第2話


 ほとんど室内で生活することを余儀なくされていた子供時代には、しかし、きわめて聡明でIQも高いあゆみの精神生活も、ユニークで深い、一種独特の相貌を呈していた。


 三重苦ゆえの、内面への沈潜、精神の純化、深化。感覚を絶つヨガの瞑想家のような、そういう日々の習慣は、否応なしに、子供ながらに一種の解脱、悟達を、かわいらしい少女にもたらさざるを得なかったのだ。


 即身成仏を、自ら選ぶまでもなく、音も光もない闇の底に生息していた、類い稀なく怜悧で高貴な精神が、ある超絶的な進化を遂げていき、それがだんだん一つの形を作り出していった。


 天才的なひらめきの渦がその核にあって、沸騰しているそのコアから、無数の複雑な抽象観念がきらめいては、消える。絶え間なく消長と流転を繰り返していく。


 およそ、動物的なものとはエイリアンな、神のごとき至純の、精緻で無垢な、超絶的に高次元の思惟の結晶。


 あゆみの脳内には、そうした誰にも理解や干渉が許されない、一種の不可思議なサンクチュアリが形成されていったのだ…そうしてそれは、三重苦として生まれたという運命と、超人的な叡智が複合的に絡まった、その結実だった。


 …「将棋を覚えたきっかけを聞かせていただけますか?」


 「父が、将棋ファンで、アマチュア五段でした。なんとか将来食べていけるようないろんな習い事とか技芸を探していて、たまたま将棋を試してみたら、自分でも驚くくらいすごくハマって…で、もう最初から強かったんです。もちろん脳内将棋なんですけど、すぐ父が敵わなくなって、ネットの対戦でもすぐ無敵になって、…今の師匠の八段の先生がいろいろ骨折ってくれて、で、いろいろあって、プロデヴューして、今回までたどり着きました(⌒∇⌒)」


 あゆみは、”女の子らしく、かわいい絵文字を添えた。こういう無邪気さや愛らしさもあって、将棋ファンの人気は高かったのだ。


 ”艱難辛苦は汝を玉にする”、”禍福は糾える縄の如し”…そういう諺はまさに彼女のためにある!そういうまさに将棋界の、いや日本の?至宝…もっぱら世間にはそういう賛辞が渦巻き、文字通り”あゆみフィーバー”が全国を席巻していた。


そして…?


<続く>



 

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