第32話
「味方が加勢に来たぞォ!鶴翼を組めぇい!」
無事右衛門と合流して、義風に乗った所で国蔵殿の号令で苗木遠山家と安木遠山家が左右に別れつつ、明知遠山家が真ん中に入る。
「黒川殿!引き続き、指揮を任せまする!」
「全く……行け!」
少々呆れ混じりであったが、許してくださったのでセーフ!
「はっ!」
こうやって義風を使って敵を見据えるとやはりしっくり来る。指示を出すよりも従った方が俺の力は存分に出せる気がする。
義風を操りながら弓を引き、羽崎軍を側面から攻撃をしておく。複数名がこちらに気付いても義風に乗っているお陰で、敵は追いかけても無駄と悟り諦める。
そうそう、戦において大局を見なければ勝てはしない。だが、大局を見るばかりで四隅を確認しないのは悪手だ。
俺は首に下げていた木製の笛を取り出す。
隙間時間にコツコツ作っていた。苦節三年、遂に音が出るようになったのだ。
「ピイィィィィーーー!!!」
突然の音に戦場の兵士がこちらに目を向ける。
その瞬間に馬上槍で敵兵に近付いて凪払う。今回は殺すつもりではなく、ただ恐怖心を植え付けるためのものだ。後ろからやってくる恐怖を。
そして、敵が動き始めたら義風で見えなくなるまで逃げる。そうすれば、その間に前線は気を取られた敵わ倒せるため、味方の有利となる。
「ピイィィィィーーー!!!」
少し間を置いて、今度は見えないところから笛を思いっきり鳴らす。
人とは印象が頭に残る生き物だ。どんなに目の前のことに集中していたとしても、恐怖を感じれば足がすくむ。
先程の凪払いにより、敵方は思うだろう。
笛が近付く度、馬の蹄が近付く度、先の槍がまた来る……と。
ー遠山国蔵兼人ー
「ピイィィィィーーー!!!」
「な、なんぞ!?」
突然の甲高い音に、戦であるのも忘れてそちらを見た。目を凝らすと、河原毛の馬に乗る風波殿が一人でいた。
「なにを……?」
風波殿が槍を器用に操って、羽崎軍を吹き飛ばすのが見えた。
なんと素晴らしい……!馬術もさることながら、あの態勢での槍さばき。あの若さでは見事という他あるまい。
しかし、気付いた時にはすでに見えなくなっている風波殿とそれに気を取られている敵味方。
いかんいかん!
「今ぞ好機!呆けた敵を討ち取れぇ!!!」
某の号令に上の空だった味方は我に返り、浮き足だった敵兵を狙う。
先程の風波殿を見て士気が上がったのか、兵士達の動きが良くなった。互角であった戦況が、たった一人でここまで変えてしまうとは………
「国蔵殿!」
呼ばれて振り返ると、木曽家の黒川殿であった。
「黒川殿、如何された?」
「鶴翼の翼をもっと広げることは出来ませぬか?」
「なにを!?……………なるほど、承知した。」
某が先ほどまで風波殿がいた所に目線を向けると、黒川殿が満足そうに頷いた。
つまり、また先の攻撃をしてくるということ。
「おぉ!聞いて下さり有り難く!では!」
黒川殿は嬉しそうに礼をして、戻っていった。
「よし、聞いておったな!左翼の安木遠山家に伝令じゃ!」
近くにいた近衛に命を出す。
「はっ!」
その状況下でも、味方は段々と羽崎軍を押していく。
「……全く………木曽家は手強いのう。」
その呟きは喧騒で搔き消えた。
「ピイィィィィーーー!!!」
鶴翼の翼を伸ばし終えた頃、二度目の笛の音が響く。
今度はかなり遠くからではあるが、段々と近付いてくる音に、羽崎軍の動きが鈍くなる。
ここは某が追い討ちをかけるとしよう。
「後ろから来たぞオォォォ!!!」
「国蔵様!?」
側近が驚いた声を上げたが、それよりも羽崎軍が敏感に反応した。
風波殿の姿はすでに見えていたため、後ろに振り返った羽崎軍の兵士は、怯えるように身体を震わせる。
その時、どこからか声が聞こえた。
「こんなので死ぬのはごめんだ!俺は抜けるぞ!」
その声を聞いた羽崎軍の兵士達は我先にと、脱兎の如く走り出した。
「おい!お前達!待て!」
羽崎が慌てたように声を上げるが、兵士達が止まることはない。
しかし、某の後の声は一体誰が……
「クックックッ……上手く嵌まりましたなぁ?国蔵殿。」
「黒川殿……もしや?」
「フフフ、万事上手く行き、一安心ですな。」
「……ですな。」
木曽家とは、あまり事を構えたくはないな。
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