歩の青春(将棋小説)

夢美瑠瑠

第1話

  

 茨小路いばらこうじ あゆみは、将棋の天才棋士だった。

 女性棋士としては、史上初めて、将棋界の至高の地位ともいえる、”A級8段”にまで上り詰めた。 「神武以来の超才媛」と、騒がれて、将棋界の空前のトップアイドルとなった。

 その後、歩は持ち前の棋才と粘り強さで順調に勝ち進み、24歳の若さで、今期の名人位の挑戦者の栄誉を手にすることになった。


  が、ひとつ、”画竜点睛を欠く”、というか、歩の人生にはこの物語を通常のストーリーと異なった趣にする、重大な蹉跌があった。鬼より強い女、二枚竜でがんじがらめにされてもそこから逆転するような恐竜のような女の、”点睛”とは?


 端的に言うと、彼女はいわゆる”三重苦”だったのだ。

 ヘレン・ケラーという偉人がいるが、全く同じケース、不屈の粘り強さはたぶんそこから養われたのであろうところの、生まれながらの障害があった。


 「今回の名人位挑戦に向けての抱負はどうでしょうか?意気込みを一つ」

…そう、筆談で質問されて、歩は電子機器を器用に操って、すぐ回答する。長年の修練で、コミュニケーションはすこぶる円滑に進む。

「将棋一筋で、将棋しかない私の人生は、この勝負にかけるしかありません。二度と挑戦の機会があるかもわからない。せいいっぱい頑張ります」


  両親は裕福で、歩の障害がまぎれもない過酷な現実だ認めざるを得なくなった時から、最大限のサポートをすることを自分たちの運命、十字架と思い定めて、八方手を尽くして彼女の「自己実現」への道を模索してきた。


 幸か不幸か歩はきわめて利発な子供で、すぐにタブレット端末の操作を覚えて、言葉や漢字の習得もスムースで、むしろ驚異的なスピードですべての外界の事物に対する並外れた適応能力を発揮していった。


 <続く>

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