斑鳩いかるのシンリョウジョ
ちきりや
第1話 火
校庭
「うりゃあ!」
燕太の蹴り上げたボールが綺麗な弧を描きながら校庭のゴールポストへと向かっていく。
ゴールキーパーが点を入れまいとボールに向かった時、ボールは炎に包まれた。
「え・・・」
その場にいた10人と複数人は突然のことに呆然としていたが「水!水かけろ!」という声で我にかえった。
キーパーは心臓が破裂しそうなほど息が荒くなっていたが、それ以上に燕太は破裂しそうになっていた。
自分の放ったボールが武器同然にキーパーを襲いかけたのだ、混乱するしかない。
ボールに何か仕掛けられていたのではとの推測もあったが、その後燕太自身から火が出たことでその疑いは無くなった。
アニメなどで火を放つ能力を見てきたがいざ自分がそうなるとどうしていいかわからず、また制御もできなかった。
病院
「最近燕太くんみたいな症例増えてるんですよ」
「やっぱり何かの病気なんでしょうか?息子は・・・治るんでしょうか・・・?!」
「まだなんとも・・・それに、症例といっても必ずしも体から火が出るわけでも無さそうなんです・・・とりあえず専門的にやっているところに紹介状を書きますのでそちらで見てもらって下さい。
症状が症状ですから安心できるためにも今からでも行って下さい」
燕太と燕太の母・安世は紹介された場所へと向かった。
『斑鳩シンリョウジョ』
「ごめんくださー・・・い・・・」
紹介された場所はおよそ診療所とは言い難い外観をした館だった。西洋の古風な方式の建築物を訪れるには誰であれこのような振る舞いになるだろう。
『相次ぐ連続不審火、犯人は未だ不明ー』中に入るとどこからかニュースであろう音がしていた。
陽の当たる時間に訪ねたからまだ入れたものの夜だったらより入りづらい館、紹介状がなければ入ることのない屋敷だ。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた若い女の声が響いてきた。
「(いらっしゃいませ・・・?)あの・・・紹介を貰ってきました・・・息子を診てもらいたいのですが・・・」
「どうぞこちらへ」
およそ医療に携わっているものとは思えない格好をしている目の前の女に対し燕太も安世も戸惑っていた。
なにか和服のキャラのコスプレをしているのだろうか?
「学校でフットサルをやっている時に火が出た」
「うん」
「その前に火は出なかった?」
「でなかった」
「今どんな時に火が出る?」
「咳した時とかくしゃみとかした時」
「あの・・・」安世が割って入る。「最初はボール自体が燃えたみたいなんですけれど・・・」
「・・・あくまで推測ですが燕太くんの汗か何かが発火したと思われます。後の症状を聞く限りボール自体には何もないかと。では結論から申します。
燕太くんの症状ですが制御出来るようにすれば何も問題はないです。この病気、というにはそうも言い切れないのですが・・・いちど発症してしまうと治療の見込みがありません。もちろん現代医療での話なので数年経てばどうにか治療出来るようになっているでしょうですが、今のところは制御を効かせるようにするしかない、というわけで今からその処置をいたしますのでこちらの同意書に記入をお願いします」
「えっ、あっはい・・・?」
あまりにも早口で捲し立てるので治療はできないのに同意書にサインするのか・・・?となったが他に方法もないのだろうということはわかったので項目にチェックを入れ名前を書いた。
「じゃあ燕太くん、ちょっと失礼するね」
和装の女は燕太の頭に左右に指を全て突き立てると目を閉じて瞑想し始めた。
ちゃんとした病院から紹介されてきたもののえらいとこに来てしまったと安世は後悔した。こんな胡散臭い場所に紹介されるとは・・・
『ガチャリ』燕太の頭の中で何かが切り替わるような音がした。
「処置は以上になります。もしコントロールが出来ないようであればまたお越しください」
「え・・・?」もう終わり?と口から出そうになった。
「先ほども申しましたがあくまでもこの症状は取り除くことができません。自分でコントロールして起こりうる被害を未然に防いでください。」
「は・・・はい・・・ありがとうございます・・・?」「それではお大事に」
外は逢魔時、怪しげな館がより一層薄気味に輝いている。
「どう?」「うーん・・・わかんない」
燕太自身にこれといった変化も無さそうだ。まだ油断できないと思った所で支払いを忘れている事に気がついた。
慌てて戻ったが既にCLOSEの札がかけられていた。本当にここは医療施設なんだろうかと考えている横で燕太はメッセージのやり取りをしていた。
「姉ちゃん今日も夜いないって」「・・・・・・そう」
2人は家路に着いた。
「はーい本日の営業終了〜」
斑鳩いかる、彼女はこの診療所における所長であり唯一の担当医のようなポジションにいる人物ーーー
「もうちょっと病院らしく模様替えしましょうよー」
篝大和、いかるの助手であり世話係でもある好青年ーーー「今の火の子もお母さんも信用しないまま帰っちゃいましたよ」
「いーんじゃない?診察代直接もらってるわけじゃないし」
「もっとホスピタリティ高めましょうよー」
「はいはいホスピタリティホスピタリティ、さっきの診断書ちょっと別のとこにまとめといて」
「?わかりました」
いかるの見ている画面に連続不審火の記事が映し出されているのを見た。「連続不審火・・・さっきの子じゃ・・・」
「あの子はまだそんな器用な事出来ない・・・今日もう上がっていいよおつかれ」
「・・・おつかれさまです」
大和が出ていき、館が静かになった。「さて、downtownへ行きますか」
斑鳩いかるは特に着替えることもなくそのまま街へと繰り出した。
「ふぇっくし!!!」
「火・・・出ないね・・・・!」
あの女がなにをどうしたのかわからないが処置は成功したようである。
「ん」
燕太は人差し指を立てた。ポウっと指先に火が灯り、自分の意思で大きさを調節してみた。
「寝てる時に火出さないでよ?」
「だいじょうぶ、おやすみ」
自分の部屋へ向かう途中、燕太は姉の部屋を少し覗いた。下着などが乱雑に置かれていた。
いかるは映画を観て心が満たされていた。
「おねーさんいま暇っすか?」「この後どっすか?」
「・・・・・・お兄さん達に一ついいこと教えるね」声をかけてきた男たちの頭に指を突き立て、少し力を入れた。「こういうことは気分最悪になるからやっちゃあダメだよ」
強めの静電気が爆ける音がすると、男たちは自分の名前も忘れていた。
「あー・・・やりすぎちゃった・・まぁいっか」
いかるは気分を治そうと行きつけの飲み屋へ向かった。
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