硝子の電マー:解決編
6000体ものキョンシー全員が容疑者の中、富豪を殺した犯人を当てなくてはならないという空前絶後の難事件。
へっぽこ探偵のブラウンは一度帰宅し、真っ暗な事務所の中でパソコンと睨み合っていた。
開いているのは「新しいフォルダー」という名前の一見すると普通のフォルダである。しかしその容量は軽く100GBを超えていた。そう、ブラウンは秘蔵のエロ漫画をここに溜め込んでいたのだ。
「どれにしようかな……。全く数が多すぎると迷うぜ」
たっぷり時間をかけて迷いに迷った挙げ句、選んだのは処女のハーピーの群れに少年が狩られてしまう……という内容のものであった。
「ほっほっほっほっほっほっほっほっ……」
乳首を触って感度を高めつつ、ブラウンの意識は少年と同化していく。
「お、お姉ちゃんたちのなか、すごい締まりだよおっ!」
ブラウンは心の奥底まで完全にハーピーの巣穴に迷い込んだ少年に成りきっていた。
あまりの恍惚に魂が肉体を離脱し、涅槃へと導かれる。――と、その瞬間!
「イクッ!!」
ブラウンは事件の真相を導く、たった一つの推理をひらめいていた。
「おんりーろーりー・ぐろーりー先生。やはりあなたの描くおねショタは最高だ。新刊もマジで期待している。そして俺はこれから、あの忌まわしい殺人事件を解決しなければならないようだ」
すぐさまDLsiteに飛び、作者の新刊を予約しながらそう呟くブラウン。その目は、かの賢者王イッタアート・ダリにも匹敵するほどの物悲しさをたたえていた。
ブラウンは何やらゴミ箱の中に消臭剤を吹きかけると、その足でドン社長が死んでいた豪邸へと向かった。ちなみに豪邸は事務所から徒歩数分で着く位置にある。
豪邸では、多数の警官がキョンシーたちに「ドン社長を殺したのはお前か?」と質問を行っていた。だがどのキョンシーも首を横に振るばかりだ。
「待たせたな。もうそんな無駄なことはしなくていい。俺が完璧な真相にたどり着いた」
ブラウンはそう言うと、ドルガタ警部と下っ端の警官たちを例の寝室に集めた。やはりギャラリーは多いほうがいい。
「ドルガタ警部。さっき言った通り、昨晩寝室の清掃を担当していたキョンシーたちをここに連れてきてくれたか?」
「ああ。ちなみにアンタの面目を潰そうと先んじて『ドン社長を殺したのはお前か』という質問をしてみたが、全員否定するだけだったぞ」
ドルガタは基本的に推理だけ当ててもらって捜査が楽になりさえすればOKで、推理を語った後の探偵は用無し扱いするタイプのドワーフなのだ。
「そりゃあそうだろうな。だが、こう聞いていれば肯定してもらえたはずだぞ。『ドン社長の死体の血痕を拭き取ったのはお前か?』」
すると、部屋の壁際に立たされていたキョンシーが一斉にうなづいた。
「な、何っ!? キョンシーに犯行の後片付けを命じた真犯人がいるのか!? しかしキョンシーの命令の書き換えは、こいつらを作ったドン社長にしかできないはずじゃ……」
「いいや、違う。そうするならついでにドン社長の死体まで片付けてもらえればもっと証拠の隠滅になっただろう? このキョンシーたちは、ドン社長の血痕を部屋の汚れだと思っていたんだよ」
ギャラリーの警官たちがどよめいた。ブラウンはそれを聞いて鼻を高くする。実際彼の心中では、ピノキオ並みに鼻が伸びていた。
「フン、なるほどな。だがまだ問題は残っているぞ。どのキョンシーが社長を殺したんだ? そしてそのキョンシーはどこだ?」
ブラウンが称賛を浴びるのが心底気に食わないドルガタは探偵に詰め寄る。
「ああ、それなら簡単だ。ドン社長を殺したキョンシーはここにはもういない。それが具体的にどこかというと――」
ここでブラウンはポケットから何かの小さな包みを取り出し、手の平に乗せた。包みの中に入っていたのは、真っ黒な遺灰である。
「詩的な表現をするなら、2度目の死を迎えてもう既にあの世だな」
「は、はあっ!?」
ドルガタがわけが分からない、というように叫んだ。続いてギャラリーたちも疑問符を浮かべる。
「これは焼却炉で見つけたキョンシーの燃え殻だ。このキョンシーがドン社長を殺した真犯人だよ。おい、お前ら! 『この灰になっているキョンシーを片付けたのはお前らか?』」
すると、再びキョンシーたちがうなづいた。
「全く意味が分からん。キョンシーがキョンシーを片付けた? 仲間割れか?」
「違う。事件の流れはこうだ。まず、いつものようにドン社長はキョンシーとセックスをしていた。そして……恐らくハッスルしすぎたんだろう。彼はあまりに行為に熱中するあまり、相手のキョンシーの額に貼られたお札が剥がれそうになっているのに気づかなかったんだ」
ブラウンはそう言いながら、警察官たちを見つめる。新鮮な反応が得られて素直に嬉しい。疑り深くて反論ばかりのドルガタとは大違いだ。
「そしてそのうちに額のお札が剥がれる。するとどうなるか? そこの君、言ってみなさい」
質問形式で警官の一人を指さすブラウン。気分は完全に名探偵兼大学教授である。
「は、はいっ! キョンシーはただの死体に戻ると思うであります!」
「そう。キョンシーはただの死体に戻る。すると死後硬直が起き、キョンシーの膣は急激に収縮を始めた。そのせいでドン社長は思わぬタイミングで大量射精。その勢いで床に頭を打ち付けて死んだんだ。もちろんその後、床に撒き散らされたおびただしい量の精液と血液、およびただの死体に戻ったキョンシー自身はこの片付け役のキョンシーたちによって焼却されたがね」
警官たちはどよめき、中には拍手をする者もいた。
「おい! やめろ! 拍手するな! クビにするぞ!」
ドルガタが喚き散らし、警棒を振り回す。
「しかしな、アンタの推理は全部証拠がない。社長が射精のしすぎで死んだというなら証拠を持って来い、証拠を」
ドルガタが憤懣やる方ないといった様子でブラウンを睨みつける。もはやどちらが警察か分からない。
「証拠か。もちろんある」
今度はブラウンがニヤつきながら、キョンシーたちを指さした。
「彼女たちに全て聞いてみればいい。『ドン社長は射精の勢いで頭を打って死んだのか』って。『昨日ドン社長とセックスしていたキョンシーはセックス中にお札が剥がれたせいで死体に戻ったのか』って。ドルガタ警部、キョンシーは嘘が吐けないって言ったのはアンタだぞ」
ドルガタはしばらく言葉に詰まり、そしてうなだれた。ブラウンの完全勝利だ。
「フン、薄汚いイヌが探偵に楯突こうなんて100年早いんだよ」
中指を突き立て、勝利宣言をするブラウン。これでギャラリーたちもさらに自分に心酔してくれるだろう。
――しかし。
「おい、いま薄汚いイヌって……」
「俺たち警察のことか?」
「ああ、俺たちのことを薄汚いって……」
「素人童貞のくせに……」
雲行きが怪しくなってきた。
「い、いや、あのだね、君たち……っていうか俺は素人童貞じゃないぞ」
ブラウンは冷や汗を垂らしながら必死で弁解しようとする。だが、一度冷たくなった彼らの視線は永遠に冷ややかなままであった。
「ブラウンせんせ、もう終わっただか」
するとベッドに積まれていた毛布の山がずるり、とはだけて中からサンチョが姿を現した。どうやらあれからずっと眠りこけていたようだ。
「せんせ、一部始終は全部聞かせてもらっただよ。やっぱりせんせにはオラが必要だぁね」
ブラウンの肩をぽんぽんと叩くサンチョ。
「だからせんせもオラをクビにするとかいうつまらない冗談を言っちゃ駄目だよ。しかしせんせは素人童貞だっただか。これは隣町まで吹聴する必要があるだよ」
ブラウンは突然震え始めた。あまりの感動とサンチョへの感謝で気を失いそうになっているのだろうか。
「……こ……こ……殺してやるぅ!」
そう叫ぶが早いかドルガタから警棒を奪い、サンチョの脳天に振り下ろす。
――だが。
「おお、元気になって嬉しいだよ。ほら、早く帰ってデリヘルの予約を入れるだよ。それが健康の秘訣だ」
やはりサンチョには全く効いていなかった。
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