第34話 姉の想い

 

 陽はドアを開けると、そこにはバジルと一人の若い騎士団員が立っていた。バジルは小さく笑みを浮かべて、陽たちに向かって軽く頷く。


「その話、わしらも混ぜていただきたい。」


驚いた陽は目を見開き、少し戸惑いながらもバジルを部屋に招き入れる。陽、セレーナ、レオンに加えて、バジルと新人騎士も加わり、ライサたちの救出作戦についての話し合いが始まった。


 翌日、地下牢獄に閉じ込められているライサとカイルがゆっくりと目を覚ました。薄暗い牢内で、カイルが目をこすりながら状況を確認する。


「姉上…」


ライサは目を細め、「起きたか、カイル」と、穏やかな口調で応えた。


「ここは…姉上…耳と尻尾が…! それに、父上は…生きているのか!?」


「まて、慌てるな。恐らく呪薬を飲まされ、獣人化が封じられている。お前も力が使えないはずだ。そこの騎士団員、私たちはどれくらい眠っていた?」


騎士団員はしっかりとした声で答えた。

「一日でございます。」


「そうか…ということは処刑まであと二日ある。なんとかしなければならないな…」ライサは険しい表情で言葉を呟いた。


カイルは拳を握り、悔しそうに口を開く。

「でも…この体でどうやって…」


苛立ちを抑えきれないカイルは、牢の外に立つ騎士団員に向かって声を張り上げた。

「おい!俺たちを出してくれよ!仲間だろうが!」


しかし、騎士団員は悔しげに目を伏せ、 

「申し訳ありません…我々には、国王カンジェロス様の命令に逆らうことは…」と、悲しげに答えた。


「お前らは、このままでいいってのか!?俺たちは国を守るために一緒に頑張ってきたのに、この裏切りを見過ごすっていうのかよ…!」カイルが怒りに任せて叫ぶと、ライサがそっと彼の肩に手を置き、落ち着いた声で言った。


「やめろ、カイル。こんな時に感情を荒げても何も解決しないぞ。冷静になれ。」


カイルは悔しげに唇を噛み、目を伏せた。ライサは深い息をつき、騎士団員に目を向けて語りかける。「騎士団員よ、私たちはまだ同じ目標に向かう仲間か?」


騎士団員は少しの間ためらったが、真剣な表情で頷いた。「はい、ライサ様。目的が同じであれば我々は同志です。」


ライサは感謝の気持ちを込めて頷き、「弟が失礼を言ったことを許してくれ。すまなかったな。」


騎士団員は悔しさを噛みしめながらも、ライサにしっかりと応えた。


 その後、ライサはカイルに視線を送り、「おい、カイル、こっちに来い」と、そっと彼を呼び寄せた。


「なんだよ、姉上、急に…」カイルが少し戸惑いながら近づくと、ライサはカイルをしっかりと抱きしめた。


「うわぁっ!!なにすんだよ、姉上!俺はもうガキじゃないんだ!」カイルが抵抗しようとするが、ライサは彼をさらに強く抱きしめる。


「わかっているさ。お前も随分と大きくなったな…あの頃と比べて。」


カイルは少し恥ずかしそうに目をそらしながら、「体だけ大きくなっても、まだ誰も守れないんだ。いつも姉上に守られてばかりで…」と、小さな声で呟いた。


ライサは優しく微笑み、「それは私のセリフだよ。お前がいるからこそ、私はここにいるんだ」と、懐かしそうに話を続けた。




 ーー


「十年前、私たちは迷宮に捨てられて、何もわからないまま、六日間彷徨い続けていた。飲み水も食べ物もなく、ひたすら迷宮の暗闇をさまよって…正直、死を覚悟していたよ。」


ライサは目を伏せ、一瞬その記憶に戻るように静かに息を吐いた。


「そんな中で、私が本当に限界に達して、もう動けないと思った時だった。お前が小さな声で、『姉さん、大丈夫だよ』って言ってくれたんだ。その時、お前の小さな手が私の手を掴んで、笑顔で上を向いてくれていてな…。あれは本当に不思議な瞬間だったよ。泣き出しそうな自分を抑えて、必死で強がっていたお前の笑顔を見て、私もなんとか立ち上がろうと思えた。」


カイルは言葉を失って、姉の話に耳を傾けていた。


「そして、その後も何度も魔物に遭遇した。でも、お前は怖いのを隠しながらも、私の後ろに隠れるだけで逃げようとせず、『ねえさん、負けるな』って、何度も声をかけてくれた。お前のその言葉がなければ、私は本当にそこで倒れていたかもしれない。」


ライサは少し微笑み、カイルの頭を撫でながら続けた。


「あの日、お前のその言葉があったから、私は初めて覇気が使えるようになった。目の前の魔獣に立ち向かい、そしてお前を守る力を得たんだ。そして、その時初めて、戦う覚悟を決めた。何があっても弟だけは守ろうってな。」


「その後も、何日も迷宮をさまよった。疲れ果てて寝込んだ夜もあったが、最後には偶然、迷宮の調査に来ていた父上と出会って…」



 ーー


 ライサはふと懐かしむように空を見つめ、「あの時、父上が私たちを見つけてくれなければ、今こうして生きてはいなかったんだよ。あの日、お前が私を支えてくれたから、私は戦える力を得て、そして父上の元で生きていけるようになったんだ。だから、私はお前に感謝している。」


カイルは姉の言葉に深く心を打たれ、静かに目を閉じた。その表情には、今まで胸の奥にしまい込んでいた想いが滲んでいた。


ライサは少し微笑んで、「だから、カイル。お前は私を守ってくれているんだよ。こうして私のそばにいてくれるだけで、十分に力になるんだ」と、彼をそっと抱き寄せた。


しかし、カイルは顔を伏せながら小さく首を振り、「それじゃダメなんだ…俺は、ただ守られるだけじゃなくて、強くなりたいんだ。自分の力で姉上や父上を守りたい。もっと強くなって…自分で守りたいんだよ…!」と、声を震わせながら、熱い想いをライサにぶつけた。


ライサは優しく頷き、カイルの肩をしっかりと掴んで、「お前のその気持ちが、私にとっては何よりの誇りだ。私たちは必ずここから脱出して、父上を救い出す。そしてまた一緒に強くなろう」と静かに約束を交わすように言った。


 カイルは少し照れくさそうにしながらも、小さく力強く頷いた。その時、ライサが脱出の策を思案していると、突然、檻の前に激しい光が現れた。


ライサとカイル、そしてその場にいた騎士団員たちは、目の前で突然現れた光に驚き、全員が警戒体制を取った。


「誰だ!!!」

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