第33話 疑惑の暴走

王宮の玉座に座る国王カンジェロス・アルヴィオンの声が、ベオリア全土に響き渡った。陽は息を呑み、全身に緊張が走った。セレーナやレオンも言葉を失い、じっと国王の映像を見つめている。


「ベオリアの民よ、聞いてくれ。我が国はこれまで長きにわたり、アクエリアスとの協定のもとに水の恵みを得てきた。その代わりとして、我々は豊かな果物や穀物を惜しみなく提供し、互いの繁栄を築いてきた。しかし、近年、アクエリアスからの水の供給は次第に減り、我々の水路は細り始めているのだ。」


国王の言葉には力強い怒りが込められており、陽たちもその緊迫感に引き込まれていく。


「我々は何度もアクエリアスに問いかけた。なぜ水の供給量を減らしているのか?何が起きているのか?だが、彼らは具体的な理由を語ろうとせず、曖昧な言葉で誤魔化してばかりだ。私には分かる。彼らは何かを隠しているのだ。我々が知るべき真実を、あの水の都は意図的に隠蔽している。」


「アクエリアスが…隠している…?」陽が小声で呟く。


「私は幾度も彼らに対話を求め、協定を守るよう懇願した。しかし、アクエリアスの王は応じるどころか、冷たく我々を突き放した。水の豊かさに安住し、ベオリアの困窮には見向きもしないというのか!いや、彼らはこの状況を利用し、我が国を支配しようとしているのかもしれぬ。」


ベオリアの民たちの中にはざわめきが広がり、国王の言葉に対する怒りと不安が渦巻いていく。


「民よ、これ以上、アクエリアスの不誠実な態度を許してはならない。我々の生活と未来がかかっているのだ。もはや交渉の時は過ぎた。真実を語らず我々を見捨てるアクエリアスに対し、我々は戦いを挑むしかない!」


国王の声がさらに力強さを増し、まるで民を鼓舞するように響き渡った。


「ベオリアの民よ、共に立ち上がり、この不当な扱いに終止符を打とう!我々の手で水を取り戻し、ベオリアの未来を守るのだ!」


国王の言葉が終わると、陽は息を詰め、セレーナとレオンも驚きの表情を浮かべていた。


「どういうこと…?」

セレーナが困惑したように言う。


「今まで平和的に協定を守ってきたのに、急に戦争をするなんて…」


国王カンジェロスが威厳ある姿で玉座から立ち上がり、静かに目の前の民と騎士たちに向けて語りかけたとき、ベオリア全体がその言葉に耳を傾けていた。その中で、騎士団長は不安と怒りを抑えきれず、国王の一方的な宣戦布告に毅然と声を上げた。


「国王陛下!アクエリアスへの侵攻は、我らが築き上げた平和を乱す行為に他なりません。これまで私たちは協定を守り、互いに繁栄を分かち合ってきたのではなかったのですか?」


騎士団長の声は鋭く、国王に対する挑戦の意図をはっきりと示していた。王宮にいた騎士たちも、心の中で同じ疑念を抱いていた。


国王カンジェロスは、騎士団長の言葉を聞きながら冷たい微笑を浮かべた。

「お前たちは、アクエリアスが何もかも善意で水を供給していると思っているのか?ベオリアが困窮する中で、アクエリアスが何の理由もなく水の供給を減らすとは思わないか?」


「ですが、陛下、協定を結んだ当初から私たちは信義を持って彼らと交わってきたはずです。戦を選ぶのは短絡的です。我々には他の手段も…!」


国王の瞳に冷酷な光が宿り、騎士団長を睨みつけた。

「口で言うのは簡単だ。だが、その信義とやらで水は増えるか?ここで再び交渉に時間を費やせば、ベオリアの未来はどうなる?」


騎士団長は一歩も引かずに答えた。

「時間はかかるかもしれませんが、それこそが平和的な解決です。戦で人々を危険に晒すわけにはいかないのです!」


「ほう…。ラドウィンよ、私の決定に逆らうと?」

国王の口調が一層鋭くなり、その場の空気が凍りつくように冷え込んだ。


ラドウィンは、強い意志を込めて言葉を続けた。

「我ら騎士団はベオリアの民と国を守るために剣を振るいます。そのためならば、たとえ陛下といえども、間違いを正すべき時もあるのです。」


国王は冷ややかな目で騎士団長ラドウィンを見下ろし、薄く微笑を浮かべた。

「文句があるなら…私を止めてみるがよい。」


その挑発的な言葉に、玉座の間には緊張が漂い、他の騎士たちも息を呑んだ。

ラドウィンは、覚悟を決めたように剣を握りしめ、一歩前に出る。


「…では、勝負をお受けします。」

彼の声は冷静で、しかしその中に決意が込められていた。


陽たちも映像越しにこの対決を見守り、その場の緊迫感を感じ取っていた。


剣を抜いたラドウィンは国王カンジェロスに向かって構え、互いに視線を交わす。カンジェロスもまた、威厳と冷酷さを併せ持つ表情でラドウィンを見据えた。両者の力は互角のはずだったが、次の瞬間、カンジェロスの表情が一変し、圧倒的な威圧感がラドウィンを襲った。


「…この力は何だ…!?いつの間に、陛下はここまで…」ラドウィンは必死に剣を振るい、カンジェロスの攻撃に応じようとするが、その強さは異常なほどに増していた。以前の国王ではない。まるで別人のような力だ。


陽はその様子に驚きの声を漏らす。

「まさか、騎士団長がこれほどまでに押されるなんて…国王ってそんなに強いのか…」


「陽、これはおかしいわ。」セレーナも困惑の表情を浮かべていた。


カンジェロスは冷笑を浮かべながら、ラドウィンに容赦なく攻撃を加え、彼を一気に追い詰めていく。ラドウィンも必死に抵抗するが、カンジェロスの重い一撃により、ついには地に伏せられてしまった。


「どうなってやがる…」ラドウィンは息も絶え絶えに呟き、信じられないという表情で国王カンジェロスを見上げた。


カンジェロスは冷酷に見下ろしながら、無情な声で告げた。

「この男を処刑する。三日後に民の前でその命を終わらせ、我が命令に背く者には何が待つか知らしめが必要だ。」


その言葉に場の空気は凍りつき、周囲の騎士たちは驚愕に言葉を失った。


玉座の間で、処刑が宣告された瞬間。


ライサとカイルは目を見開き、国王カンジェロスに対して猛然とした覇気を放った。二人の瞳は燃えるような怒りに満ち、瞬時に剣を抜き、牙を剥いた。


「貴様…!何者だ!?カンジェロス様が我らの王であるならば、こんな仕打ちはなさらぬ!」

ライサが叫び、カイルもそれに呼応するように剣を振るった。


しかし、その一撃は、まるで無に帰すかのように消し去られた。カンジェロスは冷静な表情を崩さず、二人の覇気をも打ち消す圧倒的な力で返り討ちにし、二人に重い一撃をくらわせた。


「あの男の子どもたちか。まあ、いい。この者たちも牢獄に捉えよ。」

カンジェロスは冷淡に言い放ち、ラドウィンを王宮の最深部にある牢獄に、ライサとカイルを地下牢へ幽閉するよう命じた。


騎士団員たちは戸惑い、すぐに動けずにいたが、近くにいた王宮魔導士バジルが毅然とした声で促した。

「何をしているのだ!国王陛下の命に刃向かうつもりか!」


その言葉に、騎士団員たちはしぶしぶ従うしかなかった。ライサたちは押さえ込まれ、呆然と捕らえられていく。


その時、カンジェロスが静かに口を開き、彼らの進行を制した。

「待て。このままではこいつらがまた反抗するだろう。この薬を使え。」


そう言って彼は不気味な小瓶を手にし新人騎士に渡した。中には、獣人族の力を封じる薬が入っていた。


「陛下、これは…」

新人騎士がたじろぎながら聞くと、カンジェロスは淡々と説明した。

「これは獣人化を無効にする薬だ。三日間のみ効力がある。処刑までの時間稼ぎにはなるだろう。」


新人騎士はその残酷な命令に怯み、躊躇を見せた。

「いくら陛下の命といえども…私は…」


カンジェロスは冷ややかに一瞬、彼を見下した後、

「ならばよい、バジル。お前がやれ。」と命じた。


「かしこまりました、陛下。」

バジルは国王の命令を冷静に受け、瓶を手に取り、慎重に液体をライサとカイル、そしてラドウィンに飲ませた。


薬が効き始めると、ライサとカイル、ラドウィンの特徴的なオオカミの耳と尻尾が消え、普通の人間と変わらない姿に戻ってしまった。その様子を見て、近くにいた騎士団員は拳を震わせ、悔しそうに声を漏らした。

「バジル様…あなたは…なんてことを…」


するとバジルは、国王に聞こえないよう低い声で囁いた。

「今はこうするしかない。処刑までにはまだ三日ある。諦めずに体制を整えることが先だ。辛いとは思うが、ここは我慢するのだ。」


その意外な発言に、近くにいた騎士団員たちは驚いたが、今はカンジェロスの目が光る前で抵抗することはできなかった。ただ、一縷の望みをかけ、各々の役割を演じ続けるしかなかった。


ライサ、カイル、そしてラドウィンはそれぞれ牢獄に連行され、重々しい扉の向こうに姿を消していった。


陽は国王の冷酷な仕打ちに堪え切れず、その場で動き出した。

「助けないと!!」


しかし、セレーナがすぐに陽の腕を掴んで止めた。

「ダメ!!今、無闇に行っても返り討ちに遭うかもしれない!」


「セレーナ、離してくれ!このままじゃ…!」


パチンッーー。陽の目が見開く。


セレーナは陽の頬を両手で軽く叩き、真剣な表情で彼と目線を合わせて言った。


「陽、落ち着いて。私も見ているだけなんて悔しい。でも、処刑まで三日あるって言ってたでしょう?何のために私たちと、召喚者がここにいるのよ。何が最善なのか、もう一度考えて。」


「セレーナ…」

陽は少しずつ気持ちを取り戻していった。


「そうだぜ、陽。姫さんの言う通りだ。」

レオンも陽の肩に手を置き、落ち着くよう促した。


バチンッーー!!!!


今度は陽が自分の両手で思いっきり頬を叩き、仕切り直した。

「…すまん、みんな。取り乱して。もう頭冷やしたから大丈夫…。」


陽が息を整える。


「このままじゃベオリアもライサさんたちも危ない。今から宿に戻って作戦を立てよう。リーナさん、アレクも協力を頼めるか?」


リーナとアレクも互いに目を合わせ、揃って頷きながら答えた。

「もちろん。」


ーー



陽たちが部屋に集まり、ライサ、カイル、騎士団長の救出について真剣に話し合っていた。


「で、陽くん、何か策はあるのかい?」アレクが陽に尋ねる。


陽は少し間を置き、鋭い目つきで皆を見渡しながら言った。

「考えていることはある。だがその前に…国王カンジェロスについてだが、あの人は“黒”だ。」


「なに!?国王が国を裏切ってるっていうのか!?」

レオンが驚きながら陽に問いかける。


陽は真剣な表情で続けた。

「そこまで確信はない。ただ、俺がラゼリアの大樹で戦った古代精霊ティラフィアス、その中にあった核が…カンジェロスの中にも見えたんだ。」


「ということは…国王が操られている可能性が?」

セレーナが深刻そうに口にする。


「ああ、俺も最初はそう思ったんだがな、あの時のティラフィアスは明らかに自我を失っていただろ?でも、今回は違った。カンジェロスには自我を失っているようには見えなかったんだ。前回と何かが違う…」


リーナが静かに考え込む。

「そもそも…本物のカンジェロス国王ではないとか…。」


「そんな…!」

セレーナは驚きを隠せなかったが、深く考えた後、落ち着いた声で言った。

「…でも、可能性はゼロじゃないわね。」


陽は力強く頷き、「そうだ。とにかく、あの核さえ破壊できれば突破口は見えてくると思う。今、俺が考えた作戦を話すから、聞いてくれ。」


陽が救出作戦の説明を始めようとしたその時。


ドンドンーーーッ。部屋の扉を叩くノック音が響き渡った。




陽は一瞬皆を見渡し、警戒しながらドアへと歩み寄った。そして、恐る恐るドアを開けると、そこに現れた人物を見て驚きの声を上げた。


「あなたは…!!」

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