第4話 閑話Q題

『いかるさんも、過去になにかあるんですか?』

 今のこの時代誰しも心が壊れた経験はあるだろう。しかしそれでも急に出された大和の何気ない言葉がかさぶたをカリッと引っ掻いた。

 こんな気分の時は疾走に限る。斑鳩いかるは普段なら交通機関で行く場所へ一人黒のライダースーツに身を包みバイクをすっ飛ばしていた。

 

『そろそろ吸うか』

 

 バイクを止めタバコを取り出したはいいものの、火を忘れたことに気がついた。普段喫煙していないのだ。

「お姉さん一人?」

 低い声がした。無視してタバコを口に咥えたままバイクに跨ろうとした時

「ダメじゃあないか路上喫煙しちゃあ」

 声の方向を見ると長身の女が立っていた。

「なんだ、お出迎えご苦労様」

 本日の目的である相談相手、鳳麗麗女史であった。金のショートボブに赤のライダースがとてもよく決まっている。

「火どーぞ」

「どーも」

「るーちゃんいつまで休暇?」

「明日まで」

「いいじゃん、いい宿とってあるよ」

 二つの煙が絡み合って空へと消えていった。

 

  

「だから知りませんって!」

「こんな怪しい館に特殊能力を持った人間が出入りしてるってタレコミが来てんだ。なにもねぇこたぁねぇだろ?ん?」

 いかるの留守中、大和は面倒ごとに巻き込まれていた。主人がいない時に限ってこういうことは起こるから番犬は大変だ。

「なぁ〜ちょっとでいいからさぁ〜話だけでも聞かしてくれよあんちゃん」

 高身長のいかにも探偵ですといった感じの男が館の門にへばりついて離れないのだ。

「ここは診療所ですから!書いてあるでしょ!そこに!!」

「んなこたぁわーってるよなんの診療所なんだって聞いてんだよォ」

 今どきこんな厄介な人間がいるのか。こういうタイプの探偵は200年前に滅んだんじゃないのか。

「あんたねぇ!探偵だから何やってもいいってわけじゃないでしょうよ!通報しますよ!」

「おーやってみろよこちとら警察とズブズブよォ?」

「とにかく!ちゃんとアポ取ってくださいよ!社会人なら常識でしょ?」

「半社会人だからわかんねぇや」

「とにかく今日は帰ってください!また後日来てください!今日これ以上来るなら業務妨害で訴えます!いいですね!」


 自称探偵を強引に押し返した後「余計怪しまれたなぁ・・・」と少し後悔したが「でも向こうも怪しかったし」と思い直した。

「とりあえず報告しとこう」

 いかるにコールするも出る気配は一向になかった。仕方なくメッセージを送って終わりにした。

 

「どうでした?あの館」

 先ほどの自称探偵は近くに止めてあった車に戻っていた。

「ありゃあ怪しいね」

「そんな格好してるからまともに相手されなかったんじゃ」

「捜査の時はこれって決まってんだろうが」

「ユーネク見てそうなるなら解約してくださいよ。後これ捜査じゃないですから。うち警察じゃなく週刊誌なんで」

 自称探偵は週刊誌の記者だったようだ。

「あ、そうだ。知り合いにさぁいないの?特殊能力」

「いないと思いますけど・・・スプーン曲げるやつはいましたね」

「じゃあそいつでいいや。とにかくよォそのスプーンをあそこにシンサツに行かせんだよ、スパイよスパイ」

「地頭いいっすよね先輩」

 

 

   南房総・とある旅館・108号室

   

「はぁ〜?時を止めてる奴がいるぅ〜?」

「あくまでかもしれないって話だけどね」

 いかると麗麗はとある旅館に泊まっていた。

 いかるから連絡があったと思えば時を止める人間は存在するのかという相談事に麗麗はすっとんきょうな声が出てしまった。

「ありえると思うりーちゃん?」

 麗麗の名前の読みからりーちゃんである。

「いやーないね。流石に非現実」

「今までも非現実が現実になったし」

「それはあくまで科学の範囲の話だろぉ?時間を止めるなんて無理だね。うっわこのごっつい海老うっまマジ宝石箱るーちゃんこれ食べてみ」

「光速より速く動けば止まった時間の中を動けることになるんじゃない?」

「あははははははははは!生身で耐えられるかよ!てか海老マジうまいよ?食べな?」

「笑わなくてもいいだろ・・・あ、ほんとだうまい」

「ま、真剣なのはわかるけど光速に耐えられる身体なんて物理的に不可能。内臓が鉄でできてるとか変身でもしてないと無理だね。ありゃ酒がもう無いや」

 そう言いながら麗麗はとっくりに4分の1残っている酒を呑み干した。

「体の物質を自由に組み替えられたりしないかな?例えば・・・血液中の鉄分集めて塊にして肌に纏ったり」

「・・・・5[#「5」は縦中横]部の話?」

「だから例えばだって」

「・・・生命には限界がある。そんなこと出来たとしてもせいぜい数回が限度だね。日本酒同じの頼む?違うの飲む?」

「おまかせ」

「お、電照菊あるじゃんこれ美味いよるーちゃん。それに身体の組織をいじっていくら速く動けたとしても光速までは・・・それだけで一つの症状になるよ?意味わかるっしょ?」

「・・・脳がもたないか」

「一つの症状だけでも相当な脳のキャパを使うからねーラリってれば出来るかもしれないけど」

「オーバードーズ・・・」

「身体は間違いなくボロボロだね。精神状態もまともじゃないだろうさ

 それに、仮にそうだったとしてもなんで赤の他人が感知できるのさ?」

「もしかして止めてるのは時間じゃなく空間なんじゃ」

「はい堂々巡り。今日はここまでにしよう。あ、電照菊一本お願いします」

「飲みすぎじゃない?」

「日本酒は日本人なら無限に飲んでいいんだよ」

「満州はもうないでしょおばあちゃん。つかよく前日予約で食事つけれたね」

「キャンセルあったらしーよ」

「ねぇ、自分の周囲半径何メートルかの素粒子?クオークだっけ?に干渉できたら」

「ねぇ、そろそろねよるーちゃん?」

「・・・・・食べ終わってからね」

 

 いかるに着信があったが、気づかなかった。

 

 

 

 橘安世は仕事を終え帰宅した。息子・燕太の症状もだいぶ落ち着き、悩みの種が一つ解消できそうで幾分気が休まっている。

「おかえり」

「ただいまー、ゆうらは・・・」

「今日もいないよ」

「そう・・・」

 一人娘であり燕太の姉・結羅は一ヵ月も家に戻っていない。燕太がメッセージのやり取りをしており一応の無事を確認しているので特に捜索願いも出していなかった。心配であることに変わりはないが。

「燕太、お姉ちゃんの部屋片付けた?」

「ちょっとやった」

「ちょっとって・・・・なにこれ」

 机の上にはお菓子の箱のようなものが置かれていた。

「ねーちゃんの部屋にあった」

 箱を振るとカシャカシャと音がした。中にはラムネのようなものが10粒ほど入っていた。

「それ腐ってた」

「え、食べたの?」

「先々週」

「えっ」

 燕太が火を出したのも確かそのくらいだった。

「それから食べてないでしょうね!?」

「あんなクソまっじーの食べるわけないじゃん」

 嫌な予感がした。知らない人から貰ったお菓子が覚醒剤だった話を聞いたことがある。

「やっぱりゆうら・・・」

 この謎のラムネをどこかに相談しないといけない。かと言って警察に行けば聞かれたくないことまで土足で聞いてくる、できれば関わりたくない。となれば相談すべき場所は一つだった。

 

 

  斑鳩シンリョウジョ

 

 あたりが暗くなり館は柔らかな暖色の照明で満たされていた。

 大和は留守番を頼まれたとはいえいつまでいればいいのかわからず気がつけば時刻は夜9時を回っていた。そろそろ帰ろうかと準備していた時、電話が鳴った。

「はいー斑鳩シンリョウジョですー」

『すいません、橘です』

「はいはい、えーっとたちばな・・・」

 誰だっけ?と口から出そうになったとこを堪えた。電話の出かたは習っていないが流石に失礼だろうことは言わない。

『息子の症状もだいぶ落ち着いて、火はほぼ出なくなりました』

「火・・・あーはいはい!えっと、エンタくん!」

 症状で名前まで出てきたのは自分でも少し驚いた。

『ほんとうにありがとうございました』

「いえー!よかったですー!」

『で、ちょっと相談がありまして・・・』

「はい、相談ですね。いつ来れそうですか?」

『えっ大丈夫ですか?ただの相談なんですけど』

「大丈夫だと思いますよー!」

 いきなり自分に留守を任せたいかるさんが悪い、オレにはなんの責任もない。館にずっと一人でいた大和はそんな気持ちになっていた。

『そうですか!よかった・・・

 ちょっと家でとあるものを見つけまして』

「え?物ですか?」

『もしかしたら火が出るようになった原因かなーって』

「そうですか、わっかりました。では、えー一週間後のお昼なら空いてます!」

『一週間後・・・燕太、来週の昼って休みだよね?』

 電話の奥で文句を垂れているような声が聞こえた気がしたが奥さんはそのまま『じゃあその日に行きます!よろしくお願いしますー!』といって通話が切れた。

「えーっと・・・明々後日のお昼・・・橘さん、物を見せたい・・・と」

 

『本日の受付は終了しました』

 留守電の設定を終え、戸締まりをして大和は帰路についた。

 

 

  翌日、南房総のとある旅館

  

「んん・・・」

 乱れに乱れ果てた女二人の部屋に朝靄の光が差し込んでいた。

「るーちゃん起きなー、いい景色だよー」

「んん〜・・・からだ痛い・・・」

 いかるがまどろみから抜け出しながらなんとか目を開けると、部屋が黄金に染まっていた。

「・・・服着なよ・・・誰か見てたらどーすんの」

「昇る陽を浴びて身体をゼロにするのさ、ほら」

 麗麗は開け放した窓辺で太平洋を前に仁王立ちしていた。

「なんであたしより呑んでて元気なの」

「酒は北の方に生まれるほど強いんだよ」

 いかるも眠りに落ちた時のままの姿で麗麗の隣で朝を浴びた。

 カムチャッカの若者もこの光を浴びたのだろうか、なんてことを思った。

「・・・露天行く?」

「いいね、行こう」

「はい浴衣」

「どーせ脱ぐからよくない?」

「ダメに決まってんでしょ」

 2人は浴衣に身を包み、部屋を出た。

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