銀の時代シリーズ『湧水の水宝玉(アクアマリン)』

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

第1話 湧水の水宝玉 前編


 中央島は大きくもないが、かと言って小さいわけでもない。


 島の中心には山があり、この小高い山は中央島のとこからでも見ることができる。この山からこんこんと湧き出る水が、幾つかの川になりこの島をうるおしているのだ。


 その水源は古代の神が落とした巨大な水宝玉アクアマリンだという。


 薄青い清涼な、まさに水を思わせる透明な巨石の結晶は澄んだ水を産み、そのしたたりが集まって地下水となり、山のあちこちで湧水となる。


 まさに神の恵み。


「その結晶を見たいってのか?」


 カミタカの問いにふわふわの髪をゆらして、うんうんと頷くのは学者のたまご・ユーリだ。


「この島は神々の名残がたくさんあるんだ。その言い伝えの一つが湧水の水宝玉アクアマリンなんだよ」


「俺はかまわないよ。明日は休みだし」


 カミタカは若いながらに近くの鍛冶屋で見習いをさせてもらっている。


「シキさん、カガリさん、お二人も一緒に行きませんか?」


 尋ねられたシキは紅茶を淹れる手を止めてカミタカをそっと見た。


 あいにくカミタカは窓の外に目をやっていてその横顔しか見えない。もしも自分が行くと返事をしたらどんな表情かおをするだろう。


 シキが答えるより早く、カガリが口を開いた。


わたしは行くぞ。この島には我等の遺産が多分に残っているからな」


「——カガリが行くなら私も」


 カガリのおかげで迷わず返事ができる。


「山登りだぞ。登れるか?」


 カミタカが聞くと、シキは慌てて返事をする。


「の、登れるよ!」


 水宝玉アクアマリンの巨石があるとされる場所の近くまでは登山道が通っている。ハイキングと変わらない。


 ——多分。


 置いていかれたくなくて即答した。


「では皆んなで行きましょう。言い伝えは残っているものの、真偽の程を知る人はいないそうですから」




 山登りの準備に『風の白馬亭』に立ち寄る。四人がよく行く食事処カフェである。暑い日はここのハッカ水が一番良い。一口飲めば爽やかなハッカの香りが鼻に抜け、遅れて身体中にひんやりとした冷気が流れて行く。


 このハッカ水を水筒に入れてもらって支度する。ついでに四人分の軽食も頼んでおいた。


「暑いですからね、早めに食べてださいね」


「ありがとう店主マスター。行ってくるね」


「お気をつけて」


 店を出ればすぐに強い陽射しに見舞われる。


「……暑そう」


 何も今日でなくても、とシキは思ったが、男の子たちの冒険心に水をささぬよう、鍔広の白い夏帽子を被り直すだけにした。


「シキ、水を飲んでおいたほうが涼しいぞ」


 カガリが楽しげに宙を漂いながら話しかけてくる。カガリは古き神々の生き残りだ。不思議な力をふんだんに持っている。


「カガリは楽でいいわね。私も飛んで行きたい」


「なんだ空を飛びたいのか? いつでも抱えてやるぞ」


「冗談でしょ」


 カガリはシキよりも小柄だ。お姫様抱っこならまだしも、脇の下を支えられて飛ぶのはちょっとかっこ悪い。


 ボトルの蓋を開けて水筒に口をつける。ミントの香りが鼻に抜けて心地よい。他にもハーブが入ってるようだ。


 一瞬あとに身体中にひんやりとした心地よさが広がって行く。指先まで冷たさがまわっていく。


「いつも思うけど、不思議な飲み物よね」


薬草ハーブの他にも何かあるな」


 これが無ければ夏の登山などする気になれなかっただろう。


 四人は島の真ん中の山——メディウ山を目指して歩いて行った。




 登山口からしばらく進むと、河原に出た。細い丸太で作った簡易的な橋が架けられている。浅いので川底に直に杭を打って作る、遊歩道のような橋だ。


 川沿いの青々とした樹々が落とす影がせせらぎの涼しさをいや増していた。


 岩に当たって砕ける透明な飛沫が陽の光を反射して水晶の珠になって弾けてまた水面みなもに還る。


 そのせせらぎの様子に皆、暑さから逃れて飛び込みたくなる。


「——少し、休まない?」


 シキが切り出した。


「よし、休もう!」


 すぐさまカミタカが靴を脱いで、裸足になると浅瀬に飛び込んだ。ズボンの裾が濡れて慌てて捲り始める。後を追うようにユーリも続いた。


 シキも素足になるとワンピースの裾を持ち上げて冷たい水に足をひたす。


「カガリもおいでよ」


 シキが声をかけると、カガリはゆるゆると首を振って断った。


「皆、わらべのようじゃな」


 そう言って宙に浮いたまま、手の先だけ清流の流れを確かめるかのように浸している。澄んだ流れはカガリの手に弾けてまた煌めく。


「——うむ、心地よい」


「この小さな川が、河口近くだとあんなに大きな河になるから不思議ですね」


 ユーリはつい最近見に行った遺跡を思い出してそう言った。大きな河には神々の遺物と呼ばれる家ほどもある大きな石の歯車が幾つか川底から顔を覗かせていた。


 その河から出ている歯車の歯の一つに優雅に腰を下ろしている白いワンピース姿の少女が忘れられない。


 ——あれも僕の想い出の一つだ。


 そして今日の君もまた想い出になるんだろう、とユーリは浅瀬に佇む少女を見る。濃い緑を背景に、白いワンピース姿の少女は鮮やかに脳裏に焼き付いた。





 つづく

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2024年9月28日 21:17
2024年9月29日 21:17

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