第5話 再点火
相変わらず不審火の報道は続いていた。
そこまで件数が多いわけでも無いがこれといった計画性もなくただランダムに火をつけているようだった。
シンリョウジョのドアが開いた。
「橘です」
小学6年生ただ一人だけだった。
「あれ?お母さんは?」
先日電話で母親と話した大和はてっきりまた親子揃って来るかと思っていた。
「母親は・・・どっか出掛けた」
「・・・そっか」
少年の複雑な表情を見てこれ以上はつっこむまいと思った。。
「ひさしぶり燕太くん」
和装の女性が暗闇から出て来たように見えた。これが彼女の診療時のスタイルなのだ。
「火の調子はどうかな」
「あんま出なくなった」
「よかった。今日はなんか持って来てるんだったな?」
いかるは留守中の時の番犬・大和のあまりにも形を成していない仕事ぶりにだいぶキレていたのだが喉元過ぎたので熱さも忘れていた。
「うん、これ」
燕太が取り出してきた箱の中に水色や赤色の半透明のタブレット型の飴が入っていた。
「これ・・・は・・・?」
大和は灯りに照らして半分透き通った中を見た。
「中に何かある・・・?」
「ねーちゃんの部屋で見つけた」
「ねーちゃん・・・?」
燕太には姉がおり、この1ヶ月家に帰っていないという事だった。
「ちょっと出てくるって言ってそのままどっかいった」
「・・・・で、どうしてこれをここに?」
いかるも飴の中に何かがあるのを見ていた。
「お母さんが『これを食べたから火が出たんじゃないか』って」
「食べたのか?」
「1個だけ」
「いつ口に入れた?」
「3週間くらい前」
いかるは麗麗の話を聞いて以来嫌な予感があった。
『これはりーちゃんが言っていた状況ではないのか?』
そう思いながらカルテを漁り前回の診療日を見た。そこから逆算した日付を考えても時期は一致していると見ていいだろう。
「大和くん」
「は、はい!」
「こないだおかしな奴が来たって言ってたな」
「えっと・・・」大和の脳裏に細身の高身長の男の姿が浮かんだ。「あぁあの変な探偵の」
「そいつと連絡取れるか?」
「え?連絡ですか?どっかに名刺があったような」
半ば強引に渡された名刺は作業机に置きっぱなしになっていた。名刺にはフリージャーナリスト・白友和巳とあった。
「・・・名刺はちゃんと見とけ」
「でもどうするんです?」
「決まってんだろ?足にするんだよ」
「足・・・?」
自称探偵本職週刊誌記者・白友はタレコミの情報を元にマンション前に車を止め助手席で待機していた。
着信ーーーー
見慣れない番号だ。どこかからの新たなタレコミだろうか。
「はいはい〜こちらしらとも〜」
スピーカーから凛とした女の声が聞こえた。
「斑鳩シンリョウジョの斑鳩と申します。先日はウチのものが世話になったそうで」
「あ・・・?あー!その節はどーもどーもぉ!」
「本日であれば取材可能ですがお時間いかがでしょうか」
「あーじゃあ今から行きますよぉ。ほら車出せほら」
運転席の黒川はマジかこいつと言った顔をしながら「こっちはいいんすか?」と言った。
「ここは後4人待機してるからいい。こっちの方がでけぇヤマだ」
「いい加減刑事ごっこやめましょうよ」
斑鳩シンリョウジョ
しばらくしてこの間の自称刑事がやって来た。前回と違うのはもう一人増えていた。助手的なポジションだろうか。
「よく来たな。早速だがこの少年のお姉様を探して欲しい。」
「・・・・・は?」
自称探偵は呆気に取られたようだ。いかるには基本遠慮というか配慮というものがない。
「探して来たらそちらの欲しい情報を与えよう。どうかな?」
「呼ばれたから来てやったと思えばなんだこの・・・ちょっと待ってくれよ女医さァん、こちとら暇じゃねぇんですよ」
「暇だからここに来たんじゃないのか?」
「そりゃあんたらの情報が手に入るっつうから忙しい中来たんですぜぇ?そりゃねぇよ、なぁ!?」
「えっ、まぁ」
助手は振り回されているらしい。
「だから情報はやると言ってるだろう?報酬として」
「ちっ・・・手がかりは?」
いかるは自称探偵に箱を渡した。
「こーいう時は普通顔写真とかじゃあないのォ?」
「最近の写真はほぼ加工済みだ。顔なんざどうとでもなる。中身はこれだ」
そう言いながらいかるは一枚のチェキフィルムを彼らに見せた。フィルムには半透明のタブレットが4つ映っている。
「・・・・・薬か?」
「まぁ似たようなもんだ。もしこれの出どころを突き止めたら出世街道間違いなしの代物(仮)」
「調子いいこと言うじゃない、おたくらで探せばいいじゃあないの」
「ここは診療所だ、興信所じゃない。それに、最近の若者の家出先といえばもっぱら定番どころがある。まずはそこに行けばいいんじゃないか」
「・・・報酬が情報だけじゃ足りないと思いませんかねぇ?」
「色はつけますよ?“探偵さん”?」
「金額は?」
「この館をご覧あれ」いかるは大仰に両手を広げを天を仰いだ。
「・・・・」
「まぁいいじゃないですかやってあげましょうよ」
見かねた助手が『ご迷惑をおかけします』とでも言いたい物腰で助け舟を出した。なぜこんな聖人が記者をやっているのだろうか。
「わーったよ。なんかあったら有る事無い事書いちゃうよ?」
「訴訟の準備をしておきますね。よろしくお願いします。」
「さて、燕太くん」
呼び寄せた二人組を追い返して一息ついたとこでいかるは本題に入った。
「恐らくだが君のお姉さんは今かなり大変な事になっている可能性が高い。いわゆる危機的状況というやつかもしれない」
「・・・誘拐されてんの?」
「かもしれない、まず君の家のことを教えてくれないか」
「なんで」
「君のお姉さんは家出しているかもしれない」
「あぁ」
「まず、君の家は君と母親とお姉さんの三人暮らしだね?」
「うん」
「君のお母さんとお姉さんの仲は良かったかな?」
「知らない」
「家での食事は楽しいかい?」
「前は楽しかった」
「お姉さんの部屋でこの箱を見つけたと言ってたね、その時の部屋の様子は?」
「汚かった。服とか散らかってた」
「そうか、君の家のことについてはここまで。
さて燕太くん、ここからが本題だ。お姉さんの居場所に心当たりはないかい?」
「わかんない」
「質問を変えよう、君はお姉さんと連絡しているんじゃないか?」
「うん、してる。でもどこにいるかわかんない」
なんだか取り調べみたいな空気だ。いかるはこの調子で質問を続けて行った。
「メッセージのやり取りを見せてくれないか?」
「えーっと・・・これ」
燕太のスマホにはSNSのやり取りの記録が映し出されていた。
「・・・・・だいたいわかった。さて最後にもう一つ、
君が食べた飴は何色だった?」
「え?色?・・・確か・・・赤だったかも」
人間は負の感情と共に記憶した事象は強く残る。
「赤ね・・・食べた時は時どんな感じだった?」
「えっとー、すっごい不味くて気持ち悪くなった」
「体内が燃えるような感じになったりしなかったか?」
「なったかもしんない」
「となるとおそらくこの飴の色はあくまでも目印だな・・・色によって発現する症状が違うのかもしれない」
いかるは独り言を呟きながら診断書に書き込んでいた。
「どちらにしても私の知り合いに送って見てもらった方が良さそうだ」
知り合いとは麗麗のことだ。
「あの、いかるさん」
大和はふと気になったことがあった。
「もしこの薬がきっかけで症状出たのなら僕の推し、じゃなくてAmaneさんに聞くのが早いんじゃないですかね?」
「言ったろ?この症状は人間の持つ性質の延長上にあるって」
診断書から目を離さないままいかるは答え続けた。
「電気は本来人間にも流れている。しかし火は人間が文明で獲得したものだ。
電気を出せる生物はいるが火を出せる生物は存在しない」
電脳街
大陸南東部ーーーー
旧名九龍城砦・現在名電脳街。中心部は蒸気が漂い、空間には映像のネオンが浮かぶ。
特に意味もなくランダムに構成された言葉が表示されており、今は電脳喫煙空間という文字が浮かんでいる。
そこにとある2人の姉妹がいた。
「今月出荷分流しといてー」
「あーい!」
2人の姉妹はどこからか運ばれてくる”食品”を特定のルートに流通させて生計を立てている。
「あ、今回の日本への出荷分はこっちだから間違えたらあかんよ」
「あいー!」
出荷先\日本国・東京・新宿
あらゆる事情により心に傷を負った人々が流れ着く場所に夜の帳が下りるーーー
新宿、大怪獣の頭部がある松ビルの裏路地、はみ出しものが半合法的に住む不思議なマンションがある。詳細は不明。
その一室から、火の手が上がった。
橘結羅
燕太の姉にして家出・行方不明中の少女。
薬の影響で彼女の心身は日に日に崩壊し続けていた。
「ゆーらちゃん」
「あ、お薬のおにーさん!」
「ダメじゃないか騒ぎ起こしちゃ」
「お金いらないって言ってんのに無理矢理渡そうとしてくんだもん」
「きめぇなー。じゃ、今回分の”飴“とお金」
「ありがとー!タダでお金くれる人大好き!」
結羅は早速薬のおにーさんから受け取った飴を飲み込んだ。
『火遊びも飽きたなぁ・・・結局何も変わんないや』
結羅の放火後ルーティンが始まった。
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