第2話 電気

 篝大和、斑鳩シンリョウジョのバイトかつ助手である。

 働き始めて1ヶ月になるが今だにこの職場のことはよくわかっていない。

 

 ーーー『人間誰しも身体に微弱な電気が流れているでしょ?それを脳にすこーし流して症状を制御出来るようにしているのさ』ーーー

 

 脳が原因の症状に電気を流す治療は確かにある。が、彼女の処置はその範囲を超えている気がしてならない。

 そもそも正式に医療施設の届出が出されているとも思えない。働いていて大丈夫なのだろうか?

 そんなことを思いながらレコードショップへと向かっていた。

 今日は休日、彼のお気に入りのバンド“Medical Mechanical AnimalZ”の新譜発売日。配信でいつでも聴ける時代でも買いに行くのは購入特典もあるがコレクションとしても持っておきたい気持ちもあった。なにより配信元が消えてもこれで安心できる。

 見知らぬ男が2人、目の前に現れた。

「ここはどこでしょうか」「俺たち誰なんでしょうか」

 街中で知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけない。

「すいません急いでいるので!!」

 特に渋谷では。

  

 

 季節外れの炎天下、意識を朦朧とさせながらゾンビのようにコンクリートジャングルを歩いている女がいた。

 

 昨日は酷い一日だった。

 レコーディング・スタジオでレコーディングの予定だったが機材トラブルにより結局何も出来ずに終わった。

 この一ヶ月はろくでもないトラブルが頻発していた。

 そのトラブルも決まって電子機器周りで起こった。

 普段であれば宅録で済ませるのだが、ここしばらく自宅での作業で不具合が頻発していた。

 自宅に原因があるのだろうと思いスタジオに入った結果がこれである。

 しこたまやけ酒を呑み久しぶりの二日酔いだった。

「どこでもいいから・・・寝たい・・・」

 

 電気の力無くしてはとても生きていけないこの時代、機器のトラブルは生活の危機につながる。

 

 大和が無事に新譜をゲットし駅に向かう時、目の前に横たわっている女がいた。

 「え・・・?事故・・・?」

 都会のど真ん中で地べたに寝そべっていては色々と危ない。迷っている時ではなかった。

「大丈夫ですか?!」

「んんんんだいじょおうぉええええええええ」

 金髪ボーイッシュな彼女の肌はありとあらゆる文字で埋め尽くされており喉の辺りには堕天使が羽を広げているようなタトゥーが入っている。

「あああぁぁ・・・・・

 ってあれ?え?!うそ!?マジで!!?」

 こんな偶然があるのだろうか?見間違えようにもここまで特徴的な人物を間違えるはずがない。

 Medical Mechanical AnimalZのベースボーカルたまにドラムのAmaneが真昼間の都会のアスファルトで酔い潰れていた。

 

「いやーありがとね少年、いや青年?」

「あっあのっ、おっ、ぼっ僕ジャンクでっ」※ジャンクとはMAZファンの呼び名のこと

「おーそうなんだ、新譜聴いてくれた?」

「はははい!サブスクでも聴いていま特典つき買ってきました!」

「ありがとー!特典にサインしたげるよ」

「えええええ!マジっすか!?」

 CD購入者特典にサインが入り、一生物になった。

「ありがとうございますっ・・・・!

 あの・・・握手って・・・」

「ははは、いーよいーよ!はい」

 バチィッ

「アッ・・・・!」

 握手を仕掛けた途端、凄まじき電気が走った。感覚的なものではない。静電気というには強すぎる電流だった。

「ああー!ごめんごめん!あーそうだ忘れてた大丈夫ぅ?なんかごめんねーここ最近静電気すごくてさー」

「せ・・・静電気なんてもんじゃ・・・」

「昨日のスタジオでも機材壊れてさー・・・多分これのせいなんだよねーそんで何もできなかったから今日は呑むかー!って飲んで気がついたら今」

「あ・・・あの・・・静電気が凄くなったのっていつからですか・・・?」

「んーここ最近かなー。前はこんなのなかったんだよー次のライブまでになんとかしたいなー」

「あの・・・なんとか出来るかもしれません」

 

 斑鳩シンリョウジョ

 

「・・・・・きみ今日は休みだろ?」

 いかるはとても怪訝な表情で言った。

 大和がよくわからない女を連れてきている。朝帰りだとしてもなぜここに来るのか。

「あ、あの・・・この人多分電気タイプです」

「君が今行くのはここじゃなく京都にあるゲーム会社だろうな」順序を追って説明しろという意味である。

「あの・・・この人身体から電気が出るようになっちゃったみたいで」

「紹介状は?」

「え」

「あのなぁ〜・・・」いかるは人差し指と中指を眉間に当ててため息をついた。

「君ここに来て何ヶ月だ」「1ヶ月です」「1ヶ月もいればここのシステムはわかってるだろ?」

「そっそれはそうなんですけど・・・僕の推しで・・・」

「キミは自分の好みで順番を決めるのか?」

「い、いえ・・・」

 なかばダメ元だったもののここまで拒否されるとぐうの音も出ない。

「・・・今日は予約もないし診てもいいけど紹介状無しだったら高く付くよ?金のあるバンドマンなのかい彼女は」

「あ、あんまりない・・・かな、へへへ」

 二日酔いから抜け出せていないまま変な場所まで連れてこられたAmaneはすっかり元気がない。

「ぼっ、僕が出します!いいですね?!」

「じゃ2ヶ月タダ働きで、給料から引いとくから」

「分割お願いします・・・」

「・・・・・・・では、どうぞこちらへ」

 

 雨音礼申、あまねあやの、24歳ーーーー

 性質は帯電とそれに伴う漏電・放電、1ヶ月前から症状が出始める。放電の際の主な被害は電子機器の破損など

 

「ふーむ・・・」いかるは眉間に皺を寄せていた。

「どーっすかね・・・?」

「雨音さん」

「はい」

「処置はあくまで症状の抑制・コントロールであって完治を目指すものではありません。現段階ではこういった症状の完治は出来ないのです」

「え・・・じゃあ音楽は・・・?」

「いいですか?症状の抑制とコントロールが唯一の対処法です。なのですが・・・あなたの場合はこれだけでは難しいかと思われます。というのも帯電をコントロールすること自体が可能なのかという点です。」

「?はぁ・・・」

「私が処置をすれば放電の方はなんとかなります。ですが帯電はどうしたって自然現象ですから自分でどうこう出来るものではないのです」

「えぇっと・・・放電はできるんすよね?」

「現在の症状を見ると身体が対戦の限界を迎えた時に放電をしているように思えます。この放電を自分のタイミングで出来るようになったとしましょう

 おそらく無意識で抑える癖がついてしまうそうするとどうなるか。ざっくりいうと便秘です」

「そ・・・それは確かにコントロールできない・・・」

「例えそれで合ってるんですか・・・?」

「これが一番わかりやすいんだ!

 つまりです、いつでも放電出来るようにしておく必要があるのです。もし我慢伏せがついてしまうと体は雷に撃たれた状態にゆっくりと近づいていくでしょう」

「えぇ・・・・」

「もちろん自分のタイミングで放電できれば特に問題はありません。しかし時には放電できないタイミングだってあります。その時のためにアースみたいな物を身につけてください」

「「アース!?」」

「アースをつけて常に放電出来るようにしましょう」

「それずっとつけっぱっすよね?」

「それが煩わしく感じるのであれば自力で放電する癖をつけてもらうしか」

「それでいいならそうしたいっすね、外いる時常に放電していればいいんでしょ?」

「歩くテスラコイルにでもなるつもりですか?いいですか?こういう症状は自分だけでなく自分以外にも被害が出るんです。いかに安全に常に放電するかを第一に考えてください」

「・・・じゃあつけますよ・・・アース」

「大和くんにアース代もつけときますね〜」

「えっ」

「エクステタイプにしますか?それともピアスタイプがいいですか?どちらも長い分それなりに重たく感じますが」

「あの、自分を電力代わりに出来ないっすかね?コンセント口に咥えたりして」

「機材にあわせた電力を持続して放電し続ければ出来るかもしれませんね」

「やってみます!」

「火事だけは気をつけて下さいね」

 

 処置を終えたAmaneはとりあえず家に帰って爆睡したかった。

「ははは・・・えらいとこに連れてきてくれたね青年」

「なんか・・・ややこしくなっちゃってすいません

 でも、またライブ行きたいっすから」

「罰として特等席に座らせてやるよ、」


 Amaneは帰って行った。

 

「あの・・・」

 大和はこの時ずっと引っかかっていた事があった。

「あの人じゃないですよね・・・?不審火」

「電気の能力でわざわざ火つけるやついないよ。言ったでしょ?コントロール出来てるやつの可能性が高いって。それに」

 大和が安堵に浸っている中で、いかるの凜とした声が響いた。

 

「ここに症状に悩んでない人は来ない」

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