、数滴の血が陽の首筋を流れた。


「陽っ!!」セレーナが駆け寄ろうとする。


「セレーナ、心配いらないよ。大丈夫だから下がっててくれ。」陽は穏やかな表情でセレーナに言い、続けてライサに目を合わせる。「ライサさん、あなたは俺を切れませんよ。」


「何を言って…」ライサが反論しようとした瞬間、突如として、全員を圧倒するほどの赤い覇気が王宮に満ち渡った。


ビクッ―――!

陽もライサもその覇気に驚き、瞬時に体が強張る。


王宮中に響くような重圧が立ち込める中、ラドウィンの声が響いた。

「ライサ、いい加減にしなさい。彼の言う通りだ。お前もわかっているはずだろ。」


騎士団長ラドウィンの覇気だった。全身から放たれる圧力に、ライサも他の者も言葉を失い、王宮は一瞬にして静寂に包まれた。


ラドウィンは騎士団員に目を向け、冷静に告げた。

「騎士団員よ、この空気に耐えられんだろう。一旦ここを出なさい。他の者は…ふむ、大丈夫そうだな。さすが神より召喚されし者とその仲間たちだな。」


騎士団員は命令に従い、王宮の外へと退いた。


「陽と言ったな。この度のこと、心から感謝する。そして、うちの娘がすまないな。君の言う通り、最初から盗賊を殺すつもりはなかったが、不器用なところもあるゆえ、どうか大目に見てやってくれると助かる。」


「え、あ、はい。とんでもないです…」陽は少し面食らいながらも、ラドウィンの威厳に圧倒される。


(この騎士団長さん、怒らせたらやべえ、絶対…)陽は心の中で思い、冷や汗を拭った。


ラドウィンがライサに目を向け、「ライサ、そこをどきなさい。」と静かに告げると、ライサはしぶしぶ剣を収め、父親の指示に従って一歩下がった。


ラドウィンは盗賊に近づき、鋭い目で見据えた。

「そこの盗賊よ、ベオリアの国王カンジェロスの場所を教えなさい。生きているのだろう。」


盗賊はその言葉に一瞬目をそらし、怯えたように顔を青ざめさせながらも、口を固く閉ざしていた。


「ほう、中々根性があるやつだな。」

ラドウィンは冷ややかに笑みを浮かべ、「ならば、お前のその根性に応えてやろう。まず、その右足を私の牙で食いちぎる。」


そう言うと、ラドウィンは完全に狼の姿へと変化し、鋭い牙を盗賊の右太ももに深々とめり込ませた。



「痛い痛い痛いッーーーーーー!!!!」


盗賊は耐えきれず悲鳴を上げるが、ラドウィンは一切容赦せずに続けた。


「あと3秒待つ。3秒後にお前の右足はなくなるぞ。3…2…1…」


「ウルニスの迷宮だ!!」盗賊は叫び、ついに口を割った。


「ほう、あの迷宮か。で、何階層にいる?」ラドウィンはすぐさま問いかける。


「そこまでは…教えられねえ…」


「ならば、私の牙が再びお前の足を食いちぎるのみだ。」

ラドウィンは低く唸り、再び盗賊の足に牙を突き立てると、容赦なく太腿を食いちぎった。


ブチブチブチッーーーー


「ぎゃあああああああ!!!!足がぁぁぁ!!」盗賊は地面に倒れ込み、うめき声を上げた。


その凄惨な光景に、陽たちは思わず息を飲む。


「もう一度聞こう、何階層だ?もし答えなければ、次は左足だ。」


「わかった、わかったから、教える!30階層だ!そこに閉じ込められている。あの方から力を授かってからは生きていたが、魔物がうじゃうじゃしてるから、今も生きてるかはわからねえ…」


「30階層か…そして、お前を唆したあのお方とは誰だ?」ラドウィンが問い詰める。


盗賊は答えようとしたが、突然、体全体が黒い炎に包まれた。「あああああ…なんだ、この黒い炎は…熱い!熱い熱い熱い熱い熱いっ!!」


盗賊の体はみるみる炎に飲まれ、悲鳴を上げながらその場で灰となって消えていった。


「ここまでか…」

ラドウィンは冷静に呟き、バジルが無言で頷いた。


陽が驚き、顔を青ざめながらラドウィンに問いかける。

「ラドウィンさん…今のは一体…あなたがやったのですか?」


「こいつは、遅かれ早かれ黒炎によって殺される運命だったのだろう。おそらく、核を砕かれた段階で黒炎が発動するように闇魔法が仕掛けられていたんだろうよ。精霊族であるバジルや、お嬢ちゃんも、オーラで何となく気づいていたのではないか?」


陽がセレーナを見つめると、彼女も静かに頷いた。


ラドウィンはため息をつきながら言った。

「どのみち助からぬ命ならば、せめて情報を引き出してからにしようと思っただけだ。」


「だから…あんなことを…」陽は息を呑んだ。


「とはいえ、カンジェロスの居場所がわかったのだ。本日中に準備を整え、明日迷宮に捜索に向かうぞ。召喚者の方々、そしてその仲間たちよ、無理を承知での頼みだ。どうか、力を貸してくれぬか。」


陽は、仲間に視線を向けた。

「もちろん、ここまで関わった以上、最後まで協力します。みんな…いいか?」


皆、陽の呼びかけに深く頷いた。

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