月と糞袋:解決編

 銀の銃弾以外では絶対に死なないはずの狼男が病院内で殺され、その凶器が忽然と消えたという空前絶後の難事件。


 へっぽこ探偵のブラウンは例によって歓楽街の門を叩いていた。


 今回ブラウンが選んだ店は「れでぃ暴威」。俗にいう男の娘風俗である。ここでは、男の娘だけが入隊を許されるボーイスカウトに客の少年が紛れ込んだ……という設定で人気を博していた。


「おちんちん気持ちいいよぉ……」


 もう中年に差し掛かろうという年齢の成人男性ブラウンは、探検家の衣装をまとったラミアの男の娘を前に白目を剥いて喘いでいた。


「ほーら、後ろも気持ちよくなっちゃうよ~?」


「ほっほっほっほっほっほっほっほっほっ」


 ラミアの華奢な指がブラウンの尻に伸び、興奮で自我すら薄れた自称名探偵は無様に舌を突き上げて息を荒くする。アクメである。


「男なのに後ろ触られてイキそうなんだぁ」


 ブラウンは心の奥底まで完全にボーイスカウトに成りきっていた。


 あまりの恍惚に魂が肉体を離脱し、涅槃へと導かれる。――と、その瞬間!


「アッ!!」


 ブラウンは事件の真相を導く、たった一つの推理をひらめいていた。


「ラミアのお嬢さん、やっぱり延長はなしだ。俺はこれから、あの忌まわしい殺人事件を解決しなければならないようだ」


 今まで尻をまさぐられていた相手に凛々しい顔で延長の断りを入れるブラウン。その目は、かの賢者王イッタアート・ダリにも匹敵するほどの物悲しさをたたえていた。


 延長なしの45分プランを終え、ブラウンはあの総合病院へと向かった。病院ではドルガタを始めとする警察や放射線科の職員たちが待機していた。ブラウンの推理を聞くために集まったのだ。


「探偵の先生。真相が分かったって、本当なんだろうな?」


 ドルガタが開口一番突っかかる。もしかしたら彼は、警察の威厳を示すために常に誰かに威張らなければならないという強迫観念に駆られているのかもしれない。


「ああ、どうやって犯人はエドワード医師を殺害し、その凶器をどこに隠したのかが完璧に理解できた」


 自信ありげにブラウンは胸元から紙片を取り出した。放射線科のある院内のフロアマップだ。


「この地図によると、放射線科にはMRI装置が3機配備されているらしい」


「ああ、そうみたいだな。だが、それがどうかしたのか?」


「ドルガタ警部も知っていると思うが、MRI装置っていうのは超強力な磁力を使って脳や血管の異常を調べる装置だ。……そう、金属を高速で射出する程度の磁力なら造作もなく発生できるだろう」


「……おい! まさか、MRI装置で銀を高速射出して殺したっていうのか!? だが、銀に磁性はないし、弾丸をデカいものにする意味も分からんぞ。普通に銃を持ち込んで殺せばいい」


 ドルガタは日常生活で金属を扱う種族であるドワーフ族の知識を活かして、意外にも反論を試みた。しかしこれはもっともな疑問だ。銀には磁石に引かれる性質――磁性は存在しない。わざわざMRI装置を使わずとも、銀の銃弾を撃ち込めばそれで目的は達成されるはずだ。


「銀の銃弾は、恐らく外側だけコーティングされていたんだろう。内側を鉄などにしておけば問題なく射出されるはずだ」


 ブラウンは室内を歩き回りながら論理展開を続ける。


「――そして、わざわざ十数センチサイズの巨大な弾丸を使用した理由だが、これには2つの目的があった」


「2つの目的?」


「ああ、まずは死体を必要以上に損壊することで、あるを隠したかった、というのが1つ目の目的だ」


「もったいぶるなよ。早くその目的とやらを話してくれ!」


 せっかちなドルガタがブラウンを急かす。もはやこのやり取りも恒例になってきた。


「それはな、エドワード医師の肛門だよ」


「こ、肛門!?」


「ああ、エドワード医師は肛門を使った自慰行為――通称アナニーを行う趣味があったんだ」


 ドルガタはあまりの衝撃に言葉を失った。この探偵は何を言っているんだ。死者の名誉を傷つけるためにありもしない虚言を吐いているのではないか。そもそもコイツはどうしてエドワード医師がアナニーをしていると思ったんだ。狂っている。


「エドワード医師は、常日頃からアナルを使った性行為や自慰をしていた。そして、その性癖にはパートナーがいたんだ」


「お、おお……」


「そのパートナーは、恐らくエドワード医師との関係が発覚するのを防ぐために今回の凶行におよんだのだろう」


「つ、つまり……その……肛門がパートナーの陰茎の形になるまで拡張されていて、それを分からなくするために……殺した?」


「そう。それが第一の目的だ」


 ブラウンは無情にもドルガタの推理を肯定する。


「そして、そのパートナー――犯人は、エドワード医師のある秘密を知っていた。それが、だ」


「はあ?」


「肛門に挿入して快感を味わうタイプのオモチャ、それがだ」


「二度も言わんでいい。わいせつ行為で逮捕するぞ。それで? なんでアナルプラグをつけていることと巨大な弾丸を使用したことに関係があるんだ?」


「アナルプラグには様々な種類がある。シリコン製のもの、木製のもの……そして、金属製のもの」


「あ! まさか!」


 ドルガタは恐ろしい事実に気づき、身震いする。まさかそんな、そんなことがあり得るのだろうか。


「そう、MRI装置で射出したのはエドワード医師のアナルプラグだったんだよ。彼が日常的に着けていた金属製のアナルプラグを銀製のものとすり替えMRI装置で射出、これなら凶器を持ち込む前に万一身体検査をされてもバレるはずがない。なぜならんだからな」


「唯一狼男を殺すことのできる弾丸で死ぬ寸前まで快感を得ていたなんて、皮肉なもんだな……」


 しみじみと言葉を紡ぐドルガタ。これまで異常な事件に関わってきた彼だが、ここまで人の尊厳を完膚なきまでに破壊し尽くした殺人は初めてであった。


「そう、そしてその犯行が可能なのはMRI装置の操作方法を知っている放射線科の医師――の中で事件当日にMRI装置の調整を行っていたシュドー医師! あなたが犯人だ」


 ブラウンは人差し指を立ててビシッっとシュドーを指さした。まるで名探偵のようである。


「ん~、いや証拠がないでしょ。ブラウンさんの推理は一見スジが通っているようだけど、犯人を僕だと断定する証拠は一つもありませんよね~?」


 しかしシュドーはなかなかに強情だった。


「それは……MRI装置を調べれば血液反応が出るはずだ」


 ブラウンの言葉ですぐに鑑識がMRI室に派遣され、血痕の採取が行われた。


「駄目です! 何かしら拭き取った痕跡はあるのですが、血液反応など犯行を示すものは一切出ません!」


「ほら~。全然駄目じゃないですか~」


 勝ち誇るシュドー。優秀な医師である彼に丸2日以上の猶予を与えたことが悪手となったか。しかし、ブラウンには奥の手が――


「今だ! サンチョ!」


「がってんしょうちですだ!」


 ブラウンのひと声で物陰に隠れていたサンチョが飛び出し、シュドーを羽交い締めにする。


「くッ! 離せ!」


「この尻尾、怪しいですだなあ~」


 サンチョがオークの竿役のような下卑た笑みでシュドーの尻尾を弄び、一気呵成に引っ張った!


「や、やめ……お゛っ゛」


 ヌポォという卑猥な音を立てて引き抜かれたそれは、人間の太もも大はあろうかという巨大なアナルプラグであった。


「木を隠すなら森、というわけだぁね。本物の尻尾と尻尾型のアナルプラグの見分けは普通つかないだよ」


「なるほど、消えた凶器はこんなところに隠されていたのか……」


「さあ、証拠は出たぞ! シュドー医師、観念したらどうだ!」


 ブラウンは尻尾型アナルプラグを引き抜かれて痙攣しているシュドーに詰め寄る。


「……ふ……ふふ……ふはははは!!」


 急に笑い出すシュドー。ついに罪を認める気になったのか。


「ええそうよん。アタシがエドちゃんを殺したの!」


 観念して全てをさらけ出したシュドーは、突如としてオカマ口調になった。それを見た警察官の何名かが思わず嗚咽を漏らす。


「あの子ったら、アタシとの関係をバラすって言い出すんだもの。困っちゃったわあ」


「それで殺しただか! やっぱりオラの推理は当たってただね! しかもちゃんと女の腐ったようなやつだっただよ」


「な、なんですって! キーッ」


 吠えるシュドーにそれを煽るサンチョ、そして鎮圧に動く警官たちと現場は地獄絵図と化していた。


 一時間後。なんとか連行されたシュドーを見送り、帰路に着くブラウンとサンチョ。今回はちゃんと報酬も支払われるとのことでホクホクとしていた。


「せんせ、実は言いにくいんだども……」


 サンチョがおずおずと口を開く。


「おお、どうしたサンチョ君。言ってみたまえ」


 ブラウンは明らかに気が大きくなっていた。今なら多少の衝撃にも耐えることができるに決まっている。


「ウチの事務所、けっこう借金があるだ。その……事務所のお金を競馬につぎ込んじまって……なんとか返そうと……万馬券に変えようと何度も頑張ったんだども……あのカスのケンタウロスがゴール前で転んで……まあでも今回の報酬でちょうどチャラになる金額だから良かっただよ」


「ほっほっほっほっほっほっほっほっほっ」


 ブラウンは現実逃避のため、急に両手で自身の乳首を弄り始めた。無様に舌を突き上げて息を荒くする。アクメである。


 もう日も暮れそうな秋の空の下、探偵の切ないオホ声がこだました。

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