第34話

 いつも使っている槍を預け、琵琶と脇差と、その他使えそうな物を持って義風に乗って稲葉山城の城門にやって来た。

「木曽家、風波と申しまする。」

「……うむ、密書は届いている。入るが良い。」

 門兵が厳つい顔で呟いた。

 入っていいのか……?

 恐る恐る、確認するように城門をくぐると、案内人が駆け寄ってきて、それに従った。




「こちらにて、次郎様がお待ちでございます。」

「案内感謝致す。」

 案内人に礼を言い、深呼吸を一つ。

「準備は宜しいか?」

「うむ、ご配慮有り難く。」

 この人めっちゃ有能だわ。

「次郎様!件の方が!」

「入れ。」


 中からの声に従い、それっぽい礼儀作法で室内に入る。

「御初に御目に掛かりまする。木曽家の風波幸吉勝康と申す。」

 部屋には二人のみ。もっと大人数かと思ったが、案外少ないことに、安堵の息を吐いた。ここで暴れて取り押さえるのは簡単だが、外の兵士が多すぎて無理。

「うむ、俺は土岐次郎頼武である。

 木曽家は我らに与したいとのことであったが、誠か?」

 次郎様は我慢が出来なかったのか、いきなり真意を問う質問をしてきた。

「真でございます。」

「ほう!そうか!なれば──」

「なりませぬ!次郎様!信ずるのが速すぎまする!」

「しかし、彦四郎……」

「いいえ!某は信用いたしませぬぞ!」

 斎藤彦四郎。現在の美濃守護代であり、数年前から土岐美濃守様との仲違いがあった人物だ。有能なのかは知らんが、なんとなく小物感があるのは気のせいだろうか?

「……なれば、某がこの刀と、命にも等しい琵琶を献上いたしまする。これを持って、木曽家の誠意と思っていただきたい。」

 畳の上にそれらを置き、ゆっくりと下がる。

「む、むむむむ…………」

「ほれ!見たか彦四郎よ!この潔さ!これぞまさしく誠の武士であるぞ!」

 次郎様が嬉しそうに手をたたくと、上座を降りて俺の正面に座った。

「これで俺と木曽家は盟友ぞ!こちらの刀と琵琶は返還致す。これ!食事を持ってこい!」

 俺の手をがっちり握り、嬉しそうに捲し立てて、小性に指示を出した。

 土岐次郎、人を簡単に信じすぎだ。しかし、ここまで晴々とした性格だと、騙すのが少々心苦しい。

「食事の御用意をされていたのですか!?」

 彦四郎殿が驚いたように喚く。

「な、なんだ?客人をもてなすののは当然であろう?」

「今は戦の真只中なのです!その食事も兵らに食べさせるものであって、そのような他家の者に渡すなど…!」

「控えよ!彦四郎!流石に俺も怒るぞ。」

「くっ……すみませぬ………」

 彦四郎殿は悔しそうに唸りながら平伏した。

「家臣がすまぬことをしたな。」

「いえ、そんなことは………」

 

「御食事を持って参りました!」

「入るが良い。」

「はっ!失礼いたしまする。

 次郎様、竹腰様がお話があると。」

 食事を前に置きつつ、次郎様に話しかける。

「む、そうか。風波殿、用事が出来てしまったゆえ、分からぬことがあらば、彦四郎を頼ってくれ。あまり良い印象はないかもしれぬが、有能だぞ。」

 次郎様がそう言うと、立ち上がって部屋から去っていった。

「………チッ!おい貴様…」

 彦四郎殿の態度が急変すると、俺の前に座った。

「おやおや……」

「どういうつもりだ?てめぇ、小川との密書を見てんだろ?何を考えてやがる……?」

 バチクソヤンキーだ………

「確かに、小川の反乱に乗じて此度の戦を起こしたのは知っていまする。ですが、それとこれとは話が別でございます。今や守護など肩書きのみの存在。守護代こそが真の国主なのです。」

「ほう?」

 食い付いたな。

「そんな中、彦四郎殿は五十年も美濃守護代を請け負っている斎藤氏持是院家の由緒ある血筋。某達は、子に現を抜かす阿保とその子よりも、傀儡を使い今まで通りの美濃を保っていただきたいのです。」

 うーん、これは下手に漏れたらきっと斬首案件。美濃守様にも作戦は伝えているが、ここまで虚仮にされて怒らない方のほうが珍しいだろう。

「………クックックッ……なれば話は早い。木曽家の協力を認めよう。」

「誠ですか?」

「クククク……これで、某が勝ったも同然!

 風波殿、急用を思い出しましたゆえ、失礼いたしまする!」

 彦四郎殿はそう言ってサッサといなくなってしまった。

「………食べるか。」

 美濃の飯は、美味かったっす。








「今日は次郎様を裏切りし者共を悉く屠るための前祝いじゃ!皆飲むがよい!」

 彦四郎殿の号令を合図に宴席が始まった。急用というのはこれのことだったらしい。

「急にこのような催しをしたのは何故ですか?」

「元々兵らの士気のためにもしようとは思っていたのだ。だが、お主への態度への謝罪も含めておる。」

「………本当ですかな?」

「ククク……次郎様、折角風波殿がいらっしゃるのですから、頼まれては?」

 彦四郎殿が目線で俺の琵琶を見た。

 この野郎、兵士の士気向上に俺の演奏を使おうって魂胆か。………まぁ、こちらも騙している立場だ、これくらいサービスしてやるか。

「おぉ!公方様が絶賛された琵琶を聞けるのですかな!?」

 ほろ酔いの次郎様が勢い良く尋ねる。

「えぇまぁ。友好の印と思っていただければ。」

「それは嬉しきことよ!皆の者!静まれ!」

 先程までの喧騒がピタリと止んだ。

「この者は……」

「次郎様、それは無用でございます。」

「む?」

「ただ音のみ、聴いていただければ。」

「そうか!」

 次郎様はそう言うとワクワクという感情を抑えるように座った。

「では、一曲。」

 前世で楽器をしてたのかは知らないが、なんとなく音楽が頭の中でイメージ出来る。邪道かどうかは各々に判断を委ねるが、アップテンポなリズムを刻みながら琵琶を演奏をする。





「御清聴ありがとうございました。」

 俺が区切りの言葉を告げると、爆発するように沸き立つ。どうやら楽しんでもらえたようだ。




 他の方々に褒めちぎられるのを何とか躱して、最初の位置に戻った。

「いやぁ、良き演奏であった。」

 彦四郎殿が染々と呟く。

「お褒めに預かり光栄です。」

「やはり公方様がお褒めになられた腕は確かであったな。某も何か礼をせねばな。」

 思案するように考える。

「そんな、恐れ多い………」

「……そうだ。実はの、京極家と朝倉家に援軍を取り付けてあるのだ。朝倉家は言わずもなが、京極家も現在は北近江のみの領地であろうと影響力がある。この戦、我々が制したも同然よ。」

 彦四郎殿が酒を煽り、盃を月に掲げながら呟いた。

「っ!そうなのですか!?」

 これはかなりお得な情報だ。一刻も速く伝えるべきだろう。

「うむ、しかも朝倉家の総大将はあの九頭竜だそうだ。」

「九頭竜…ですか?」

 ヤマタノオロチの進化系?

「知らんのか?一向一揆三十万をたったの一万で撃退した神算鬼謀の者である朝倉宗滴ぞ。今を生きる者ならば、知っておいても損はないぞ!」

 ……………は?まずいまずいまずい、今の話だけでも負けそうなのに、限りなく無能に等しい俺の前世の記憶ですらヤバイと頭の中で警鐘を鳴らしている。

 もしかして……負け戦ってやつぅ?

 俺はサァーっと血の気が引いていくのを感じた。

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