あの日の僕は
瑠栄
紙粘土の仮面ライダー
"桜が散る時に~♪"
「
「うーん・・・」
お母さん世代の昔の歌を右から左へ聴き流しながら、僕はボーッとひたすらに田んぼが続く田舎道を眺めていた。
"ウィーン"
窓を少し開けるだけで、緑の匂いがする。
それを胸いっぱいに吸い込むと、少しだけ体が楽になった。
自分の体が人生で1番弱かった時期、お医者さんに『美玖斗君は少し空気が綺麗な所に預けてはどうでしょうか』と言われ、車で3時間程かかるおばあちゃんの家へ訪れてたのだ。
"キキ―ッ"
「美玖斗ー、荷物持ったー??」
「持ったぁ!!!」
僕が大声で返事するのと同時に、外からおばあちゃんの声が聞こえてきた。
「みっくーん!!!」
「あ、おばあちゃん!!」
"ガチャッ"
勢い良くドアを開け、土の上を走る。
おばあちゃんに飛んで抱き着くと、『こらこら、走ったら危ないだろう?』と言いながらも抱きしめてくれた。
「久し振り、お母さん」
「久し振りね~。元気だった?」
「うん、私はね・・・」
そう言うと、お母さんは僕を見た。
僕は、ニコッと笑っておばあちゃんをギュッとした。
「僕、元気だったよ!!!」
そういうと、お母さんは少しだけ笑って、おばあちゃんに僕を預けて帰ってしまった。
お父さんが死んじゃってから、お母さんは前よりバタバタと忙しそうにしていた。
あの頃、幼かった僕でもわかる。
お母さんには、出来るだけ心配をかけちゃいけない。
この《おばあちゃんの家に来る》件も、僕から『行きたい』と言ったのだ。
お母さんは、僕の体調が悪くなる度に、僕より顔の色を悪くしてしまっていたから。
「みっくん」
黙りこくってしまった僕に、おばあちゃんは優しく声をかけた。
ハッとして笑顔を作ると、おばあちゃんの手を引いて笑った。
「ごめんね、行こっ!!!」
そう言って、僕達は家の中に入った。
おばあちゃんの家は、お父さんとお母さんと前一緒に来た時と同じように手入れが行き届いていた。
木製で天井は高く、囲炉裏もある和風の家。
「おばあちゃん、今日は何するの??」
お母さんから、『おばあちゃんのお手伝い、頑張るのよ』と言われていたから。
「うーん・・・」
おばあちゃんは、考えた後にポンッと手を打った。
「そうだ、みっくん。おばあちゃんと一緒に、肉じゃが作ってくれるかい?」
「うん、わかった!!!」
僕は走って台所に向かって、ハッとして先に洗面所に向かった。
"ジャー"
しっかりと手を洗ってから、台所に向かうとおばあちゃんはじゃがいもや肉などの材料を準備していた手を止め、ニッコリと笑った。
「お手々洗ってきたの?みっくんは、お利口さんね~」
そう言って、僕の頭を優しく撫でてくれた。
照れくさくなって、ちょっと笑うとおばあちゃんはニコニコと笑った。
「さぁて、御夕飯の準備しちゃうわよー!!」
僕も少しだけお手伝いして、御夕飯が出来た。
作り終えた頃には、辺りは既に日が暮れていた。
「ほら、食べましょう。お手伝い、ありがとうね」
「へへっ」
机まで運ぶのを手伝い、2人でご飯を食べる。
おじいちゃんは、僕はうんと小さい頃に死んじゃったらしく、顔は覚えていない。
チラッとおばあちゃんの左斜め後ろの方を見ると、お仏壇がある。
そこには、"僕のおじいちゃん"の写真もあった。
口を開けて、豪快に笑っている。
写真からも分かる通り、おじいちゃんは明るい人だったと聞いていた。
「「ごちそうさまでした」」
ご飯を食べ終えると、お風呂に入ったりして寝る準備。
「みっくん、どこで寝る?」
「・・・どこでも大丈夫だよ」
僕は、笑って言った。
本当は、おばあちゃんと寝たい。
僕のお部屋は、おばあちゃんのお部屋と隣にしてもらったけど、"田舎の慣れない所で1人で寝る"というのはまだハードルが高い。
でも、なるべく我儘は言わないようにしたい。
迷惑を、かけないように。
「・・・」
おばあちゃんは、俯く僕の事を見て、顔を覗き込んできた。
急な事にびっくりしていると、おばあちゃんは笑った。
「みっくん、おばあちゃんと寝ようか」
「・・・うん!!!」
僕は、嬉しくなって大きな声で返事をした。
夜だという事に気付き、慌てて口を塞ぐとおばあちゃんは笑った。
「ふふっ、大丈夫よ。さ、おいで」
大きく優しく温かな手に引かれ、僕はおばあちゃんと一緒に布団へ潜り込んだ。
「・・・ねえ、みっくん」
「・・・なぁに」
うつらうつらしてきた時に、おばあちゃんは僕の頭を撫でながら言った。
「みっくん、無理しちゃダメよ」
一瞬、ほんの一瞬だけ体がビクッと反応してしまった。
・・・どこで、バレちゃったんだろう。
「・・・僕、無理してないよ」
暗くて見えないのに、精一杯の笑顔で言った。
「・・・みっくん、辛かったねぇ」
おばあちゃんは、僕の頭を撫で続けた。
「お父さんは急に死んじゃって、お母さんには我儘言えなくて。お母さんも、バタバタしちゃって気付けないしなぁ。おばあちゃんも、すぐに行ける所にいてあげられれば・・・」
「ううん、大丈夫だよ」
いつも通り、笑顔で言う。
すると、おばあちゃんは今日来た時みたいにギュッと僕を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫。ここには、おばあちゃんしかいないからね。迷惑かけて、良いんだからね」
「・・・でもね」
そこまで言って、僕は口を噤んだ。
言葉が、出てこなかった。
先に沈黙を破ったのは、おばあちゃんだった。
「みっくん、頑張るのは良い事よ。でもね、頑張り過ぎもダメなのよ。今だけでも良いの。言いたい事、しっかり言いなさい。その方がね、心も軽くなるよ」
おばあちゃんは僕をギュッと抱きしめながら、背中をポンポンと叩いてくれる。
それから、僕の中にあった沢山の感情が一気に溢れた。
『もっとお父さんと遊びたかった』
『お母さんとも色んな所行きたかった』
『体が痛くっても、誰にも言えなくて苦しくて寂しかった』
わんわんと泣き喚く僕を、僕の言葉を、おばあちゃんは全身で受け止めてくれた。
その日の夜、僕は久し振りにぐっすりと眠った。
その後、僕は徐々に体調も良くなっていった。
これなら、お母さんの家にも帰れるかもしれない。
「みっくん」
畑仕事のお手伝いをしていると、おばあちゃんは僕に聞いた。
「お母さんの所、帰りたい?」
その問いに、僕は迷わず頷いた。
「うん!!!」
そう言うと、おばあちゃんは満面の笑みで笑った。
まるで、おじいちゃんみたいに。
* * *
お母さんの家に帰って来た翌日。
お母さんは、お仕事を休んでくれた。
洗濯物を畳んでいるお母さんの背中に、僕は勇気を出して声をかけた。
「ママ!!」
お母さんは、ハッとして振り向いた。
僕は、おじいちゃんやおばあちゃんと同じように満面の笑みで紙粘土を突き出した。
「学校の宿題なんだ!!一緒にやって!!!」
そう言うと、お母さん・・・ママは涙ぐみながら、ニッコリとして頷いた。
「うん・・・、やろう、やろうね」
僕は、ママに抱き着いた。
心もすごく軽くなった。
"これから、元気になれる"
そう、自分でもわかる程に。
* * *
「美玖斗ー!!」
「何ー!?」
それから、数年後。
僕は、中学生になった。
「今日、部活はー!!??」
「なぁーい!!」
バタバタとしながら、玄関へ向かう。
そして、ハッとして方向転換をし、ラビングを突っ切る。
"ザッ!!"
襖を引き、奥へ入る。
そこには、小さなお仏壇。
その目の前に置いてある座布団に座って、パンッと手を合わせる。
「皆、行って来ますっ!!!!」
今日一番の大声を出して、僕は和室を出た。
お仏壇の写真は、おじいちゃんとお父さん・・・そしておばあちゃんの写真。
その横には、僕があの時作った紙粘土の仮面ライダー、通称【チャレンジャー】が置いてある。
ドタバタと響く世話しない足音、
・・・遺影の中のおばあちゃんは、おじいちゃんと同じように豪快に笑っていた。
あの日の僕は 瑠栄 @kafecocoa
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