セックス家の殺人:解決編

 サキュバスが10人の男性とともに『セックスしないと出られない部屋』に閉じ込められ、そのまま餓死したという空前絶後の難事件。


 へっぽこ探偵のブラウンは考えをまとめるため、オークで助手のサンチョを伴って一度探偵事務所に帰宅することにした。


「ブラウンせんせ、オラ思うんだども」


 紅葉の舞う路地をとぼとぼと歩いていると、唐突にサンチョが口を開いた。どうやら彼も無い頭をひねって推理に勤しんでいたらしい。こういう時のサンチョの話は傾聴に値する。なぜならその推理は100%外れているからだ。無駄な道筋の除外に役に立つ。


「もしかしたら、その10人の男たちは全員ゲイだったんじゃないだか?」


「なんだサンチョ。男たちがゲイだったから女のサキュバスに興味が湧かなかったってことか?」


 ブラウンはサンチョの言葉にため息を吐く。


「そうだ。これならサキュバスがいくら誘惑しても無駄だから、セックスが成立することはないだよ」


 サンチョは誇らしげに胸を反らした。――だが。


「あのなあ。サキュバスのほうが人間よりも腕力が強いんだぞ。いくらゲイでも無理やり襲って前立腺でも突いて搾り取っちまえばいいだろ」


 ブラウンはサンチョの推理をバッサリ切り捨てた。


「だども……オラ、男たちがゲイセックスをしてたような気がしてならないだよ」


 サンチョのゲスの勘ぐりは良くない方で当たる。これは一考の価値があるかもしれない。


「まあ、お前は帰って床の水拭きと便所掃除でもしておいてくれ。俺は灰色の脳細胞を活性化させるためにおっぱぶに行ってくる」


「あーっ、それはオーク差別だよ。せんせ、オラも久しぶりにおっぱぶに連れて行ってほしいだ。プリパイを吸いたいだよ」


 サンチョの言葉を無視し、ブラウンは手をヒラヒラと振りながら踵を返した。ちなみにプリパイとはプリのオッの略で、サンチョの造語である。


 数十分後。ブラウンは歓楽街の入口に立っていた。ここは魔都イチの風俗店が乱立している。ブラウンは期待と共に股間を膨らませた。


 選んだ店は「おねショタ・イン・ザ・ヘル」であった。客自身が年端もいかぬ少年のロールプレイを行い、お姉さん役のキャストが言葉と肉体で接待を行う、という体験型の大人気違法風俗店だ。


「ふ、ふぁぁ……お姉ちゃん……僕もうオシッコ出ちゃうよ……」


 さっそく入店したブラウンは貸し出されたランドセルを背負い、お姉さんを名乗るエルフとプレイに興じていた。


「くすくす……ボク、なんか出ちゃうの? 何が出ちゃいそう?」


「わかんない……わかんないよぉ……オシッコだよぉ……」


 ブラウンは心の奥底まで完全に少年に成りきっていた。


 あまりの恍惚に魂が肉体を離脱し、涅槃へと導かれる。――と、その瞬間!


「アッ!!」


 ブラウンは事件の真相を導く、たった一つの推理をひらめいていた。


「エルフのお姉さん、今すぐこの警察署に電話をかけてくれ。俺はこれから、あの忌まわしい殺人事件を解決しなければならないようだ」


 今まで胸にむしゃぶりついていた相手に凛々しい顔でドルガタから貰った連絡先を渡すブラウン。その目は、かの賢者王イッタアート・ダリにも匹敵するほどの物悲しさをたたえていた。


 しばらくして、ドルガタと警官たちが「おねショタ・イン・ザ・ヘル」に集まってきた。


「おい、人間。こんなドスケベな店に警察を呼び込んでおいて、推理が間違ってましたじゃ許されねえぞ」


 国家権力を傘に着たドルガタは威圧的に警棒をチラつかせた。


「いや、これに関しては間違っていない。絶対に合っているはずだ」


 ブラウンは自信満々にそう答える。


「俺は気づいてしまった。あのサキュバスは精液を飲まなかったんじゃない。飲みたいのに精液が室内に存在しなかったんだ」


 ブラウンから発せられた予想外の言葉に首をひねるドルガタたち。


「まずはこれを見てくれ。これは15110の記事だ。さっきそれらしい事件がないか調べたら、一番にヒットしたよ」


 スマートフォンの画面を拡大し、ドルガタの目の前に突き出したブラウン。そこには確かに「10人の男児が一夜にして突然姿を消す。誘拐が濃厚か」と書いてあった。


「ああ、この事件は覚えてる。俺が所轄だった頃に担当した。かなり衝撃的な事件だったからな」


「この事件が起きた場所と、例の事件の現場となった教会、妙に近いとは思わないか?」


 今度は地図アプリを立ち上げ、位置関係を確認する。2つの現場は、ほんの数百メートルしか離れていなかった。


「んん……? しかしアンタ、この誘拐された男児たちがどうしたっていうんだ?」


「警察も案外ニブいんだな。例のセックスしないと出られない部屋から発見された男の数は10人。そして、15年前に誘拐された男児の数もきっちり10人。つまり――」


「あの男たちが15年前に誘拐された男児だっていうのか!?」


 ドルガタはブラウンがせっかく披露しようとした推理を遮り、声を張り上げた。


「しかし……なんで今更? なんであの部屋にいたんだ?」


「その答えに気がつくまで俺も時間がかかったよ。しかし、謎は解けた。この店のおかげだな」


 推理を妨害され、露骨に嫌な顔をしたブラウン。しかし気を取り直して再び推理の披露を始める。


「あのサキュバスは、人間とサキュバスの成長の違いを理解していなかったのさ」


「……つまり、どういうことだ?」


 ドルガタが再び首をひねる。


「人間というのは、成長速度が一定の種族だ。生まれて1年でセックスが可能になるほどに成長するサキュバスと違ってな」


 ブラウンは拳を突き上げた。その目にはわずかに悔恨が滲んでいる。


「例のサキュバスは恐らく年端もいかない男児たちを攫い、部屋に閉じ込めてゆっくりセックスするつもりだったんだろう。……精液が分泌可能な年齢になるまで、自分好みに調教してから」


 ここで一世一代の名推理を説くブラウンは歩みを止めた。


「しかし、彼女は知らなかった。人間は1年やそこらでは成体にならないことを――」


 ブラウンの言葉にドルガタは息を呑んだ。全てが解き明かされていくような感覚。全身がゾワゾワと総毛立つ。


「そして、さらに不幸だったのは、あの部屋が偶然にもセックスしないと出られない部屋だったということか。そのせいで彼女は、精液も出ないショタまみれの部屋で餓死するハメになったんだからな」


「部屋がクソまみれ残飯まみれのひどい有り様だったのは、単純に衛生観念が育ち切る前に攫われてしまったからで、やつらが何も喋らないのは言葉をロクに知らなかったのが理由か……おお……なんというおぞましい事件なんだ……」


 ドルガタは天を仰ぐ。


「あの名前も分からないサキュバスは殺されたんだよ。セックスしないと出られない部屋に、な……」


 ブラウンはそう言って悔しげに俯いた。正直、完璧だと思った。ここまで探偵の仕事を全うしたのは今回が初めてだろう。


 これで報奨金がたんまり貰え、あの古臭い看板も新品に買い替えることができる。心のなかでは既に金の使い道しか頭になかった。


「あ、そういえばなんだが。男たちは発見されるまでの15年間、異性のいない空間でどうやって性欲を解消していたんだろうな」


 ドルガタがぽつりと呟いた。


「そりゃあもちろん、ゲイセックスですだよ。それ以外考えられないだ」


 ふと聞き慣れた声がし、ハッと振り向くブラウン。


 するとやはりと言うべきか、サンチョが息を荒げて立っていた。


「せんせ、オラさっき隣の店で10発もヤっちまっただ。そのせいで出禁にされちまっただよ」


「何? お前、違法風俗店で性行為を強要したのか? みんな聞いたな? これは現行犯だぞ」


 ドルガタの目が光った。


「よし、ブラウン探偵事務所の功績は助手の強制わいせつ罪で取り消しとする。これで報奨金はなしだな」


「は? はあ~~~~!?」


 無情に告げるドルガタに、ブラウンは絶叫する。看板の買い替えが、家賃の返済が、おっぱぶ1年フリーパスが、全て幻と消えていく。


「まあ、アンタの推理はなかなか筋が通っていたよ。これは今後の参考にさせてもらう。逮捕されないだけマシだと思っておけよ。じゃあな」


 そう言ってドルガタは部下の警察を引き連れて「おねショタ・イン・ザ・ヘル」から去っていった。


 残されたのは、ブラウンとサンチョの二人。


「せ、せんせ……オラ、本当に申し訳ないと思うだよ」


 完全に燃え殻と化したブラウンに柄にもなくしおらしく声をかけるサンチョ。


「でも、明日は明日の風が吹くだぁね。諦めずに生きていけばいいことあるだよ」


「……こ……こ………………る」


 何かをブツブツと呟くブラウン。


「ん?」


「殺してやる!!!!」


 ブラウンはそう叫ぶやいなや、哀れなサンチョに躍りかかった。


 しかし、悲しいのは人間とオークの腕力の差よ。あれよあれよという間にサンチョに取り押さえられてしまう。


「せんせ、オラを殺すつもりだっただか?」


サンチョは悲しそうに呟く。


「サンチョ家の家訓には『犯される前に犯せ』というのがあるだよ」


サンチョの丸太のように巨大な股間が盛り上がっていく。


「せんせ、本当に申し訳ないだ。いや、これは、本当に家訓だから」


完全に目が座っているサンチョ。ブラウンへジリジリとにじり寄る。


「や、やめ……アーッ!」


【セックス家の殺人 完】

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