第2話 湧水の水宝玉 中編
川で一休みすると、四人はまた山頂を目指して歩き出した。進むにつれて、勾配がきつくなる。
「……」
シキが次第に無口になる。
彼女の靴もまた白のワンピースと同じく山登りには向いていない。疲れてくるのも無理はないのだ。
先頭きって登っていたカミタカがチラッと背後を見てシキの様子を気にかける。
「ユーリ、先に行け」
「うん」
カミタカはユーリを先に行かせると、シキに手を差し出した。
差し出された手を見て、シキが驚いた表情を見せた。
シキは顔を上げてカミタカを見上げたが、彼の顔は逆光で見えない。
「早くしろ。置いてくぞ」
「うん……」
そっと手を近づけると、思いの外強い力で引き上げられた。
——カミタカ君。
こんな時に胸が高鳴るのは何故なのか。
彼はただ遅れがちな自分を気遣っているだけなのに。
シキは自分の恋心を浅ましいとさえ思った。
「ここからは洞窟の中を進むようですね」
登山道を上ると、小さな広場に出た。ご丁寧にベンチまである。
「一応、観光地ですからね。遺跡は」
「その割に観光客がいやしないけどな」
カミタカはシキを座らせると、ユーリと二人で洞窟の前に立った。
「何故観光客が少ないかと言うとね、この先が迷路になってるらしいんです」
「迷路?」
「迷路というよりは魔法がかかっているとしか思えないのですが——」
ユーリの説明によると、別れ道で正しい道を行けば巨石に辿り着けるという。一つでも間違うと入り口に戻されるのだ。
「無理ゲーだな」
「無理……何ですか?」
「無理な
「まあ、そうらしいですね。昔、正しい道を地図にした人がいたらしいんですが、同じ道を通っても辿り着けなかったそうです」
「それも古代の神様の魔法ってことなら——」
二人は振り返ってカガリを見る。
カガリはシキの隣で呑気にハッカ水を飲んでいた。
「なんで
「まあ、カガリは神々の気配を感知できるからさ」
「シキさん、大丈夫ですか?」
「平気。私だって
四人はカガリを先頭に洞窟内へ入った。
暗闇の中を進むための灯りはランタンにオレンジ色の
洞窟を形造る岩はツルツルとしてひんやりとしている。四人の足音が反響してうるさい。
やがて別れ道へ出た。
単純に右と左。
「カガリ、どっちから神様の力感じる?」
「……左から嫌な気配を感じる。左じゃな」
「嫌な気配なのに?」
「
「なるほど」
カミタカは納得してカガリの後をついて行く。ユーリとシキも続く。ユーリは薄暗い中、手帳に迷路の様子をメモしていた。
今度は三叉路に出る。
「真ん中」
「よし」
そうやって幾度も別れ道を選んで進んで行くが、元の場所に戻されることはなかった。そして今、四人は大きな青銅の扉の前に立っていた。おそらくこの奥に中央島の水源といわれる
ゴールを目の前にして、カミタカが感心してカガリを褒める。
「さすがカガリだな」
「おだてても何も出んぞ」
「巨石が見れるだけで十分ですよ」
ユーリが嬉しそうに返すと、ほの明るい光の中でカガリが笑った。そのまましなやかな繊手を青銅の扉に当てる。
ぼんやりとした青い光が触れたところからあふれて扉全体に広がる。
——この扉が開くのもカガリさんの持つ神の力のせいならば……昔に巨石を見た人はどうやって開けたのだろう?
ユーリがしきりに手帳に書き込みをしながら考察する。扉のスケッチと状態のメモ。そして自分の考えをサラサラと書いて行く。
カガリが手を押し出すと、扉はゆっくりと中へと開いて行く。
中からは淡い水色の光が流れ出た。
「うわぁ……」
淡い水色の光の源はカミタカの背よりも高い巨大な水宝玉の柱状の原石であった。一抱え以上もある透明で澄んだ水色の結晶は母岩も含めると見上げるような大きさとなる。
「マジか……」
面白半分でやって来たカミタカも圧倒され、驚きの声しか出てこない。
まるで曇らない氷のよう。少し緑がかった薄青の結晶は人の手によらぬのに美しく六角柱の形を残している。
薄青い光が四人を照らし、皆水色の光に染まって立ち尽くしていた。
「綺麗……」
宝石でアクセサリーを作るシキもまた水宝玉に見惚れている。仕事柄、多くの水宝玉、藍玉に触れて来たが、こんな奇跡の結晶を目にすることが出来るなら、山登りなんて辛くなかったと思えるほどだ。
「冷気を出しているな」
カガリは至極冷静に呟いた。言われてみれば洞窟の迷路よりももっと涼しさを感じる。
そして——。
「水……?」
巨大な結晶の表面に小さな水滴が生まれ、石柱を伝って集まり、滴っている。
「これがこの島の水源ってのは嘘じゃ無さそうだな」
カミタカが屈んで地面に触れると指先に水滴がついた。それを確かめると、ユーリの方を振り返る。
ユーリは水色の光の中、結晶をスケッチしていた。その速さと正確さにはいつも驚かされる。
「うん、僕も、確信した……。ここが神々の、残し、た遺跡、だよね」
「喋らなくていいから、描く方に専念しろよ」
「うん」
「……」
「どうした、カガリ?」
カガリは耳を澄ませていた。低い地鳴りのような音が彼女には届いていた。
「何か起きる」
「何かって?」
「……わからんが、嫌な予感がする」
次第に地鳴りは大きくなり、シキやカミタカにも感じられるようになって来た。
「地震……?」
「いや、石柱から聞こえてくる」
カガリがシキを守るように庇った瞬間、突然原石から大量の水があふれ出た。あまりにも唐突な事態に、皆は巨大な
水はあっという間に原石の鎮座する小部屋を満たす。
——しまった!
カガリは自分の迂闊さに腹を立てた。
水の神族が関わる遺跡なら、火の神族の自分を排除するに決まっている。
カガリは自分の
かろうじて扉に手が触れ、カガリは力を込めた。
しかし——水圧で開かない。
「息を止めろ——」
つづく
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