第2話 試練の始まり

ーーー異世界「エリュシア」ーーー

 広大な草原が目の前に広がり、遠くにはそびえる山々。太陽の光が降り注ぐこの異世界「エリュシア」に、陽は戸惑いながらも立っていた。先ほどまでいた日本の公園が一瞬で消え去り、今や自分は異世界にいる。陽の心には、まだ混乱が渦巻いていた。


「本当に、異世界に来ちまったのか……」陽は周りを見渡しながら呟いた。ここには、見たことのない生物たちが歩き回っている。光を放つ蝶のような生き物や、小さな精霊たちが宙を漂っていた。


「信仰を集めるって、どうすればいいんだ……」陽はため息をつき、アポロンからの指示を思い出す。彼が託された「力」がまだ具体的に何なのかも理解できていないままだった。


「とにかく……あの村に行ってみるか」陽は少し離れた場所に見える小さな村に目を向けた。村が見えたことがせめてもの救いだった。何も分からないこの世界で、まずは情報を集める必要がある。


 陽は村の入り口に辿り着き、慎重に周囲を観察した。村の人々は一瞬、陽に驚いた顔を向けたが、特に深くは気にしていないようだった。村人の多くは自分の仕事に戻り、平穏な日常を送っている様子だ。村はこじんまりとしていて、石造りの小さな家々が並んでいる。家畜を飼う広場や、中央には井戸があり、人々が水を汲む姿が見えた。村全体が自給自足の生活を送っているようだった。


「すみません、この村のことを教えてもらえませんか?」陽は近くに座っていた老人に声をかけた。


「おや、見慣れない顔だね。旅人かい?」老人は穏やかに微笑みながら陽を見上げた。


「ええ、少しこの世界について知りたいんです。ここはどんな場所なんですか?」


 老人は懐かしそうな顔をしながら話し始めた。「ここはエリュシアの片隅にある村さ。『カルマ』という名の小さな村だよ。我々は代々、この土地で自然と共に平穏に暮らしてきた。村の周りには肥沃な土地が広がっていて、農業が主な生活手段だ。家畜も少し育てているが、村は外の世界から離れていて、交易もあまりないからな、昔ながらの自給自足の生活を送っているよ。」


 陽は村ののどかな景色を見渡した。人々が平和に暮らしているように見えるが、どこか不安げな表情が垣間見えた。


「だが、最近は少し不安が広がっているんだ。」老人は深い息をつきながら続けた。


「不安?」陽は眉をひそめた。「何か問題が起きてるんですか?」


 老人は顔を曇らせ、声を潜めながら話し始めた。「そうだ。山の向こうに、『シャドウリーパー』という恐ろしい魔物がいるんだ。姿は霧のようにぼんやりとしているが、黒い影のような存在で、人々の心に恐怖を植え付け、暗い感情を増幅させる。それによって、力を得ているらしい。最近では、村の作物が急に枯れたり、家畜が突然亡くなったりと、不吉な出来事が相次いでいる。」


「それだけじゃない。村の子供たちが、夜になるとひどい悪夢にうなされて泣き出すことが増えてきたんだ。夢の中で、何か黒いものに追われているようだと言っているよ。村全体が少しずつ、シャドウリーパーの影響で怯え始めている。」


 陽はその話を聞き、心の中に不安が広がった。「そんな魔物が近くにいるなら、他に助けてくれる者がいないのか?村は守られていないのか?」


 老人は首を振り、少し悲しげに語った。「この村は外界からかなり離れているし、かつては戦士や守護者がいたが、今ではみんな年老いてしまった。村の若者もこの脅威に立ち向かえる者はほとんどいない。大きな都市や国からの支援も期待できないんだ。だから、自分たちでなんとかするしかないが……それも限界に近づいている。」


 陽はその言葉を聞いて、胸の中に重い責任感がのしかかるのを感じた。


「……本当に俺がやるしかねえのか。」


 陽は村の外れにある丘の上に立ち、シャドウリーパーの脅威にどう対処すべきか考え込んでいた。すると、頭の中に再びアポロンの声が響いた。


「陽、お前には私の力がある。お前は太陽の光を操り、シャドウリーパーの影を消し去ることができる。」


「ちょっと待てよ!」陽は苛立ちを隠せなかった。「俺はただのサラリーマンなんだぞ!こんな異世界の魔物と戦えって言われても、どうすりゃいいんだ?そんな大層な力があるって言うけど、俺には実感がないんだよ!」


「お前はまだ自分の力を完全に理解していないが、心配するな。お前には『太陽の加護』が宿っている。光は闇を照らし、敵を浄化する。そして、私の分身体とも言える魔獣『ヘリオス』が共に戦うだろう。」アポロンの声は静かで、確信に満ちていた。


「分身体だと?」陽は疑問をぶつけた。「神がそんな存在を簡単に作り出せるのか?」


「我々神々は、己の力を一部宿した存在――魔獣を創り出すことができる。ヘリオスは私の象徴、太陽の力を持つ黄金のライオンだ。お前が呼べば、彼はお前の導き手となり、戦いにおいても力を貸すだろう。」


 陽は一瞬言葉を失ったが、次に浮かんだのはさらなる反発だった。「それでも、なんで俺なんだ?こんなこと、俺じゃなくてもできるだろ。王座を目指せって言われても、意味がわからないんだよ。」


 アポロンは一瞬の静寂の後、再び語り始めた。「今、天界と下界の均衡はゼウスの不在によって崩れつつある。ゼウスが天界を統治していたことで、神々の力はバランスを保ち、下界も平和を保っていた。しかし、もしこのままゼウスが不在のままなら、神々の力が無秩序に膨れ上がり、天界と下界の境界が曖昧になってしまう。最悪、下界と天界が融合し、争いが絶えない世界になるだろう。お前が元の世界に戻るためには、天界と下界の均衡を保つために、王座が新たな者によって守られる必要がある。」


「……元の世界に戻れないってことか?」陽の心臓が一瞬ドキリとした。


「そうだ。そして、他の神々が王座に就いた場合、平和を望む者ばかりではない。中には争いを好む者もいる。彼らが力を持てば、下界は終わりなき戦乱に巻き込まれることになるだろう。私は太陽神として、ゼウスの意思を継ぎ、平和な世界を作りたい。お前もそれを望むのではないか?」


 陽はしばらく沈黙していたが、アポロンの言葉は心に響き始めていた。元の世界に帰るため、そして村の人々を助けるために、今自分がやらなければならないことが見え始めていた。



 夜になると、村を覆うようにしてシャドウリーパーの影が現れた。黒く冷たい霧のようなそれは、ゆっくりと村に広がり、人々の恐怖心を増幅させていく。


「これがシャドウリーパーかっ!」陽はその圧倒的な存在感に、一瞬体が硬直した。だが、アポロンの声が再び頭の中で響く。


「恐れるな。お前には私の力がある。光で影を打ち払うのだ。」


「くそっ!俺が……やるしかねえか。」陽は歯を食いしばり、太陽の加護を全身に感じた。光が彼の手のひらに集まり、同時に彼の前に黄金のライオン、ヘリオスが現れた。巨大なライオンは太陽の輝きを纏い、光の刃を放ちながらシャドウリーパーに立ち向かった。


「あー、よくわからねぇけどっ!!行くぞ、ヘリオス!」陽は叫び、シャドウリーパーに突進した。ヘリオスの咆哮と共に、太陽の光がシャドウリーパーの影を切り裂く。影の怪物はたじろぎ、退散しようとするが、光がそれを許さなかった。


「これで終わりだ!」陽は全力で太陽の光を放ち、シャドウリーパーを包み込んだ。影は完全に消滅し、村を覆っていた恐怖も消え去った。



 村に戻ると、村人たちは陽に駆け寄り、感謝の言葉をかけた。彼らの笑顔を見て、陽は初めて自分が人々の信仰を得たことを感じた。


「何だか体からエネルギーが湧いてくる……。これが信仰の力か……?」陽はまだその実感が湧かないまま、肩で息をしていた。


 アポロンの声が再び頭の中に響く。「よくやった、陽。だが、これからが本当の試練だ。お前はこの世界で、さらなる信仰を集めなければならない。そして、王座を目指すのだ。」


 陽はしばらく黙っていたが、アポロンの言葉が少しずつ理解できるようになってきた。「もし俺がここで動かなければ、元の世界に戻れないかもしれない……それに、もし他の神々が争いを起こしたら、下界は滅茶苦茶になる……」


「どちらにせよ、信仰を集めなければいけないのであれば、やるだけやってみるか……。」


まだまだ、納得しきれない感情との葛藤を抱きながら、少しばかり覚悟を決めた陽であった。

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