第31話 覇気と虹
王宮の訓練場に足を踏み入れると、広大な空間に鍛錬用の器具が並び、鍛錬にはもってこいの場が広がっていた。
鋭い視線で彼の覚悟を試すように見つめるライサの前で陽は気を引き締め、深呼吸をし身構えた。
「陽、準備はできているか?」
ライサが静かに問いかける。
「はい、いつでもいけます。」
陽は頷き、ライサと向き合った。
微かに笑みを浮かべたライサは、
「この三日間、手加減なしで鍛え上げる。全力でついてこい。」と告げると、即座に獣人化を発動させた。
灰色の毛が手先に広がり、鋭い獣の目が彼を睨む。その圧倒的な気迫が陽に迫り、陽もまた一瞬でヘリオスの力を解放して獣人化を発動。体に光の魔力がみなぎり、互いの力がぶつかり合う瞬間、稽古場の空気が張り詰めた。
ライサは瞬く間に距離を詰め、鋭い拳を繰り出した。息を飲む速さだったが、陽はぎりぎりでその拳をかわし、すかさず反撃する。しかし、ライサは冷静に陽の動きを見切り、軽く身を引いて彼の拳を受け流した。
「なかなかやるが、まだ動きは遅い。」ライサが冷静に指摘する。
息を整えた陽は、「それなら、もっと速く!」と意気込み、魔力をさらに練り込んで突進した。次々と繰り出される攻撃も、ライサはすべてを見切るように受け流し、軽くカウンターを繰り出して陽を突き飛ばした。
「ぐはっ…!」陽は衝撃に膝をつき、息を整えながら、獣人化と魔法を同時に使いこなすための訓練を再開した。
「スピードを上げる為に足に光の魔力を込めたら、拳のパワーが落ちるな。」
どうしても体術に意識を向けると魔法の制御が乱れ、魔法に集中すれば獣人化の力が不安定になる。
ライサは陽の様子を見つめながら、
「獣人化と魔力のエネルギーは別々の力ではなく、体の中で自然に流れるエネルギーそのものだ。集中しすぎると、かえって互いを引き出せない。魔法を一つの“自然なエネルギー”として全身で感じ取るといい。」
とアドバイスを送った。
陽はライサの助言に従い、体全体に魔力が行き渡るイメージを浮かべた。魔法を「使う」のではなく、獣人化の力と「共にある」と感じると、次第に魔力が自然に体の隅々まで行き渡るのを感じた。
「……この感じか。よしっ、これならセレーナが俺に流してくれた魔力の流れと同じ感じだ。」
陽は試しに腕を軽く振り下ろすと、拳からアポロンに授かった火の魔力が自然と湧き上がり、一瞬にして炎の柱が立ち上った。
ライサは驚きつつも、目を細めながら、
「ほう、詠唱もなしに魔法が使えるのか。面白い。」
と呟いた。
「ライサさん!そのままいかせてもらいますよ!」
「火球弾フレイムバレット!」
陽は集中を保ち、右手を勢いよく振り上げると、今度は無詠唱で火球が次々と現れてライサに向かって飛び散った。ライサは目を見張りつつも素早く体勢を整えた。
「面白いぞ。陽!無詠唱でそれほどの魔法を…お前、本当に人間か?」ライサは楽しむような表情を見せながらも、「無詠唱は大きな強みだ。だが、さらに威力を上げるには、魔力の調整が必要だ。次は、魔力の流れを調整しながら体術を混ぜて動きを合わせてみろ。」と告げた。
陽は頷き、無詠唱の火の魔法を自然に繰り出しつつ、体術と融合させていく。すると彼の体から発する炎は、少しずつ威力と精度が増していき、まるで体の一部として自在に扱えるようになっていった。
陽は獣人化とエネルギーの流れを理解したことで、次の段階、「覇気」の習得に移る準備が整った。ライサは陽の様子を見て満足げに頷き、次の課題を教えるため彼に向き直った。
「いいか、陽。覇気というのは、ただの力ではない。自分の内側にある『意志』を力として放つものだ。相手に圧力をかけ、威圧して動きを封じるほどの力だ。何よりも重要なのは、意志の強さと集中力だ。」
陽は真剣に耳を傾け、「意志をエネルギーとして外に放つんですね。」と確認した。
ライサは頷き、「その通り。そして、覇気には相手に直接的な威圧感を与える力がある。感情と信念が乗っているからこそ効果がある。私が見本を見せるから、感じ取ってみろ。」
ライサは足を踏み込み、全身に力をみなぎらせた。次の瞬間、彼女の目が鋭く光り、周囲の空気が一気に張り詰め、場が圧倒的な重力で覆われたかのような感覚が広がった。陽は息を飲み、目に見えない覇気が自分に向かって押し寄せてくるのを感じ、体が無意識に強張った。
「ライサさんの覇気…毎回威圧感が凄い…」陽は必死に言葉を絞り出した。
ライサはゆっくりと覇気を収め、平静を取り戻して
「どうだ、感じ取れたか?集中が足りないと、力が乱れてしまうからな?自分の意志を集中させ、相手にぶつけてみろ。」とアドバイスを送った。
陽は、ライサの助言通り、内なる意志を力に変えて外へ放出しようと試みた。だが、思ったような圧力にはならず、ただの力任せになってしまう。
ライサは考え込み、
「陽、持っている意志をただ『出す』のではなく、もっと深い本能を引き出してみろ。お前は誰かを守りたいという意識が強い。であれば、自分の大切な仲間が傷つけられようとしている場面を想像してみるんだ。」
陽はその例えに心が揺さぶられた。仲間が危険な目に遭っていたら…その強い思いを意識の中で高めると、内なる何かが応じてくるのを感じた。
「その感覚だ。それを強く意識して、相手にぶつけるように放ってみろ。」ライサが助言する。
陽は深く息を吸い、仲間を守る意志を抱え、自分の内なる力を押し上げるように集中した。すると、彼の瞳が鋭く黄色く輝き、まるで獣のような瞳に変わった。
「はあぁっっ…!」
陽の体から放たれる覇気が周囲にあふれ出し、見えない圧力が一気に広がる。初めて発動したとは思えないほどの強烈な覇気に、ライサも驚きの表情を浮かべ、額に一筋の汗が流れた。
(初めてでここまでの覇気を放つとは…)
陽は圧倒的な力を放出する一方、その圧力に戸惑い、必死に息を整えようとしていた。その覇気の強さは増し、ライサも思わず身構えるほどだった。
「陽、それでいい…!今の感覚をしっかりと覚えろ。」ライサは声を張り上げ、陽を落ち着かせるよう促した。
陽は解放された力を全身で感じ、少しずつ息を整えて覇気を収めていった。
陽は、みっちりと獣人化と魔法の併用、そして覇気の使い方をライサから教え込まれ、体力の限界に達していた。
獣人化は確かに身体能力を引き上げるが、その分体力の消耗も激しい。ましてや、魔法との併用や覇気の解放も加われば、いくらヘリオスのエネルギーがあったとしても疲労は隠せなかった。
陽が肩で息をしながらふらついていると、ライサは彼の様子を見つつ、少し微笑みを浮かべて言った。
「陽、初めての稽古にしてはよくやったよ。だが、ここで終わりではない。獣人化の強さをさらに活かすには、獣人化前の人間の体でもっと筋力や体力を鍛え上げることが必要だ。」
ライサはさらに続けた。
「普段の人間としての体と獣人化の体の間に大きな差があると、その分だけ消耗が激しくなる。だから、普段からの筋力や体力をもっと高めておけば、獣人化しても体が自然についていけるようになるし、疲労も抑えられるんだ。」ライサは陽の肩に手を置き、言葉を続けた。
「人間としての力がしっかりついていれば、獣人化も覇気も無理なく併用できるようになる。つまり、普段から鍛えた体力が、戦闘時に頼れる力となるわけだ。」
陽はライサの言葉に深く頷いた。
「なるほど…魔力の器は大きくとも肉体的な器がまだ足りてないんだな。なんか、力の仕組みについて理解できてきました。ありがとうございます!ライサさん!」
ライサは陽の肩を軽く叩き、
「ならよかった。で、本当はこのまま身体トレーニングといきたいところだが、今日はもう十分やりこんだ。続きはまた明日にしよう。今日はしっかり休め。」と優しく告げ、騎士団の稽古場に戻って行った。
「ありがとうございます…」
陽は感謝を伝えたものの、これまでに感じたことのない疲労感が体を襲っていた。
「もう宿に戻る気力もねえ…」
と呟きながら、ふらふらと王宮の正門まで歩を進める。高校時代のバスケ部だった陽は、当時のハードな練習を思い出した。
「あーやばいやばい…」
息を整えようとするが、今にも倒れそうだった。
すると、遠くから陽の名を呼ぶ声が聞こえた。
「陽ーーーーーー!」
「お疲れっ!!」(ドンっ)
セレーナとレオンが勢いよく駆け寄ってきた。彼らは同時に陽の背中を軽く叩いた――が、その瞬間、陽の表情が変わった。
(こ、ここは王宮の正門だぞ…まずい!)
咄嗟に陽は王宮の外にある木陰まで走り出し、ギリギリのところで間に合った。
「陽、どうしたのかしら?レオン、様子を見てきてくれる?」
セレーナが心配そうに顔をしかめ、レオンに様子を見るように促すと、レオンはにやりと笑いながら木陰へ向かった。
「おい、陽、大丈夫か?」と尋ねたその瞬間、レオンは思わず笑いをこらえられなくなった。
「大丈夫だぜ、姫さん!陽の口から、ちょっと虹が出てるだけだ!」レオンは笑いを抑えきれずにセレーナに伝えた。
「虹!?それって…!」
セレーナも驚きとともに陽の様子を伺いに近づく。
「陽!大丈夫!?!?ちょっとレオン!笑ってないで水!!」
「へいへいっ〜っ」
「すまん…セレーナ、レオン…ごんな、ずがだ…」
(ああああぁ…情けねえぇぇぇ…!!!)
彼がエリュシアにきて、二回目の小さな虹だった。
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